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相談相手はマロンくん
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エリカの家を出たアリスは自宅に向かった。 もはや軍の官舎に住み続けられないのは明白だが、貴重品を取りに行かねばならない。
アリスにとって官舎はもはや敵地である。 どんな罠が仕掛けられているか分からない。 アリスはおっかなびっくりで官舎のアパートに入ると3階まで階段を上がり、自宅のドアの鍵を開けて中に入る。
(フロスト中尉はいるんかな?)
アリスはしずしずと廊下を歩いて台所を目指す。 普通に歩いてもアリスの足音が他人に聞こえはしないが、自然と忍び足になってしまう。
台所のドアを開けて中を覗くと... いた、フロスト中尉だ。 物憂げな顔で椅子に座り、テーブルの上に肘を突き手に顎を乗せている。 テーブルの上にはアリスの指輪。
(もう中尉にゴハン作ってもらわれへん。 明日からゴハンどうしよ)
アリスはそっと台所のドアを閉めた。
◇
自室に入ったアリスはナップサックに私物を手早く詰め込む。 ハンター・カードに銀行のカード、財布、筆記用具、衣類といったところだ。 銀行のカードというのは、軍に入ったときにフロスト中尉が用意してくれた口座のカードである。 支度金として軍から支給された10万ゴールドが預金されている。
(明日からどうやって生活しよう? 万引Gメンの仕事は大丈夫かな? 軍に邪魔されたりせえへんかな?)
エリカに「逃げろ」と言われたものの、アリスはなんとなく引き続きミザル市で暮らす方向で考えていた。 ミザル市外へ出て行く自信が無かったからだ。
(あの逃げろはたぶん、ミザル市から逃げろじゃなくて今この場から逃げろっていう意味やんな? あたし1人でミザル市から逃げろとか無茶やもんな)
◇
官舎を出たアリスはハンター協会に足を向けた。 マロンくんなる職員に話を聞いてもらいたかったのだ。 彼にエリカの《支配》をどうにか出来るとは思わないが、自分の体験を誰かと共有したかったし、アリスの身の振り方について相談に乗ってくれるかもしれない。
(いま何時? 午後9時ぐらい? 協会はまだ開いてんのかな?)
アリスはナップサックを背負い、腰からミスリルの剣を下げて街路を進む。 夜が深まり人気は少ない。 協会のビルまでやって来ると、扉が開け放されている入り口から照明の光が溢れている。 まだ営業しているようだ。
(よかった、まだ開いてた)
アリスは駆け足になって協会ビルを目指した。
◇
ビルの中は人の数も少なく、どことなく営業終了間際の雰囲気が漂っている。 アリスは窓口の向こう側で伸びをしているマロンくんを見つけた。
(おった、あの人や)
アリスはマロンくんを見つけてホッとした。 ハンター協会にあまり縁がないアリスだが、マロンくんなら面識がある。 それに、彼はエリカと仲が良いようだ。 アリスはマロンくんに話を聞いてもらいたかった。
アリスがチンとベルを鳴らすと、マロンくんは伸びを中断してアリスのほうに振り向くと、いくぶん気遣わしげに言葉をかけて来る
「やあ、アリスちゃん。 何か... 困っているのかな?」
どうやら彼はアリスのベルの音に何かを感じたようだ。
チンチンチン(そうなんです。 話を聞いてください)
「ここじゃなんだから奥の部屋に行こう」
◇
『エリカさんが軍に支配されました』
アリスの書いたメッセージを読んで、マロンくんは大いに驚いた。
「なんだって!? なぜ? いや、どうやって?」
『体を痺れさせられて《支配》の呪文をかけられたようです』
「ファントムさんを《支配》するなんて...」
ファントムさんはイタズラ好きな精霊として大衆に親しまれる存在である。 素朴な民間信仰の対象なのだ。 そんなファントムさんを《支配》したことが表沙汰になれば軍は市民の信頼を失うだろう。
それに、ファントムさんにそんな真似をしてタダで済むとも思えない。 ファントムさんにかけた《支配》が切れたとき、怒り狂ったファントムさんが何をしでかすことか。
『エリカさんの《支配》を解く方法はないですか?』
自分が安心できる生活を取り戻すにはエリカを《支配》から解放するしかない。 それがアリスの発想だった。 自分一人で軍の魔の手を退けつつ生きて行く自信など、アリスにはこれっぽっちも無かった。
「《支配》は一ヶ月もすれば自然に解けるよ」
(えっ、そうなん!?)
「でも、軍はその前に《支配》をかけ直すだろう」
『じゃあ、なんとかして《支配》をかけ直すのを邪魔するしかない?』
「うーん。 《支配》の再施術は軍の施設で行われるだろうし、再施術が行われる日時も不明。 妨害は難しいな」
『じゃあ、どうしましょう?』
「軍に圧力をかけてエリカさんの《支配》をストップさせるのが妥当だろう」
『圧力って?』
「ファントムさんの《支配》は軍の独断だろうから、しかるべき筋に訴えればいい。 この件を知人に話してみるよ」
(マロンくんは偉い人に知り合いがいるみたいやな。 これで何とかなるんかな?)
「ボクの知り合いにね、知り合いの父親が国会議員をやってる人がいるんだ」
(えっと...? 知り合いに、知り合いの、父親? 知り合いの知り合いの父親が国会議員ってことか。 けっこう遠い関係やな。 大丈夫なんかな?)
