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第3章

第20話 洞窟②

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クルチアが小部屋に入ってきた。 制服から動きやすい服に着替え、いつものナップサックを背負っている。 クルチアが入ってきただけで洞窟内が明るく感じられる。 

「やっぱりここにいた」

笑みを含む声だ。 ミツキの無事を確認できて嬉しく、予想が当たったのも嬉しい。

クルチアの背後からクシナダさんが姿を現しミツキに駆け寄る。

「ミツキちゃん! 無事だったのね」

優しくて美人のクシナダさんに熱烈に心配されて頬が緩まない男子はいない。 だがミツキは真顔でお返事。

「うん」

普段から可愛い可愛い言われ心配され慣れている彼の頬は、これぐらいでは緩まない。

クシナダさんに頭を撫でられながら、ミツキはクルチアに尋ねる。

「学校は終わったの?」

クルチアは頷き、尋ね返す。

「あんた、あれからどうしてたの?」

「家に帰ろうと思ったけど、ずっとここに隠れてた」

「そう。 食べ物を持ってきたわ。 朝から何も食べてないんでしょ?」

クルチアはナップサックから敷物を取り出して地面に広げ、次いで食べ物と飲み物を取り出す。 サンドイッチにチョコレートクッキー、オレンジに紅茶。 2人でこの洞窟によく持ち込んでいたメニューだ。

ミツキは遠慮なく一番の大物すなわちサンドイッチに手を伸ばした。

           ◇◆◇

ミツキは敷物に座りガツガツとサンドイッチを食べ始める。

クシナダさんはミツキの隣に腰を下ろし、引き続きミツキの頭を撫でる。 や~ん可愛い。 ミツキは迷惑に思ったが何も言わない。 彼の口は咀嚼そしゃくで忙しい。

クルチアはクシナダさんの反対側でミツキの隣に腰を降ろし、ミツキの無事な姿を鑑賞する。

(ウフフ やっぱり無事だったのね、ミツキ)

クルチアはミツキが制服姿のままなのに気づいた。

(そっか、今日は家に戻ってないから...)

クルチアは寂しい気持ちになった。 ミツキはもう自宅に戻れないのだ。 学校へも通えない。

           ◇◆◇

サンドイッチを食べ終えて、紅茶も飲み終えて、ミツキは情けない声を出す。

「これからどうしよう」

クルチアはミツキの声に絶望の響きを感じ取った。 彼は今かろうじて平静を保っている。 これ以上のプレッシャーが加わればパニックに陥るだろう。 パニくった彼は今朝と同じように一瞬で姿を消し、今度こそ本当に行方不明になってしまうかもしれない。

「そうねえ...」

クルチアはのんびりした口調を心がけた。 だが口調と裏腹に、彼女の頭はフル回転。

(人間社会で生きるには市民権が必須。 じゃあ森とかで暮らす? そんなの無理。 ミツキは市外で暮らしたことなんてない。 じゃあ外国に移住? 移住先の市民権が無いなら、この国で暮らすのと変わらない。 結局ミツキに市民権が必要。 市民権って生まれたときに与えられるだけ? 大人になってから市民になることって...)

黙考するクルチア。 長すぎる沈黙にミツキの不安が鎌首をもたげる。

「どうしようもないの?」 パニック起こしていい?

クルチアは慌てた。

「ちょ、ちょっとタンマ。 いま考えてるから」 まだよ。 まだパニくらないで。

「早くしてね?」

「ええ、任せといて」

            ◇

ミツキとクルチアの会話に耳を傾けながら、クシナダさんは思い切ってミツキの体に腕を回しギュッと自分に引き寄せる。 ウヘヘ。 大丈夫よー、ミツキちゃん。 私が守ってあげる。 かつてないレベルで実現したミツキとのスキンシップにクシナダさんは有頂天だ。

            ◇

クルチアは思考を再開する。

(大人になってから市民権、大人になってから市民権... ハッ そういえば、こないだ新聞で読んだ。 市民権を買った人の話を)

クルチアは新聞記事の内容を思い出す。 重罪を犯し市民権を剥奪されたマフィアのボスが、巨額の資産に物を言わせ市民権を買い戻した。 そんなニュースだった。 記事では、刑罰としての市民権剥奪の実効性を問うていた。

(ミツキのケースとかなり近いから―)

ミツキの声が再びクルチアの思考を妨げる。

「クルチア、まだ?」 思い付かないの?

