49 / 107
第5章
第49話 ロイヤル控室
しおりを挟む
開会式が終わり、予選が始まるまで少し時間がある。 そのひとときを手頃な芝生の上で過ごすクルチアとミツキのもとへ、場内アナウンスが聞こえてくる。 ピンポンパンポン
『え、イナギリ・クルチア様、イナギリ・クルチア様。 大至急ロイヤル控室までカスガノミチ・ミツキ様を連れてお越しください』
「あらミツキ、呼び出しよ」
「誰かな?」
「きっとシノバズ侯爵だわ。 王さまも一緒にいる気がする。 "ロイヤル控室" って言ってたし」
「えー、やだな」 すごく疲れそう。
「早く行きましょ」
「クルチアだけ行ってくれば?」
「ダメよ。 ミツキを連れて来なさいってアナウンスだったでしょう?」
アナウンスの文面はシノバズ侯爵の苦心の作。 試合開始前にミツキの顔を見ておきたい。 でもミツキ本人を呼び出しても、すっぽかされる気がしてならない。 そこでクルチアを介して確実にミツキを呼び出すことにした。
事は侯爵の目論見どおりに進む。 クルチアは嫌がるミツキの手を掴んで立たせ、ロイヤル控室を探す旅に出た。
◇◆◇◆◇
クルチアとミツキを呼び出すアナウンスは、ユズキのいる控室にも聞こえていた。
「陛下がカスガノミチを呼び出しだと?」
カスガノミチがクイ混じりなのと無関係ではないはず。
(すると陛下は、兄上も、アイツの存在を把握している?)
ユズキは顔を強張らせて悩み始める。
(でも、この大会で優勝役を任されたのは俺。 何故もう1人クイ混じりが? ああっ、兄上に尋ねたい)
しかし今、兄上は国王と共にいる。 生半可な用件では傍に寄れない。
◇◆◇◆◇
クルチアの旅は案内板と人々の善意により順調に進み、ほどなくして2人はロイヤル控室の前までやって来た。
だがロイヤルな控室は警備も厳重。 ドアの前に4人のガードマン。
「クッ 無理だ。 こうも警備が厳重じゃ侵入できない」オレは侵入できるけどクルチアには無理。「引き返そう」
クルチアはミツキの戯言に取り合わず、ガードマンに声を掛ける。
「すみませえん、アナウンスに呼ばれて来たんですけど」
◇
ガードマンはゴツい顔に不慣れな笑みを浮かべ、クルチアとミツキを丁重に室内に通してくれた。 腕章の番号を拝見できますか? はい、カスガノミチ様ご本人と確認いたしました。 では、こちらへどうぞ。
ゴージャスな室内に足を踏み入れた2人をシノバズ侯爵が両手を広げて出迎える。
「よく来てくれたね」
侯爵はミツキに親しげな笑みを向ける。
「初めまして、カスガノミチ殿。 ようやく会えたね」
ミツキは、ぎこちなくお返事。
「はじめまして」
「2人ともこちらへどうぞ。 国王陛下がお待ちかねだ」
◇
エクレア小国の第31代国王はタゴノウラ・マツキは小柄な初老の男性。 短く刈り込まれた白髪と、驚くほど明るく清らかな眼。
「お2人とも、よく来てくれました。 さあ、お座りください」
クルチアとミツキが席に着くと、シノバズ侯爵がミツキに尋ねる。
「ところでカスガノミチ殿、手首の輪っかはどうなされたのかな?」
ミツキの両手首には手錠の輪っかが残っている。 捕獲チームは誰も鍵を所持していなかった。
「さっき手錠されたのを千切ってもらった残りです」
ミツキの返答は事実を言い表すが、侯爵と国王を困惑させる。
「ほう?」「千切ってもらった?」
そこでクルチアがミツキに代わり事情を説明し始めた。
「ダレノガレ市に来る途中の道で、軍に襲われたんです―」
◇
話を聞き終えた国王は、慙愧に堪えない様子でミツキに頭を下げる。
「申し訳ないカスガノミチ殿。 私の力が及ばぬばかりに。 どうか許して欲しい」
ミツキの赦しの言葉を待ち、じっと頭を下げ続ける国王。 どうすれば良いかわからず アウアウ するミツキ。
クルチアは慌てて介入し、2人の窮地を救う。
「頭を上げてください国王さま。 ミツキは何とも思ってませんから。 ね、ミツキ?」
「え~?」
何とも思っていないと言い切るには、辛い目に遇い過ぎた。 市民権を奪われ、捕獲されそうになった。 自宅を没収された。 クルチアがいなければ今ごろ即身仏だった。
クルチアは、とびっきりの笑顔でミツキに迫る。
「ね、ミツキ?」 思ってないよね?
