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アリスの弱点

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ガブリュー大佐はなんとかしてアリスを捕らえたかった。 ファントムさんを自国の切り札として保有したい以上に、他国に保有されたくなかった。

「マベルス中尉、どうにかしてヒロサセを捕獲できんもんか?」

「難しいですねー」

マベルス中尉にできないことは多い。 アリスが壊したエリカの家の玄関のドアも、中尉は結局どうにもできなかった。

しかし何か意見を出さなくては格好が付かない。 中尉はイマイチだと思いつつ1つの案を出してみた。

「兵糧攻めはどうでしょうか? ヒロサセ少尉の預金口座を封鎖し、南の商店街に少尉を万引警備員として雇わないように圧力をかけるのです」

「それはやめておこう。 ヒロサセ少尉の軍に対する心象を悪くするだけだし、商店街や銀行など少尉が立ち寄る場所が残っているほうが捕まえやすい」

「しかし、姿が見えない者を捕らえるのは...」

「うむ、相手に回すとファントムは実に厄介だな。 だが、まごまごしているとヒロサセに他国に逃げられてしまう。 サワラジリ中尉を呼べ。 奴ならヒロサセの弱点を何か知っているかもしれん」



「じゃあ、行ってらっしゃいエリカさん。 寄り道しちゃダメですよ? 昼食は私が用意しますから、外食もいけません」

シバー少尉の言葉に送り出されてエリカは家を出た。 ここから軍庁舎まで歩くわずかな時間だけエリカは1人になれる。 しかし、寄り道を禁じられたため道草を食うこともできない。 エリカは深呼吸して溜息をつく。

「あー、息が詰まりそう。 神様、これ以上わたしを人嫌いにさせないで」

テクテク歩いて、エリカはすぐに軍庁舎に到着してしまった。 大佐の部屋の場所が分からないので受付で尋ねる。

チンチンちん? と尋ねると、受付の職員はスムーズに対応してくれる。

「お待ちしておりましたサワラジリ中尉。 大佐の部屋は二階の突き当りです」

大佐が受付に話を通していてくれたらしい。



ガブリュー大佐の部屋の前へとやって来たエリカ。 ドアをノックをしてもどうせ聞こえないので、ドアをいきなりガチャリと開く。 中には大佐のほかにマベルス中尉の姿もあった。 ベルをチンと鳴らすと2人がエリカに気付く。

「来たか、サワラジリ中尉。 まあ、そこにかけてくれ」

そう言って大佐は執務室に置かれた小さなソファーを指し示す。 エリカがマベルス中尉の隣に腰掛けたタイミングで大佐は言葉を続ける。

「ヒロサセ少尉の弱点を知りたくてな。 それで中尉を呼び出したわけだ」

(アリスちゃんの弱点? 大佐は何を企んでいるの? アリスちゃんは捕まってないわよね?)

「何か知らんか? 弱点というより特徴だな。 暗いところが苦手だとか、水が苦手だとか、おカネが大好きだとか。 なんでもいいんだ」

(アリスちゃんの一番の特徴と言えば人嫌い)

大佐の目的がなんであれアリスの弱点を教えたくはなかったが、《支配》の影響下にあるエリカは彼の言葉に逆らえない。 エリカはチーンとアリスの弱点を伝えた。

「ほほうヒロサセ少尉は人嫌いなのか。 これは興味深い。 もっと他にないか? 思考の材料は多いほどいい」

(他には...)

エリカはこれまでにアリスと過ごした時間を思い出し、気付いた特徴を指折り数えてゆく。

(万引きが得意、モンスターを退治できない、で、お風呂が好き? 他になんかあったっけ...? そうそう、字が上手で、ベルも上手になってる。 私ほどじゃないけど。 それからチョコレート・ケーキが好き)

エリカが思いついたアリスの特徴をチンチンと伝えると、マベルス中尉はそれをメモに取ってゆく。

エリカのベルの音を最後まで聞き終えると大佐は言った。

「これで全部か? じゃあ退出してよろしい、サワラジリ中尉」

(なによ偉っそうに! お礼ぐらい言いなさいよね! わざわざ出向いてきてあげたってのに)

