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第2章
第16話 ミツキ捕獲作戦③
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6人ほどが座れる広い車内には男性が1人。 彼が先ほどドアを開けたのだろう。 イマソガレ少将がミツキを強引に連れ込み、その後からクルチアとクズキリ子爵が乗り込むと、男性がドアを閉めた。
全員が席に落ち着くと、子爵は傍らの封筒を手に取る。
「本日カスガノミチさんのもとへ参りましたのは、こちらをお渡しするためです」
子爵は封書をミツキに手渡し、ミツキはそれを受け取る。
「これは何ですか?」
ミツキの問いに子爵は申し訳なさそうに答える。
「市民権剥奪の通知書です」
クルチアは息を飲んだ。 市民権剥奪!? ミツキが?
「剥奪の理由は、出生時に提出された情報に虚偽があったと判明したから。 詳細は通知書を御覧ください。 この決定に不服があるときは本日より60日以内にゲータレード市役所に赴き、ご自分が生粋の人間であると証明してください。 その封書を受け取った時点で、あなたはエクレア小国の市民権を失います」
子爵は一思いに口上を述べた。 甘くて不味い高野豆腐を噛まずに飲み込もうとする子供のように。 彼女には軍務局の考えが全く理解できない。 神霊にも匹敵する力を持つクイックリング・ハーフにとって、エクレア小国の市民権など些事。 けれど、市民権を剥奪されて気を悪くしないはずがない。
ミツキは通告を聞いているのかいないのか、ぼんやりした様子。 睡眠薬の作用だ。 そんなミツキの様子をイマソガレ少将は熱心かつ密かに観察する。
(通告完了と同時に眠りに落ちる。 この上ないタイミングだ。 クズキリ子爵はカスガノミチの異変に気付いて騒ぐだろうが、通告がなされた今、子爵などどうでもいい)
◇◆◇
「やむなく市民権を剥奪いたしましたが、カスガノミチさん、何卒お気を悪くなさいませぬよう。 ご存知の通りエクレア小国はクイックリングと浅からぬ縁があり、王家にもクイックリングの血が流れております。 人間界において最もクイックリングと親しいのはエクレア小国。 市民権の有無にかかわらず今後ともエクレア小国はクイックリングの血族に友好を誓うと、僭越ながらエクレア小国を代表して約束いたします」
子爵の友好の言葉を聞き流しながらクルチアは考える。
(市民権剥奪はミツキのお父様がクイックリングだから? どうして今になって? それより、市民権を奪われたミツキは...)
クルチアは隣に座るミツキに目を向け、様子がおかしいのに気付いた。
「ミツキ、どうしたの?」
クルチアはミツキの膝を揺すった。
ミツキは閉じかけていた目を開ける。
「すごく眠い。 ...変だ」
「どうかなさいまして?」
尋ねた直後にクズキリ子爵はハッとした表情になり、少将のほうに振り向く。
「まさか少将...」
少将は子爵のつぶやきが聞こえなかった風を装う。
「ご協力ありがとうございました、子爵。 お帰り願って結構です。 そちらのお嬢さんも登校の途中だろう? 早く学校に行きたまえ」
少将の言葉に子爵は言葉を失う。
「まあ!」こんな所に私をほっぽり出そうと言うの?
クルチアも内心で憤る。
(何なの、あの言い方! 私が邪魔だと―)
次の瞬間、クルチアは戦慄した。
(この人たち、ミツキを連れ去ろうとしてる!?)
