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第7章

第91話 妥協

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試合開始後、ダイゴロウは今一度クイ混じりを〈挑発〉しようとする。 もう〈気〉を抑える必要はないから、大っぴらに盛大な〈気〉で〈挑発〉できる。 さすればクイ混じりはガップリ4つに応じるはず。

しかしダイゴロウが挑発の言葉を発する前にミツキの姿が目前からかき消え、同時に何か重い物が彼の腕を直撃した。

「うおっ」

思わず剣を取り落とすダイゴロウ。 試合場の床に落ちた剣が、重たげな音を立てる。 ドスン

反射的に剣を拾おうとするダイゴロウの、今度は背中を重い物が直撃。 ダイゴロウは前のめりに試合場の床に倒れ込んだ。

無様に倒れるダイゴロウに、ミツキの勝ち誇る声が降り注ぐ。

「誰が チビ だ。 言ってみろ」

"重い物" の正体はミツキだった。

クイ混じりが加速を解き対話ムードでいるチャンスを逃せない。 ダイゴロウは大急ぎで半身を起こし、ミツキをなじる。

「今のは何だ! 相撲じゃねえよなぁ? 卑怯者め!」

気になる事柄を尋ねつつ、ダイゴロウは再びミツキを〈挑発〉した。

            ◇

今度の〈挑発〉は大っぴらに行われたので、試合場内外の審判団も気付いた。 何人かが難しい顔になる。 試合前のトラッシュ・トーキングの折にダイゴロウが〈挑発〉を使った可能性に思い至った。 あのときの 1022番の怒りっぷり。 不自然に感じたが、ひょっとして...

〈挑発〉はクルチアにもヒット。 我流で〈気〉を訓練するクルチアは〈気〉の感受性が不適切に発達しているため、余波を食らっただけで〈挑発〉に影響された。 冷静でいるべきセコンドが、ひどくエキサイトしてしまった。

「ミツキ! そいつを ケチョンケチョン にしちゃいなさい!」 ムキィー、私が直々に!

隣にいる審判がクルチアに注意する。

「君、〈気〉が漏れてるよ。 気を付けなさい」 君はあれか、我流で〈気〉を訓練してるのか?

試合場は周囲も審判だらけ。 審判が16人もいるから仕方がない。

            ◇

クルチアの野蛮な声援を背に受けて、ミツキはダイゴロウの質問 "今のは何だ!" に律儀に答える。

「ドロップキックだ!」 文句あんのか テメー、この野郎。

体格的に相撲は不利すぎるので流石に受け入れず、ダイゴロウの要望に部分的に沿う形になった。

           ◇❖◇

ダイゴロウは立ち上がり、力士めいたポーズを取る。 彼の手に剣はない。

「真っ向勝負だ! ガップリ4つでかかって来い!」

もはや完全に相撲だが、この発言にも当然〈挑発〉が乗っている。

「行ってやらぁ!」

怒れるミツキの姿が消え、ダイゴロウの巨体を再び "重い物" が打つ。 ドロップキックだ。 何度〈挑発〉されようと、ミツキがダイゴロウと組み合うことはない。 ダイゴロウの〈挑発〉では、体重が4倍以上の相手と組み合いせしめるほどにミツキの理性を奪えないのだ。

クルチアは、〈気〉を漏らさぬよう気を付けて応援を再開。

「いけー、ミツキー! やっつけろー!」

しかし、またもやエキサイトし始める。

「回転を加えなさいっ! えぐり込むのっ!」

彼女はミツキに、コークスクリュー・ドロップキックを要求している。

           ◇❖◇

数分後。 神速のドロップキックを何度も食らい、ダイゴロウの全身は打撲傷まみれ、擦過傷まみれ。 超軽量級のドロップキックとは言え、数が多いうえ予想外の方向から飛来するのでダメージが馬鹿にならない。

ミツキもボロボロである。 ダイゴロウの攻撃を一度も受けていないが、ドロップキック後に床に落下するダメージが蓄積する。 大技の連発でスタミナの消耗も激しい。 これまでに何十発のドロップキックを放っただろうか、もう体力が残っていない。

            ◇

フウフウ、ハアハア。 ミツキは間合いを十分に取って加速を解き小休止。 ダイゴロウにとっては、ミツキを〈挑発〉するチャンスの到来だ。

「おい、クイ混じり。 お前はそこまでの男なのか? いいんだな? ドロップキック止まりでいいんだな?」

ダイゴロウはガップリ4つを要求している。

ミツキは無言で、顎から滴る汗を手の甲で拭う。 ダイゴロウの〈挑発〉が効いていないわけではない。 怒鳴り返す体力が惜しい。 さらに今ミツキの怒りは半ば、己の小さな体に向けられていた。

(クソッ、オレの体重が1トンだったら!)

一発ごとに自分の全てを込める大技を、もう何十発も放っているのにダイゴロウは未だ健在。 ミツキは自分の小さな体に腹を立てていた。

            ◇

ミツキの汗まみれの厳しい横顔に、クルチアは痛切な悔しさを感じ取った。

(ミツキ、悔しいのね。 あんたにもっと体重があれば! せめて私並みの体重が...)

クルチアは体重に自信がなくもない。

(ああ! ミツキの代わりにドロップキックをしてあげたい!)

           ◇❖◇

何度〈挑発〉してもガップリ4つに応じないミツキを前に、ダイゴロウは歩み寄ることにした。 関節技で妥協することにした。 関節技は "ガップリ4つ" と "ドロップキック" のちょうど中間だ。

(あのチビも関節技なら乗って来るだろう。 あのサイズなら関節技をかけられても耐えられる。 よし、そうと決まれば...)

ダイゴロウは呼吸を整え、渾身の〈挑発〉を放つ。

「まだわからねえのかチビ。 効かねえんだよ、お前のドロップキックは。 だから―」

関節技でかかって来い。 そう言おうとした瞬間、ダイゴロウは強烈な〈気〉に横っ面をしたたかに打ちのめされ、試合場の床に倒れ込んだ。 ズズーン

審判たちがクルチアのほうに鋭く振り向き、主審が試合場の中央に躍り出る。

「そこまで! 1022番カスガノミチの反則負け!」

クルチアが飛ばした〈気〉のドロップキックがダイゴロウの横っ面にヒットし、それが反則と見なされた。 クルチアの〈気〉は本来、〈真気〉の使い手しか感知できない程度の代物。 しかしダイゴロウの〈挑発〉でエキサイトした結果、ダイゴロウを倒す威力を備えるに至った。

前代未聞の事態にドヨめく会場。 由緒正しきダレノガレ武術大会の長い歴史において、クイ混じりが優勝しないのは史上初だった。
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