現役軍人となったエリカの月給は中尉としては破格の180万ゴールド。 大佐にこうして呼び出されるぐらいは給料のうちだなのだが、エリカはそんな風には考えられなかった。

◇◆◇

アリスは南の商店街に来ていた。 軍の講習もなくなった今、アリスは万引Gメンしかやることがない。 それに軍と反目した今となっては、万引きGメンがアリスの唯一の収入源である。

しかし、アリスが万引きGメンとして活動していることは軍にも知られている。 アリスを捕獲しようとする罠が商店街に仕掛けられているのでは? アリスは周囲に警戒の目を向けながら商店街を進む。

(一見これまでと変わらへん風景やけど、どこに軍のスパイがおるかわからへんもんな)

アリスは商店街会長の営む衣料品店に立ち寄り、チンと挨拶。

「おはよう、アリスちゃん。 今日もよろしく頼むよ」

アリスは衣料品店を出ると、商店街をブラつき始めた。

(まずは朝ゴハンやな)



アリスは午後遅くまで商店街で過ごした。 今日のところは軍の干渉は無いようだったし、他にやることもなかったからだ。

Gメンとしての活動時間が延びても賃金は変わらないが、アリスのGメン活動は当初より、その時間の大半が余暇のようなものだ。 商店街を徘徊したり、買い食いしたり、立ち読みしたり、商店街のベンチに腰掛けて休んだり、商店街の人から食べ物をもらったりという具合である。

誤解なきように言っておくと、食べ物をもらうといっても以前のように盗むわけではない。 ベルの鳴る音や姿を消した椅子などでアリスの存在に気づいた店主がアリスに菓子などをくれるのだ。 Gメンとして働き始めてからアリスは、商店街のアイドルというかペットのような存在として可愛がられるようになっていた。

(そろそろ帰ろっかなー。 あっ、商店会長さんにどう思われてるやろ? いつもなら正午前に退勤の挨拶するのに、今日はまだ挨拶してへん)

少々あせりながらアリスは商店街会長の衣料品店に行き、ベルをチン。

「おや、アリスちゃん。 こんな時間までGメンをしていてくれたのかい? もう帰ったのかと思っていたよ」

(やっぱりそう思われとったんや。 ヤバかった)

「Gメンを頑張ってくれたご褒美をあげよう。 ちょっとそこで待ってておくれ」

そう言って会長は店舗の奥にある居住スペースに入って行く。

(ご褒美って何をくれるんかな?)

おカネをくれるのではという期待感がアリスの脳裏をよぎるが、アリスはそれを打ち消す。

(あかんあかん。 そんな卑しいこと考えたらあかん。 普通に考えて、こういう状況でおカネとかくれるはずないやん。 会長さんが善意でご褒美をくれるってゆってんのに、おカネじゃないからってガッカリしたらあかん)

会長が店の奥から出てきた。 手に何かを持ている。 白い小さな箱だ。

(化粧箱っていうんやったっけ? 立派な箱やから中身も期待できそう。 あかんあかん私また卑しいこと考えてる)

「これをあげよう」 そう言って会長は手近な台の上に白い箱を置く。「アリスちゃんの好きなチョコレート・ケーキだよ」

チーン!? (チョコレート・ケーキ!?)

チンチンチーン!(しかも立派な箱に入ったやつ!)

(箱の時点で美味しそう! これやったらおカネより嬉しいわ)

チーン(ありがとうございます会長さん)

そう鳴らしてアリスは白い箱を手に取った。

商店街会長はアリスの反応にご満悦である。

「ふふっ、大した鳴りっぷりだ。 喜んでもらえて嬉しいよ」

アリスは知らなかった。アリスにオヤツを与えたときのベルの鳴りっぷりを商店主たちが競っていることを。 競争の激化につれて、商店主たちがアリスに与えるオヤツの値段は着実に右肩上がりを続けていた。

チン(じゃあ、これで失礼しますね)

アリスは白い化粧箱を小脇に抱え、いそいそと衣料品店を後にした。
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