突然の認識がクルチアを緊張させる。 ミツキの市民権剥奪がもたらした緊張とは別種の、もっと差し迫った緊張。
(この人たちはミツキを捕らえようとしている。 ミツキが眠そうなのも、この人たちが何かしたんだわ)
直感的に確信したクルチアは、何気なさを装って辞去を申し出る。
「では私たちは学校へ行きますね」
クルチアは最早ほとんど眠っているミツキの頬をペチペチと叩く。
「ミツキ、行くわよ」
ミツキの目が薄く開いた。 まだ完全に眠ってはいない。
「もう、仕方のない子ね」
苦笑を装いクルチアはミツキの脇の下に肩を入れた。 ミツキをかついで連れ出すつもり。
そのクルチアの動作をイマソガレ少将が鋭く制止する。
「彼は置いていきたまえ。 市民権が無い彼は、もう学校へ通えない」
いよいよ意図を隠そうとしない少将。 少将の言葉は真綿で首を締めるようにクルチアの心を締め付ける。
(ミツキはもう学校に通えない。 もう二度とミツキと一緒に登下校できない...)
だが感傷は後回しだ。 いま大事なのはミツキを車外に連れ出すこと。 クルチアは少将の言葉に構わず、ミツキを車外へ運び出す動作を続ける。 自分とミツキのカバンが座席に置きっぱなしだが、それを手に取る時間すら惜しい。
「少将! あなたカスガノミチさんをどうするつもり?」
子爵の抗議に重ねるように、イマソガレ少将はクルチアに言葉の鞭を叩きつける。
「彼を置いて行けと言っているッ!」
裂帛の語気にクルチアの動きが止まり、少将は座席に座るもう1人の男に命じる。
「頃合いだ。 捕縛しろ」
クルチアは心の中で悲鳴を上げる。 思った通り!
少将が企みを露見させた以上、クルチアが真意を隠す意味もない。 クルチアはミツキの両肩を手で掴み大声で叫ぶ。
「起きてミツキ! 逃げなさい!」
動かし難く確定した状況でも、ミツキになら覆せる。 ミツキがクイックリングの能力を発揮しさえすれば。
眠っていたかに見えたミツキの目が薄く開き、周囲にキンモクセイの濃密な香りが漂う。 ミツキが能力を発揮するとき生じる現象だ。
それに力を得て、クルチアはさらに呼びかける。
「ミツキ!」
だがミツキの目は再び閉じられ、亜麻色の頭がかくんと力なく垂れ下がる。 ミツキは完全に眠ってしまった。
全員が席に落ち着くと、子爵は傍らの封筒を手に取る。
「本日カスガノミチさんのもとへ参りましたのは、こちらをお渡しするためです」
子爵は封書をミツキに手渡し、ミツキはそれを受け取る。
「これは何ですか?」
ミツキの問いに子爵は申し訳なさそうに答える。
「市民権剥奪の通知書です」
クルチアは息を飲んだ。 市民権剥奪!? ミツキが?
「剥奪の理由は、出生時に提出された情報に虚偽があったと判明したから。 詳細は通知書を御覧ください。 この決定に不服があるときは本日より60日以内にゲータレード市役所に赴き、ご自分が生粋の人間であると証明してください。 その封書を受け取った時点で、あなたはエクレア小国の市民権を失います」
子爵は一思いに口上を述べた。 甘くて不味い高野豆腐を噛まずに飲み込もうとする子供のように。 彼女には軍務局の考えが全く理解できない。 神霊にも匹敵する力を持つクイックリング・ハーフにとって、エクレア小国の市民権など些事。 けれど、市民権を剥奪されて気を悪くしないはずがない。
ミツキは通告を聞いているのかいないのか、ぼんやりした様子。 睡眠薬の作用だ。 そんなミツキの様子をイマソガレ少将は熱心かつ密かに観察する。
(通告完了と同時に眠りに落ちる。 この上ないタイミングだ。 クズキリ子爵はカスガノミチの異変に気付いて騒ぐだろうが、通告がなされた今、子爵などどうでもいい)
◇◆◇
「やむなく市民権を剥奪いたしましたが、カスガノミチさん、何卒お気を悪くなさいませぬよう。 ご存知の通りエクレア小国はクイックリングと浅からぬ縁があり、王家にもクイックリングの血が流れております。 人間界において最もクイックリングと親しいのはエクレア小国。 市民権の有無にかかわらず今後ともエクレア小国はクイックリングの血族に友好を誓うと、僭越ながらエクレア小国を代表して約束いたします」
子爵の友好の言葉を聞き流しながらクルチアは考える。
(市民権剥奪はミツキのお父様がクイックリングだから? どうして今になって? それより、市民権を奪われたミツキは...)
