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第37話 紅蓮ちゃんをおもてなし。

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「銀杏様、紅蓮様をお連れしました」

 塁火が軽やかな声でそう告げる。

 紅蓮はなんだかオレの仲間たちとすっかり打ち解け、和気あいあいと入室してきた。聞いていた通りの姿だ。覚醒後のオレに似ている。目が切れ長で鋭いのと、狐ではなく狼のような姿をしている事を除けばだが。

 ちなみにオレが今いるのは亜水の屋敷の応接間だ。オレの両隣には木蓮、亜水がいる。子供たちは安全な場所に避難してもらった。ちなみに白金は、ここより奥の部屋に待機している。

「おお! 銀杏!思ったより幼いのだな。いやはや、 会いたかったぞ! 何をしに来たか忘れてしまったがな! いやぁ、それ程にあの店の蕎麦は美味かった。あと団子も美味かったし、天ぷらも......なぁ、累火」

「そうですね、紅蓮様。昼食のお寿司は如何でしたか?」

「うむうむ、寿司も美味かった! それと風呂も気持ち良かった......しかし、風呂屋で出会ったおぬしらが、よもや銀杏の配下とはなぁ。偶然とは面白いものだな。なぁ、葉月よ」

「そうですわね♡また紅蓮様のお背中流したいですわ。とっても綺麗な肌をしているんですもの」

 そう言って微笑む葉月。そしてオレをちらりと見る。オレはコクリと小さく頷いた。

 そう、当然これは偶然の出会いなどではない。紅蓮の来訪を白金が「直感」で察知し、すぐさま都中に御触れを出す。

 すなわち、狼のような姿をした娘がやってきたら、おもてなしをせよ、と。紅蓮の性格は、白金の情報のお陰で把握している。怒るとこわいが、純粋で単純らしい。

 その後紅蓮が訪れ、風呂屋に入った事を千里眼で確認し、即座に塁火と葉月を向かわせる。

 つまり彼女たちは、なるべくして紅蓮と親しくなった訳である。

「ふむ。思い出した。銀杏よ、我はそなたと話し合いに来たのだ。村人を百人差し出せ。それから、銀牙も返してもらおう」

 とんでもない事を、さらっと言いやがった。

「それのどこが話し合いなのじゃ。一方的に要求しておるだけじゃろうが。そんな言い分は聞けぬ。それに村人ではない。都民じゃ。話しにならぬわ!」

 オレが言い返すと、紅蓮の眉間に皺が寄る。

「皆殺しにする事も出来るのだ! これでも譲歩しているのだぞ! 言う通りにせい!」

 ゾクッと、背筋に悪寒が走る。こいつはヤバイ。酒呑童子の比じゃないぞ。桁違いの強さだ......!迫力が違う。

「この都が滅んでも良いと? おぬしを今日もてなした、民を殺しても心は痛まぬと......そう申すのか、紅蓮よ」

 だがオレは怯む事なく、毅然と言い放った。塁火たちと親しくさせたのは、その為の事前準備だったのだから。

「むむっ。それを言われると痛いな。だが我には帝との盟約があるゆえに......」

 やっぱりそうか!オレと白金が睨んでいた通りだ!

(白金、出番じゃ!)

(よし、任せろ)

 念話で白金に呼びかける。ガチャリ、と背後のドアが開いて、白金が入室してきた。

 紅蓮はオレの頭越しに白金を見ている訳だが......その表情たるや、恋する乙女そのものだった。

「ぎ、ぎ、銀牙♡ ひ、久しぶり、だな♡ そ、息災か?」

 顔を真っ赤にして、落ち着かない感じで指をくるくるし始める紅蓮。わかりやすっ!

