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第4章

第35話 マイ・レディー

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火曜日の朝。 玄関を出たクルチアをトオマスが待ち構えている。 トオマスとの登下校が習慣になりつつある。

「おはよう、マイ・レディー」

「お早うございますトオマス先輩」

クルチアはトオマスが "マイ・レディー" と呼ぶのを容認するようになっていた。 "マイ・レディー" と呼ばれるたびに指摘するのが面倒なので。 ただし周囲に人目がない場合に限る。

クルチアは早速トオマスに護衛の件を打診し始める。

「先輩、今週末の予定は空いてますか?」

「悪いが空いていない。 クギナと泊りがけでダレノガレ市へ行くんだ。 来週の月曜日までね」 月曜日は祝日だ。

クルチアは驚きを禁じえない。

「ええっ、オウリンさんと!?」 しかも泊りがけ?

「そうだ。 しかも泊りがけだ。 フフ、心配かい?」

「いえ、驚いただけです。 でもどうしてダレノガレ市に?」

「武術大会に参加するんだ」

「まあ!」私たちと一緒。「でも、どうしてオウリンさんと? 先輩はオウリンさんを...」嫌ってましたよね?

「安心したまえ。 僕がクギナに忠誠を誓うことはない。 だがクギナのやつ最近、妙に... な」

「妙に何なんです?」 気になるじゃないですか。

「うむ、ときおり妙に立派というか、ウン、そのなんだ。 背筋がな」

「背筋がどうしたんです?」

「ピンと伸びてるんだ。 それに顎が見事に引かれている」 濁った目は相変わらずだが。

「そうなんですね」

クルチアも教室でクギナと顔を合わせるが、クギナの変化に気付かずにいる。

「ああ。 以前のクギナは猫背だったし、顎はいつも挑戦的に突き上げられていた。 それが今ではイナギリさんのよう... いや、今の発言は忘れてくれ。 クギナがマイ・レディーに似ているなど僕はなんて迂闊うかつなことを」

「ぜんぜん構わないですよ。 オウリンさんが私に似てても」

鷹揚にコメントするクルチア。 だが彼女の背筋は心持ち、いつも以上にピンと伸びている。

「うむ。 まあ、そういうわけでだな。 互いに武術大会に参加すると判明したので、一緒に行くことになった」

           ◇◆◇

登校と会話を続けるクルチアとトオマス。

「実はミツキも大会に参加するんです」

「ほう、ミツキくんが。 彼なら優勝するかもな」

「はい、その予定です」

「"その予定" とは?」

「ええ、実は―」

クルチアは侯爵との会談の内容をトオマスに伝えた。 トオマスはミツキの正体を知るから包み隠さず伝えられる。

「―というわけなんです。 トオマス先輩、会場まで私達と一緒に行ってくれませんか? 私だけだとミツキに何かあったとき心配で... 信頼できる人にいて欲しいんです」

クルチアの不安そうな横顔がトオマスの騎士魂に火を点けた。

「もちろんさイナギリさん、マイ・レディー!」 しかと聞いたぞ。 イナギリさんが僕を "信頼できる人" と。「主君の信頼に応えるのはナイトリングの喜び。 その役目、ぜひ私にお任せを!」

そこはもうゲータレード市立高校の校門の前。 周囲には大勢のゲータレード高生。 このとき以来、クルチアのあだ名に "マイ・レディー" が加わった。
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