クルチアは隣に座るミツキに目を向け、様子がおかしいのに気付いた。
「ミツキ、どうしたの?」
クルチアはミツキの膝を揺すった。
ミツキは閉じかけていた目を開ける。
「すごく眠い。 ...変だ」
「どうかなさいまして?」
尋ねた直後にクズキリ子爵はハッとした表情になり、少将のほうに振り向く。
「まさか少将...」
少将は子爵のつぶやきが聞こえなかった風を装う。
「ご協力ありがとうございました、子爵。 お帰り願って結構です。 そちらのお嬢さんも登校の途中だろう? 早く学校に行きたまえ」
少将の言葉に子爵は言葉を失う。
「まあ!」こんな所に私をほっぽり出そうと言うの?
クルチアも内心で憤る。
(何なの、あの言い方! 私が邪魔だと―)
次の瞬間、クルチアは戦慄した。
(この人たち、ミツキを連れ去ろうとしてる!?)
突然の認識がクルチアを緊張させる。 ミツキの市民権剥奪がもたらした緊張とは別種の、もっと差し迫った緊張。
(この人たちはミツキを捕らえようとしている。 ミツキが眠そうなのも、この人たちが何かしたんだわ)
直感的に確信したクルチアは、何気なさを装って辞去を申し出る。
「では私たちは学校へ行きますね」
クルチアは最早ほとんど眠っているミツキの頬をペチペチと叩く。
「ミツキ、行くわよ」
ミツキの目が薄く開いた。 まだ完全に眠ってはいない。
「もう、仕方のない子ね」
苦笑を装いクルチアはミツキの脇の下に肩を入れた。 ミツキをかついで連れ出すつもり。
そのクルチアの動作をイマソガレ少将が鋭く制止する。
「彼は置いていきたまえ。 市民権が無い彼は、もう学校へ通えない」
いよいよ意図を隠そうとしない少将。 少将の言葉は真綿で首を締めるようにクルチアの心を締め付ける。
(ミツキはもう学校に通えない。 もう二度とミツキと一緒に登下校できない...)
だが感傷は後回しだ。 いま大事なのはミツキを車外に連れ出すこと。 クルチアは少将の言葉に構わず、ミツキを車外へ運び出す動作を続ける。 自分とミツキのカバンが座席に置きっぱなしだが、それを手に取る時間すら惜しい。
「少将! あなたカスガノミチさんをどうするつもり?」
子爵の抗議に重ねるように、イマソガレ少将はクルチアに言葉の鞭を叩きつける。
「彼を置いて行けと言っているッ!」
裂帛の語気にクルチアの動きが止まり、少将は座席に座るもう1人の男に命じる。
「頃合いだ。 捕縛しろ」
クルチアは心の中で悲鳴を上げる。 思った通り!
少将が企みを露見させた以上、クルチアが真意を隠す意味もない。 クルチアはミツキの両肩を手で掴み大声で叫ぶ。
「起きてミツキ! 逃げなさい!」
動かし難く確定した状況でも、ミツキになら覆せる。 ミツキがクイックリングの能力を発揮しさえすれば。
眠っていたかに見えたミツキの目が薄く開き、周囲にキンモクセイの濃密な香りが漂う。 ミツキが能力を発揮するとき生じる現象だ。
それに力を得て、クルチアはさらに呼びかける。
「ミツキ!」
だがミツキの目は再び閉じられ、亜麻色の頭がかくんと力なく垂れ下がる。 ミツキは完全に眠ってしまった。
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