アリスは一抹の不安を感じたが、マロンくんはどことなく自信ありげだった。
「アリスちゃんはもう軍の官舎に住めないだろうから、この協会ビルの仮眠室にしばらく寝泊まりするといい。 相部屋だけどシャワーとトイレはあるから」
アリスはマロンくんの厚意に甘えさせてもらうことにした。
アリスにとって官舎はもはや敵地である。 どんな罠が仕掛けられているか分からない。 アリスはおっかなびっくりで官舎のアパートに入ると3階まで階段を上がり、自宅のドアの鍵を開けて中に入る。
(フロスト中尉はいるんかな?)
アリスはしずしずと廊下を歩いて台所を目指す。 普通に歩いてもアリスの足音が他人に聞こえはしないが、自然と忍び足になってしまう。
台所のドアを開けて中を覗くと... いた、フロスト中尉だ。 物憂げな顔で椅子に座り、テーブルの上に肘を突き手に顎を乗せている。 テーブルの上にはアリスの指輪。
(もう中尉にゴハン作ってもらわれへん。 明日からゴハンどうしよ)
アリスはそっと台所のドアを閉めた。
◇
自室に入ったアリスはナップサックに私物を手早く詰め込む。 ハンター・カードに銀行のカード、財布、筆記用具、衣類といったところだ。 銀行のカードというのは、軍に入ったときにフロスト中尉が用意してくれた口座のカードである。 支度金として軍から支給された10万ゴールドが預金されている。
(明日からどうやって生活しよう? 万引Gメンの仕事は大丈夫かな? 軍に邪魔されたりせえへんかな?)
エリカに「逃げろ」と言われたものの、アリスはなんとなく引き続きミザル市で暮らす方向で考えていた。 ミザル市外へ出て行く自信が無かったからだ。
(あの逃げろはたぶん、ミザル市から逃げろじゃなくて今この場から逃げろっていう意味やんな? あたし1人でミザル市から逃げろとか無茶やもんな)
◇
官舎を出たアリスはハンター協会に足を向けた。 マロンくんなる職員に話を聞いてもらいたかったのだ。 彼にエリカの《支配》をどうにか出来るとは思わないが、自分の体験を誰かと共有したかったし、アリスの身の振り方について相談に乗ってくれるかもしれない。
(いま何時? 午後9時ぐらい? 協会はまだ開いてんのかな?)
アリスはナップサックを背負い、腰からミスリルの剣を下げて街路を進む。 夜が深まり人気は少ない。 協会のビルまでやって来ると、扉が開け放されている入り口から照明の光が溢れている。 まだ営業しているようだ。
(よかった、まだ開いてた)
アリスは駆け足になって協会ビルを目指した。
◇
ビルの中は人の数も少なく、どことなく営業終了間際の雰囲気が漂っている。 アリスは窓口の向こう側で伸びをしているマロンくんを見つけた。
(おった、あの人や)
アリスはマロンくんを見つけてホッとした。 ハンター協会にあまり縁がないアリスだが、マロンくんなら面識がある。 それに、彼はエリカと仲が良いようだ。 アリスはマロンくんに話を聞いてもらいたかった。
アリスがチンとベルを鳴らすと、マロンくんは伸びを中断してアリスのほうに振り向くと、いくぶん気遣わしげに言葉をかけて来る
「やあ、アリスちゃん。 何か... 困っているのかな?」
どうやら彼はアリスのベルの音に何かを感じたようだ。
チンチンチン(そうなんです。 話を聞いてください)
「ここじゃなんだから奥の部屋に行こう」
◇
『エリカさんが軍に支配されました』
アリスの書いたメッセージを読んで、マロンくんは大いに驚いた。
「なんだって!? なぜ? いや、どうやって?」
『体を痺れさせられて《支配》の呪文をかけられたようです』
「ファントムさんを《支配》するなんて...」
ファントムさんはイタズラ好きな精霊として大衆に親しまれる存在である。 素朴な民間信仰の対象なのだ。 そんなファントムさんを《支配》したことが表沙汰になれば軍は市民の信頼を失うだろう。
それに、ファントムさんにそんな真似をしてタダで済むとも思えない。 ファントムさんにかけた《支配》が切れたとき、怒り狂ったファントムさんが何をしでかすことか。
『エリカさんの《支配》を解く方法はないですか?』
自分が安心できる生活を取り戻すにはエリカを《支配》から解放するしかない。 それがアリスの発想だった。 自分一人で軍の魔の手を退けつつ生きて行く自信など、アリスにはこれっぽっちも無かった。
「《支配》は一ヶ月もすれば自然に解けるよ」
(えっ、そうなん!?)
「でも、軍はその前に《支配》をかけ直すだろう」
『じゃあ、なんとかして《支配》をかけ直すのを邪魔するしかない?』
「うーん。 《支配》の再施術は軍の施設で行われるだろうし、再施術が行われる日時も不明。 妨害は難しいな」
『じゃあ、どうしましょう?』
「軍に圧力をかけてエリカさんの《支配》をストップさせるのが妥当だろう」
『圧力って?』
「ファントムさんの《支配》は軍の独断だろうから、しかるべき筋に訴えればいい。 この件を知人に話してみるよ」
(マロンくんは偉い人に知り合いがいるみたいやな。 これで何とかなるんかな?)
「ボクの知り合いにね、知り合いの父親が国会議員をやってる人がいるんだ」
(えっと...? 知り合いに、知り合いの、父親? 知り合いの知り合いの父親が国会議員ってことか。 けっこう遠い関係やな。 大丈夫なんかな?)
アリスは一抹の不安を感じたが、マロンくんはどことなく自信ありげだった。
「アリスちゃんはもう軍の官舎に住めないだろうから、この協会ビルの仮眠室にしばらく寝泊まりするといい。 相部屋だけどシャワーとトイレはあるから」
アリスはマロンくんの厚意に甘えさせてもらうことにした。
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