クルチアの "とびっきりの笑顔" は目が少し怖いので、ミツキは不本意ながら同意する。
「...うん」
ミツキの声に、国王の頭が上がる。
「それでは我が国の無礼を許して頂けると?」
ミツキは傍らのクルチアの存在を横目で気にしつつ返事をする。
「はい」 許します。
クルチアは横からミツキに別種の笑顔を送る。 ミツキは良い子ねー。 今度の笑顔は優しい笑顔。 ミツキを幸せにする笑顔だった。
◇
話題は大会に及ぶ。
「ダレノガレ武術大会はクイ混じりが優勝するのが慣行でしてな」
タゴノウラ国王の言葉をシノバズ侯爵が引き継ぐ。
「今回はその役目がカスガノミチ殿に託されるわけだ」
ユズキの兄である侯爵すら、ユズキに優勝を託したのを忘れていた。 クイ・ハーフたるミツキがエクレア市民になると表彰式で発表し、帝国の肝を冷やす。 その計画に夢中になっていた。
◇◆◇
しばしの歓談の後、クルチアとミツキはロイヤル控室を後にした。
「そろそろ予選が始まるわね。 第2屋外競技場だっけ?」
「うん」
頷くミツキの手首に手錠の輪っかは無い。 控室を出る前に、侯爵が手配した工具で切り外してもらった。
『え、イナギリ・クルチア様、イナギリ・クルチア様。 大至急ロイヤル控室までカスガノミチ・ミツキ様を連れてお越しください』
「あらミツキ、呼び出しよ」
「誰かな?」
「きっとシノバズ侯爵だわ。 王さまも一緒にいる気がする。 "ロイヤル控室" って言ってたし」
「えー、やだな」 すごく疲れそう。
「早く行きましょ」
「クルチアだけ行ってくれば?」
「ダメよ。 ミツキを連れて来なさいってアナウンスだったでしょう?」
アナウンスの文面はシノバズ侯爵の苦心の作。 試合開始前にミツキの顔を見ておきたい。 でもミツキ本人を呼び出しても、すっぽかされる気がしてならない。 そこでクルチアを介して確実にミツキを呼び出すことにした。
事は侯爵の目論見どおりに進む。 クルチアは嫌がるミツキの手を掴んで立たせ、ロイヤル控室を探す旅に出た。
◇◆◇◆◇
クルチアとミツキを呼び出すアナウンスは、ユズキのいる控室にも聞こえていた。
「陛下がカスガノミチを呼び出しだと?」
カスガノミチがクイ混じりなのと無関係ではないはず。
(すると陛下は、兄上も、アイツの存在を把握している?)
ユズキは顔を強張らせて悩み始める。
(でも、この大会で優勝役を任されたのは俺。 何故もう1人クイ混じりが? ああっ、兄上に尋ねたい)
しかし今、兄上は国王と共にいる。 生半可な用件では傍に寄れない。
◇◆◇◆◇
クルチアの旅は案内板と人々の善意により順調に進み、ほどなくして2人はロイヤル控室の前までやって来た。
だがロイヤルな控室は警備も厳重。 ドアの前に4人のガードマン。
「クッ 無理だ。 こうも警備が厳重じゃ侵入できない」オレは侵入できるけどクルチアには無理。「引き返そう」
クルチアはミツキの戯言に取り合わず、ガードマンに声を掛ける。
「すみませえん、アナウンスに呼ばれて来たんですけど」
◇
ガードマンはゴツい顔に不慣れな笑みを浮かべ、クルチアとミツキを丁重に室内に通してくれた。 腕章の番号を拝見できますか? はい、カスガノミチ様ご本人と確認いたしました。 では、こちらへどうぞ。
ゴージャスな室内に足を踏み入れた2人をシノバズ侯爵が両手を広げて出迎える。
「よく来てくれたね」
侯爵はミツキに親しげな笑みを向ける。
「初めまして、カスガノミチ殿。 ようやく会えたね」
ミツキは、ぎこちなくお返事。
「はじめまして」
「2人ともこちらへどうぞ。 国王陛下がお待ちかねだ」
◇
エクレア小国の第31代国王はタゴノウラ・マツキは小柄な初老の男性。 短く刈り込まれた白髪と、驚くほど明るく清らかな眼。
「お2人とも、よく来てくれました。 さあ、お座りください」
クルチアとミツキが席に着くと、シノバズ侯爵がミツキに尋ねる。
「ところでカスガノミチ殿、手首の輪っかはどうなされたのかな?」
