コミュ障、異世界転生で存在消失す ～透明人間はスローなライフも思いのままでした～

アリス最後のベルゴン

その頃、ベルタワーではセコイヤ大尉の号令にしたがい、鐘を鳴らすための小部屋が兵士たちで埋め尽くされようとしていた。

「よし、この部屋をすし詰めにしてやれ！」

増援に寄越されたのはムサ苦しい男性ばかり。 それが続々と小部屋の中に入ってくる。

この部屋が兵士で埋め尽くされて立錐りっすいの余地が無くなったとき、アリスはどうなっているのだろうか？ 壁際で兵士たちの屈強な肉体に押しつぶされている？ それとも床に倒れて兵士たちに踏んづけられている？ いずれにせよ彼女に逃げ道は残っていない。 アリスはようやくそれを理解した。

（あれ？ 逃げ場がない？ あたし追い詰められた...）

それまでアリスは頭のどこかで「どうにかして逃げれるだろう」と考えていた。 「あたしを捕まえれるはずないやん」と高をくくっている節ふしがあった。 妙な指示を多発するセコイヤ大尉を心のどこかで見下してもいた。

しかし、いま目の前に押し寄せる兵の群れを見て、アリスは自分の考えが甘かったことを思い知らされた。 セコイヤ大尉は自分よりも上手だったのだ。

（軍に捕まったら、あたしもエリカさんみたいに《支配》されてまうしまう！）

アリスは心の底から震え上がった。  アリスは《支配》されて以降のエリカの暮らしぶりを見ていないから、《支配》されるとどうなるのかを具体的に知らない。 でも、だからこそ《支配》はアリスに未知の恐怖と不安をもたらした。

追い詰められたアリスは必死で考える。 逃げ道は探すまでもない。 存在しないのが明白だから。 この期に及んでも、アリスにとってミスリル剣で活路を切り開くという選択肢は考慮の外だった。

（あかん。 もうどうしようもない）

どうしようもなくなったアリスは破れかぶれになって、「どうにかなあーれ」とばかりに大鐘を鳴らすロープに飛びついた。 アリスが思いの丈たけを込めた最後のベルゴン、渾身のラスト・ベルゴンである。

アリスの最後のメッセージを乗せた鐘の音が鳴り始める。 リゴーン、リリゴーン...

しかし、アリスがロープに飛びついたのを察した兵士たちもロープに殺到したために鐘の音が乱れてしまう。 リゴゴーンリゴリゴリゴゴーン。

◇

アリスが鐘の音に詰め込んだメッセージが、そもそも整理不十分であった。 そこに兵士が殺到したものだから、このときアリスの念頭にあった様々な意識の断片まで鐘の音に混入し、アリスのラスト・ベルゴンが運ぶメッセージは暗号のようになってしまった。

（エリカさんどうにか大佐になったが！ チョコレートが殺されクーララ《支配》されクビ《支配》され。 そう、廃軍どんなに災いゴハン屋さん、君にあたしをミザル市でもエリカさん。 ファントム殺させすたすたマロン・ケーキはもう食べたい！）

滅茶苦茶な鐘の音はベルタワーからミザル市の空に広がっていった。 リゴゴーンリゴリゴリゴゴーン...

◇

ラスト・ベルゴンと引き換えに、アリスは屈強な兵士たちに大鐘のロープごと捕まってしまった。 兵士たちはアリスの体を的確に捕まえてはいないが、強い力で我武者羅に抱きすくめられてアリスは逃げようもない。

（痛い痛い。 離れろー！）

アリスは抗議するが、彼女の声は誰にも聞こえない。 仮に聞こえたとしても兵士たちがアリスを解放するはずもない。

アリスを捕らえた兵士たちがセコイヤ大尉に報告する。

「セコイヤ大尉！ 捕まえたんじゃないかと思います」「オレもそんな気がします」「少なくとも消えてるロープの付近は抱きすくめてます！」

「よし、メカジキ少尉が来るまで現状を維持だ。 ドアは閉じて厳重に守ってろ」

セコイヤ大尉は、メカジキ少尉がいまエリカの《支配》で忙しいことを知らなかった。 彼はメカジキ少尉がすぐに戻って来ると思っていた。