「ちょっと待ってって言ってるでしょ。 いま考えてるの!」 ほんとにもう。

クルチアに叱りつけられ、ミツキはションボリ。

「怒られちゃったねミツキちゃん。 少し静かにしていようね」

クシナダさんはミツキを抱き締め、大胆にもミツキの亜麻色の頭髪に鼻をうずめる。 スンスン ああ、思った通り素敵な匂い。 黄金色のお花の香り。 ミツキのションボリに付け込み、やりたい放題だ。

ションボリする一方でミツキは、クルチアが怒ったことに希望を感じてもいた。 クルチアが一生けんめい考えるに足る何かがある。 ミツキが何も見いだせない絶望の闇の中に、クルチアは何かを見いだしている。

クルチアはミツキを睨む目と眉間のシワシワをそのままに、思考を再開する。

(ええと、ミツキのケースと似てるから、ミツキも市民権を買い戻せるかも。 金額はたしか1億モンヌ。 恐ろしい金額。 私たちにどうにかなる金額じゃない。 でも、他にミツキの市民権を取り戻す方法なんて...)

           ◇◆◇

長きに渡る黙考が終わり、クルチアが口を開いた。

「市民権を回復すれば、ミツキは元の生活に戻れると思うの。 でね、」

「そうなの?」

早速ミツキが話の腰を折った。

「そうよ。 市民権があるうちはアンタに手出しできないから、まず剥奪したの。 でなきゃ、わざわざ子爵を連れて来ないわ」

クルチアはクズキリ子爵とイマソガレ少将を会話を克明に記憶していた。

「とにかく、ミツキが市民権を取り戻せば元の生活に戻れるはず。 でね、取り戻す方法なんだけど、ミツキの市民権を買えると思うの。 こないだ新聞で読んだんだけど―」

クルチアが新聞記事の話を伝え終えると、クシナダさんが尋ねる。

「でもイナギリさん、どうやって1億モンヌも貯めるの?」

当然の疑問だ。

「うん、ハンター事業所を作ろうかなって...」

クルチアの声は自信を欠いていた。 ミツキの生活費ならともかく1億モンヌを稼げる気はしなかった。

          ◇◆◇◆◇

ミツキはクシナダさんの父親が所有するアパートの空き室に住まわせてもらうことになった。 無料だが父親に内緒だ。

「ミツキちゃんは私に任せて、イナギリさんは事業所に専念して。 さ、行きましょうミツキちゃん」

クシナダさんは喜々としてミツキを連れ帰った。 まるで子猫を拾った猫好きのよう。 あるいは最初からミツキを連れ帰るつもりで洞窟に付いてきたのかも。 クルチアはそれでも構わなかった。 クシナダさんのアパートなら軍務局の手が及ぶ心配は無い。

         ◇◆◇◆◇◆◇

クルチアは学級委員長としての優秀さを発揮し、1週間後にはハンター事業所を設立した。 両親は驚き、かつ反対。 だがクルチアはミツキのためだと主張し、ミツキが一緒だからモンスター退治に危険はないと説得した。 設立に要した費用は事業登録税の35万モンヌのみ。 登録書類の作成は専門家に任せるのが一般的だが、学級委員長のクルチアはすべて自分で作成した。 事業所の所在地もテレホン番号も自宅、テレホンの受付は母親である。

事業所名は『いなぎりハンター事業所』。 当初クルチアは『K&Mハンター事業所』と命名しようとし、命名案をクシナダさん経由でミツキに伝えた。 クシナダさんが持ち帰ったミツキの返事は "カッコ悪い"。 クシナダさんも同意見。 クルチアのネーミングセンスを否定する両名が提示したのが『いなぎりハンター事業所』だった。

           ◇◆◇

学校でクルチアは毎日クシナダさんからミツキの様子を聞いた。 軍の追手の気配はなく、ミツキちゃんはアパートで大人しく可愛くしているとのこと。

クルチアはミツキの暮らすアパートに行くのを控えた。 身辺に軍の気配を感じないが、自分が軍の監視下にあると確信していた。 なにしろクルチアはミツキと最も関わりが深い人物。 姿を消したミツキにつながる人物がいるとすれば、それはクルチアだ。
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