「ええ、俺は元気です。ですが紅蓮様、俺の名前はもう銀牙ではありません。この銀杏に新しい名前をもらいました。今の俺の名前は、白金です」

「えっ......」

 目を見開いて、硬直する紅蓮。相当ショックだったらしい。

「わ、我が与えた名前を捨て、そ、そのようなちんちくりんの小娘の与えた名前を、名乗っておるのか?」

 わなわなと震える紅蓮。目には涙が滲んでいる。

「そうです。俺は、銀杏を愛していますので」

 そう言ってグイッとオレを抱き寄せる白金。はぁぁ♡嬉しい♡オレも好きだよ白金♡

 だがヤバイ。紅蓮は今にも爆発寸前だ。最後の決め台詞を使う時が来たようだ。

「おのれ、おのれぇぇっ! もはやこの都もろとも、一撃のもとに葬り去ってくれるわ!」

 紅蓮が右手を高く掲げると、彼女の手のひらに、赤い光が集まり始めた。

「待ってください、紅蓮様! 俺はあなたが好きです!」

「な、何!?」

 紅蓮の右手の光が消えていく。

「本当です。信じてください」

 ゆっくりと近づき、紅蓮を抱きしめる白金。よし、今だ!

「覚醒!」

 オレは覚醒し、大人の姿......輝夜の姿になった。

「姉上、お久しぶりじゃ」

 白金に抱きしめられてウットリしている紅蓮に追い打ちをかけるが如く、オレも紅蓮の肩にそっと触れる。

「か、輝夜......! そなた、死んだはずでは......」

 唇を震わせながら、涙を溢れさせる紅蓮。

「転生したんじゃよ。一度現世に人間として生まれ変わり、それからまた、この常世にやってきた。じゃがわし自身、記憶を失っていてな。姉上に会いに行く事もできなかったのじゃ。すまぬ」

「そう、だったのか......人神だったそなたが、今度は人神の眷属になるとはな。ふふ、面白いものだ」

 そう言って微笑む紅蓮。オレは彼女のその笑顔がとても愛おしくなって、白金と一緒になって彼女を抱きしめた。

「のう、姉上。白金は懐の広い男。姉上の事もわしと同様に、愛してくれる。姉妹揃って恋人じゃ」

 紅蓮は頰を朱に染め、オレと紅蓮を交互に見る。本当は嫌だけど......みんなを守る為だ。白金ともそう話し合った。白金も渋々だったけど、承諾してくれた。

「すると......銀牙......もとい、白金だったな。白金とイチャイチャ出来るだけではなく、輝夜とも、愛し合えると言う事か?」

「そうだ」

「そうじゃ」

 オレと白金が同時に答える。

「わかった。ならば許そう、そなたらを。なぜなら今後は、我の家族であるのだからな」

「よろしくな、紅蓮」

 紅蓮のアゴをクイッと持ち上げる白金。紅蓮はウットリと白金を見つめ、ふるふると体を震わせる。そして両腕をそっと白金の背中に回し、目を閉じた。

「よろしく、お願いします♡」

   白金が確認を取るように、オレに視線をよこす。うう......仕方ない。これも新都を守る為。オレがコクリと頷くと、白金は紅蓮とキスをした。

  あれ? 意外と大丈夫だ。もっとオレの心が嫉妬に狂うと思ってたんだけど......。そうか、きっとオレは、紅蓮の事も好きなんだ。だから平気なんだな。

  オレはコホンと咳払いをし、白金と紅蓮のキスを制した。二人は恥ずかしそうに口づけを中断し、はにかんだ。

「皆の者、良く聞け。厄神紅蓮はこれより、わしらの仲間じゃ。じゃが、神として今後も平等に厄災をもたらすじゃろう。それは世の理。避けられぬ運命じゃ。例えそれによって誰かが命を落とそうとも、紅蓮を責める事は出来ぬ。良いな」

