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第5章

第60話 サホウ vs. カエデガリ②

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カエデガリは剣を振るう手を止めてバックステップ。 間合いを取って、サホウに声を掛ける。

「おいサホウ、バッシュ勝負に応じる勇気はあるか?」

バッシュ勝負では、双方の申し合わせにより盾同士を激しく打ち合わせる。 負けた側は場外に弾き飛ばされるか転倒する。 場外に落ちると場外負け。 転倒したら喉元に武器を突きつけられて負け。 一方が負傷することもあるが、盾は防具なので攻撃に使用しても反則を取られない。

「応じましょう」

サホウは淡々と答えた。

カエデガリは素直に感謝の気持ちを伝える。

「ヘッ ありがとよ」

本当にありがたい。 装備に恵まれるサホウ相手には、これしか勝ち目がなかった。

カエデガリの本来の得物はアダマンティウムの両手剣。〈気〉で増幅させた筋力と体重で、超ヘビー級の大剣を自在に操る。 だから〈気〉による体重操作はお手の物。 サホウより1回り大きな体、サホウの盾より重いアダマンティウムの盾、そして得意の〈気〉による体重アップ。 バッシュ勝負でサホウに負ける要素は無い。 それはサホウも承知のはずだが―

(変わってねえな、甘い性格が。 それともオレの戦闘スタイルを忘れちまったか。 いずれにせよありがてえ。 ようし!)

カエデガリはヘソの下に精神を集中し、さらなる〈気〉を呼び起こす。 ヌーン! そうして生み出した〈気〉で筋力アップ! 体重もアップ! 〈気〉による体重増加は気のせいではない。 実際に体重が増える。 増加した重量に、彼の足元で試合場の丈夫な床がミシリと音を立てる。 今やカエデガリのパワーと重量は、彼の自己評価で体重0.5トンの大イノシシと肩を並べる。

カエデガリが発する〈気〉の増加を察知して、第1試合場の審判8名の眉がピクリ。 ムッ、この男これほどの〈気〉を。 ダレノガレ武術大会の審判は全員が〈気〉の使い手。 それが審判として採用される条件の1つだ。

いっぽうアリスはカエデガリの技量に幻滅。

(ちょっとカエデガリさん、漏れてるよ。 無駄が多いな~。 それに引き換えコミカグラさんは...)

サホウに目を移し、アリスは難しい顔になる。

(フ、フン。 まあまあね。 私ほどじゃないケド)

サホウの〈気〉の技術は、アリスにライバル心を抱かせる水準だった。

            ◇

「ヘヘ じゃあ用意はいいか?」

カエデガリはサホウを促し、両者は共に少し後退。 助走のスペースを設けた。 互いに頷き合い、突進を開始。 そしてガシャーン! 試合場の中央でカエデガリとサホウの盾が激突。

激突の瞬間、カエデガリが盾を持つ腕にサホウの重量が伝わる。 ウム、心地よい重量。 芯を食った。 そうら場外へ飛んでいけサホウ! しかし心地よさは一瞬で終わった。 飛んでいけば心地よかった重量はその場を動かず、心地よさは痛みに変わる。 盾を持つカエデガリの腕が悲鳴を上げる。

(ぐうっ、まるで地面に深々と埋め込まれた鉄の杭)

バッシュ勝負は互角。 2人は試合場の中央で固まった。 サホウの〈気〉による体重&筋力アップが、体格と盾の重量の不利を補ったのだ。

            ◇

2人は再び間合いを取った。

サホウが涼しげに尋ねる。

「もう1度やりますか先輩?」

カエデガリが盾を握り直すと、上腕に深い痛みが走る。 盾を持つ腕をしこたま痛めていた。 激突の際の負荷が上腕に集中したのだ。 この腕では盾を持てない。 カエデガリは力なく首を横に振った。

「...降参する」

勝ち名乗りを受けるサホウを眺めつつ、カエデガリは悔しい顔。

(重量に気を取られすぎた。 筋力アップが足りなかった。 いや、いずれにせよ勝てなかった。 うすうす気付いていたが、サホウはただのボンボンじゃない。 本物だ)

           ◇◆◇

試合を終えたサクラと共にベンチへ戻ってきたサホウ。 クルチアはベンチから立ち上がって出迎える。

「おめでとうございます、コミカクグラさん!」

「ありがとう。 次はカスガノミチくんの番だね。 君もセコンドを頑張って」

「はいっ!」 キャッ、またコミカグラさんと会話しちゃった。

「ほれサホウ。 汗を拭いてやろう」

サクラはタオルを手にして、甲斐甲斐しくサホウの顔と首の汗を拭き始めた。 おびただしい発汗。 短い勝負だったが、0.5トン相当のカエデガリの突撃を受け止めたのだ。

「ミツキ獲得に一歩前進だの」

「はい」

            ◇

サホウとサクラの仲睦まじい様子を見ていたミツキが、クルチアに向き直る。

「クルチア」

「なにかしら?」

「クルチアは、あんな風に試合後に汗を拭いてくれたことないよね?」

「でもあんた、ちっとも汗をかかないじゃない」

ミツキの試合は、ごく短時間で終わるから。

「汗をかくとかかかないとか、そういう問題じゃないんだ!」

「汗をかいてなくても汗を拭いて欲しいの?」

「うん」

ミツキがあまりにも躊躇なく、まっすぐな瞳で答えたので、クルチアは要求に応じることにした。

「じゃあ今度から拭いてあげる」

            ◇

2組のコンビを、アリスはどこか寂しそうに眺める。 アリスの事業所の所員は彼女だけ。 だから彼女にはセコンドがいない。

(フン、汗ぐらい自分で拭くほうが早いし)
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