ミツキの両手首には手錠の輪っかが残っている。 捕獲チームは誰も鍵を所持していなかった。
「さっき手錠されたのを千切ってもらった残りです」
ミツキの返答は事実を言い表すが、侯爵と国王を困惑させる。
「ほう?」「千切ってもらった?」
そこでクルチアがミツキに代わり事情を説明し始めた。
「ダレノガレ市に来る途中の道で、軍に襲われたんです―」
◇
話を聞き終えた国王は、慙愧に堪えない様子でミツキに頭を下げる。
「申し訳ないカスガノミチ殿。 私の力が及ばぬばかりに。 どうか許して欲しい」
ミツキの赦しの言葉を待ち、じっと頭を下げ続ける国王。 どうすれば良いかわからず アウアウ するミツキ。
クルチアは慌てて介入し、2人の窮地を救う。
「頭を上げてください国王さま。 ミツキは何とも思ってませんから。 ね、ミツキ?」
「え~?」
何とも思っていないと言い切るには、辛い目に遇い過ぎた。 市民権を奪われ、捕獲されそうになった。 自宅を没収された。 クルチアがいなければ今ごろ即身仏だった。
クルチアは、とびっきりの笑顔でミツキに迫る。
「ね、ミツキ?」 思ってないよね?
クルチアの "とびっきりの笑顔" は目が少し怖いので、ミツキは不本意ながら同意する。
「...うん」
ミツキの声に、国王の頭が上がる。
「それでは我が国の無礼を許して頂けると?」
ミツキは傍らのクルチアの存在を横目で気にしつつ返事をする。
「はい」 許します。
クルチアは横からミツキに別種の笑顔を送る。 ミツキは良い子ねー。 今度の笑顔は優しい笑顔。 ミツキを幸せにする笑顔だった。
◇
話題は大会に及ぶ。
「ダレノガレ武術大会はクイ混じりが優勝するのが慣行でしてな」
タゴノウラ国王の言葉をシノバズ侯爵が引き継ぐ。
「今回はその役目がカスガノミチ殿に託されるわけだ」
ユズキの兄である侯爵すら、ユズキに優勝を託したのを忘れていた。 クイ・ハーフたるミツキがエクレア市民になると表彰式で発表し、帝国の肝を冷やす。 その計画に夢中になっていた。
◇◆◇
しばしの歓談の後、クルチアとミツキはロイヤル控室を後にした。
「そろそろ予選が始まるわね。 第2屋外競技場だっけ?」
「うん」
頷くミツキの手首に手錠の輪っかは無い。 控室を出る前に、侯爵が手配した工具で切り外してもらった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サラリーマン符術士~試験課の慌ただしい日々~
八百十三
ファンタジー
異世界から侵攻してくる『魔物』の脅威に脅かされる日本。
既存の兵器が通用せず、魔法を行使することも出来ない地球人たちは、超自然の力を紙に記して行使する『護符』を生み出し対抗していた。
効果の高い護符や汎用性の高い護符はすぐさま量産されて世に出回るため、より売れる護符を開発しようと護符をデザインする『工房』が国内に乱立。
それぞれの工房はある時は互いに協力し、ある時は相手を出し抜きながら、工房存続とシェア獲得のためにしのぎを削っていた。
そんな日々が続く2019年4月。東京都練馬区の小さな工房『護符工房アルテスタ』に、一人の新入社員が入社してくる――
●コンテスト・小説大賞選考結果記録
HJ小説大賞2020後期 一次選考通過
第12回ネット小説大賞 一次選考通過
※カクヨム様、ノベルアップ+様、小説家になろう様、エブリスタ様にも並行して投稿しています。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889891122
https://novelup.plus/story/341116373
https://ncode.syosetu.com/n3299gc/
https://estar.jp/novels/25628437
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる