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第35話 目覚める白金の力。

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    白金の脳裏に、五体に引き裂かれる銀杏の姿が、何度も繰り返される。

「うあああっ! やめろぉー! 」

 涙を流し、苦しみ悶える白金。幻覚だとはわかっている。だがその光景は、確実に白金の心を蝕んでいった。

(死なないでくれ銀杏!やっと、やっと会えたのに。死んでしまったお前を、また見つける事が出来たのに......銀杏......来人......輝夜(かぐや)......ん? 輝夜って誰だっけ?)

 唐突に心に浮かんだ名前に、白金は戸惑った。

(わしは輝夜。そう言ったのじゃぞ?)

 銀杏の言葉が思い返される。そうだ。あれはあいつが緑爪を倒した時......。

 前世の記憶。そうだ、アイツは前世の記憶を取り戻した、そう言っていた。そして俺の前世が大和という人間の男で、自分は人神だったと。人と神の禁じられた恋をして、罰を受けて殺されてしまったんだと。

(そうだ。お前は大和(やまと)。つまり俺だ)

 白金の心に、男の声が響く。

(大和!? 前世の俺か!?)

(ああ、そうだ。俺はお前の前世の記憶だ。輝夜が危険な状態にあるみたいだからな。自動的に能力が発動した。その名も『必勝祈願』)

(なんか、神社の御守りみたいな名前だな)

(まぁな。とりあえずこの能力が発動している限り、お前は無敵だ。輝夜の為の勇者になる、みたいな感じだな)

(へぇ。じゃあとりあえず、さっきから流れてるこの悪趣味な映像、消せるか?)

(容易い。さぁ、行こうぜ俺。鬼退治だ)

(ああ。俺はお前。お前は俺だ)