「はっ!かしこまりました!」

  亜水を筆頭に、皆が頭を下げる。

「あの、おそれながら......白金様に伺いたい事がございます」

  みんなが顔をあげた後、塁火がおずおずと前に出てきた。

「白金様は、銀杏様以外は愛せない。そうおっしゃってましたよね? でも、 紅蓮様も恋人にすると、今はおっしゃいます。なら、私も恋人にしてください。一度言った事を破った、そんな事を責めるつもりはないです。ただ、私も愛して欲しい。それだけなんです」

  塁火の想いは切実だった。こうなる事は、オレも白金も予測していた。なので、予定通りの返答をする。

「塁火、俺は銀杏を愛している。誰よりもだ。それは変わらない。だが、同時に複数の女を愛せる度量を、俺は手に入れた。成長したのさ。だから紅蓮も愛するし、同じように塁火、お前の事も愛する。俺と一緒に来るか?」

  白金はそう言って、塁火に手を差し伸べた。塁火は口を手で覆い、涙を流した。よほど嬉しかったのだろう。そして木蓮を見つめた。

「お兄ちゃん、私......」

「ああ、わかってる。俺はお前の気持ちを大事にしたい。だから、行っていいぞ塁火。でもな、もしも白金の奴がお前を泣かせるような事をしたら......」

  木蓮は手のひらに拳をパァンッ!と打ち付ける。

「その時は、殴り込んででもお前を連れ帰す。いいな」

  白金は苦笑いし、塁火は満面の笑みを浮かべた。そして白金に抱きつく。

「お兄ちゃんの許可が出ました! ふつつか者ですが、よろしくお願いします♡」

「ああ、よろしくな、塁火。大事にするよ」

  白金は優しく微笑み、塁火の髪を撫でた。

  少し前までは、塁火にヤキモチを妬きまくっていたオレだったが、今は不思議と平気だった。きっと紅蓮への気持ちと同じだ。オレは塁火が好きなんだ。そういう事だろう。

「亜水よ。わしらはこれから紅蓮とじっくり話し合う事にする。公に出来ぬ事も含まれるゆえ、白金の屋敷で行う。夕刻にはここへ戻り、今後の方針を伝えようと思うが良いか?」

「はっ。おおせのままに」

  深々とこうべを垂れる、亜水、葉月、木蓮の三名。別れの挨拶をし、オレ、白金、紅蓮、塁火の四人は、白金の屋敷へと移動した。

  寝室で白金を中心に、オレたちは大きな布団に横になった。白金の腕まくらだ、わーい。オレと塁火は腕まくら。紅蓮はちゃっかり胸の上にうつ伏せになって、白金の顔を見つめている。

「なぁ紅蓮。帝との盟約って何なんだ?」

 そうだ。それはオレも気になっていた。おそらくそれが原因で、村への過度な人減らしをしているのではないか、というのが、オレと白金の予想だったのだ。

「ああ、実はな......奴め、飢饉が起こった際に、食料を少しでも多く確保しようとしてな。今後都には、飢饉も疫病も起こさないでくれと頼んできた。その代わり、いらない民を追放するから、そいつらを好きなだけ殺してくれとな」

 なんだと!? なんて勝手なやつなんだ。

「その要求を飲んだんだな、紅蓮は」

「ご、ごめんなさい! 嫌わないで、白金......」

「大丈夫だ。嫌わねぇよ。その盟約とやらを、ナシにしてくれればな」

 紅蓮はコクコクと首を縦にふる。

「するする! ナシにする! 今後は、みんな平等だ。都はもちろん、この新都にも、飢饉や疫病が起こりうる。だがそれが、本来の形だ。我が間違っておった。すまぬ、許してくれ」

 謝る紅蓮を抱きしめ、唇を重ねる白金。

   くっそー、羨ましいぞ紅蓮!

「だが、都の帝は盟約書を持っている。あれを破棄しない限り、盟約は途切れぬ。我の一存だけではダメなのだ。あれをどうにかせねば」

  なるほど。ならばオレたちの次の行動は決まった。すなわち、都に行く。これだな!
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