 大和の記憶と意識が統一されたのを、白金は感じた。

 目を開き、自分の頭を鷲掴みにしている酒呑童子の腕を掴む。酒呑童子の腕の骨が、ミシミシと軋む。

「うぐぁぁっ! なんだこの力は! 貴様、なぜ絶望しない!」

 白金は答えない。メギョッと音がして、酒呑童子の腕は砕け折れた。

「うぎゃああっ! 腕が、俺の腕がぁー!」

 白金は達観した表情で、泣き叫ぶ酒呑童子の眉間に、人差し指をあてた。

「我が名は大和。愛しき輝夜姫を守る、勇者なり。鬼よ、偉大なる輝夜姫様の名の下に、貴様を封じる」

「くっ、俺を封じる事など、誰にも出来ん! 」

 酒呑童子は涙を流しながらも、虚勢を張った。

「知っているとも。だから別の方法を取る。俺の秘奥義『握手』で、お前の邪心を消滅させる」

 酒呑童子の顔が真っ青になる。

「そんな事、出来るはずない。八雲にだって出来なかった事を、お前なんかに出来るはずが......」

「出来るさ。今の俺にならな。察しのいいお前の事だ。俺が嘘をついていない事ぐらい、お見通しなんだろ?」

「ひぃぃっ! 嫌だ! 嫌だ! うわぁぁー!」

 逃げようと足掻く酒呑童子だが、白金のひと睨みで動けなくなっている。

 白金は動けなくなった酒呑童子にゆっくりと近づき、彼の手を握った。その瞬間、酒呑童子の体が眩しく光り輝く。

「なんだ、この光は......暖かい。まるで、母上に抱きしめられているみたいだ......」

「酒呑童子。お前も本当は優しい心を持っているはず。幼い頃を思い出せ。母親の愛情を思い出すんだ」

   白金の言葉に、涙を流す酒呑童子。

「ああ......母上......」

「ほうら、もうお前は、すっかりいい奴に戻った。さぁ、俺とお前は今日から友達だ。もう悪さはしないよな? 木蓮の力になってやって欲しいんだ」

「うん。俺、約束するよ。もう悪さはしない。白金の友達として、ちゃんと木蓮の力になる。こいつの事、守っていくよ」

   酒呑童子は、嬉しそうに、そして満足そうに微笑んだ。

「ああ、頼んだぜ酒呑童子」

   すーっと、木蓮の体から光が消えていく。そしてがっくりと膝をつく酒呑童子......もとい、木蓮。

「あれ? 俺、どうしてこんな所に......白金、俺、何がなんだか」

 木蓮の姿は、人間に戻っていた。目を白黒させて、周囲を見回している。

「まぁ、説明は後だ。とりあえず一緒に来てもらおう」

 白金は戸惑う木蓮と、気を失ったままの銀杏を両脇に抱え、颯爽と飛翔で飛び立った。

【銀杏視点】

「本当に、すいませんでした!」

  木蓮はそう叫び、頭を床に擦り付けて土下座した。

  ここは亜水の屋敷の一階、大広間だ。主に人が集まった際などに使う為の部屋である。

 屋敷の主人である亜水が中央に座り、その横に葉月、日凛、ドラザエモンの四人。全員が覚醒済みだ。

  その正面に座り、謝罪する木蓮。左横には塁火が寄り添っている。オレは木蓮の右横。オレの右隣には白金がいる。今回の騒動の説明役として、付き添って来たのだ。

  木蓮は全員が着席するなり、即座に謝罪して土下座した。オレは木蓮の気持ちを汲み、そのまま説明をする事にした。

  亜水一家は真剣な表情でオレの説明を聞いていたが、事情を知って、全てを許してくれた。

「顔をあげてくれ、木蓮。私たちは家族も同然。子供のした事は親にも責任がある。君の中の鬼に、すぐ気がついてあげられなかった。すまなかったね。さぁ、もう全て水に流そうじゃないか。なぁ葉月」

「はい、あなた。私ならもう気にしていません。木蓮君、塁火ちゃん、一緒にお昼ご飯、食べましょう」

  亜水も葉月も優しく微笑んでいた。

「早く食おうよ、お母さん。オレ、腹減っちまった。今日は木蓮兄ちゃんの好きな、焼き魚と煮付けだぜ」

「木蓮兄ちゃん旅に出てたからさ、一緒にご飯食べるの久しぶりだね!」

  ドラザエモンと日凛も、満面の笑顔だ。

「みんな......ありがとう」

「良かったね、お兄ちゃん」

  大粒の涙を流す木蓮の背を、塁火がいたわるようにさする。

 ちなみに木蓮がさらった村娘たちには、ここに来る前に謝罪を済ませてある。オレの顔もあるのかも知れないが、みな、快く許してくれた。

  この新都の者たちは、全員心に傷を持つ。だからこそ、人の痛みを自分の事のように思いやれるのだ。

  こんな素晴らしい人々を守る事が出来る。守り神として、こんなに幸せな事はない。

「木蓮、塁火、お言葉に甘えて、亜水たちと一緒に昼食をとるが良い。わしと白金は、少し気になる事があるでな。ここらで失礼するぞよ」

  オレは白金を促し、その場を後にした。みんなは名残おしそうに引き止めてくれたが、どうしても今、白金と話しておきたかった。

  オレと白金の家に帰り、オレは食事を用意した。術を併用しながらではあったけど、なんか奥さんになったみたいで幸せを感じた。元おっさんなのに、変な話だけどさ。でも今のオレの心は、もう完全に狐娘の銀杏になっていた。

「おっ、美味い。料理、上手じゃねぇか銀杏。この味は料亭を超えるぜ」

「ほ、褒めすぎじゃ。術も使ったし......でも、嬉しいぞよ。はい、あーんして」

  白金に肩を抱かれながら、彼の口に料理を運ぶ。

「美味いか? ふふ、良かった。時に白金よ。先程皆にも話したが、わしには気になる事がある。それは木蓮の心を支配した『酒呑童子の邪心』についてじゃ」

  オレは八雲が話してくれた事を、白金に説明した。

「なるほどな。確かに人為的に壊されたんだろう。結界が張られていた以上、自然と石像が壊れる事は無いはずだ。となると、都の奴がやったのか?」

「うむ。それも恐らく、相当な霊力の持ち主じゃろう。わしらと同等か、それ以上じゃろうな。じゃが、紅蓮ではないと思う。そんな事をしても、なんの特にもならぬじゃろうしな。まぁいずれにしれも、目的は分からぬままじゃ。八雲殿に恨みを持つ者の犯行と見るのが、一番有力かのう」

  オレがそう言うと、白金も同意した。

「紅蓮様は、自分の利にならない事はしない方だ。八雲とやらには興味もないだろうよ。俺の事は、なんだか気に入ってくれていたようだけどな」

 白金によると、紅蓮は俺によく似た女で、狼のような姿をしているらしい。それで眷属だった白金も、狼のような姿をしていたのだ。

「まさかお主、紅蓮に惚れられておるのか?」

「うーん、どうだろうな。なんかそれっぽい事は良く言われてたけど......」

  間違いない。紅蓮は白金に惚れている。女の勘だ。元おっさんだけどな!

  って事は、白金が死んだと聞いて、紅蓮はかなり落胆しているはずだ。オレへの恨みも深いはず。

  もしも彼女がこの新都を訪れて来た時は......覚悟を決めなくてはならないだろうな。

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