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第31話 木蓮の誓い。

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「では行きますぞ。神速歩!」

 ひゅんっ!と景色が高速で移り変わる。

「うわぁあああ!」

 どうやら村長は、目を閉じていなかったようだ。

 一瞬のうちに田園地帯に到着する一行。村長は感嘆の声をあげた。

「これは......驚きましたな」

「ふふふ、そうでありましょうな。じゃが、真にお見せしたいものは、これからですじゃ」

 銀杏は右手で印を結びながら、左手の人差し指を眉間に当てる。それから一定の感覚で、身を揺らしながら印を結び始めた。その様はまるで、華麗なる舞のようだった。

 美しい。木蓮は銀杏の姿に見惚れた。抱きしめたい。あのぽってりとした桜色の唇を、奪ってしまいたい。そんな欲望が鎌首をもたげる。

 だが、無理矢理では意味が無い。嫌われるだけだ。彼女の方から自分に好意を守ってもらわないと、白金に勝った事にはならない。

 木蓮が悶々とする中、銀杏は颯爽と術を放つ。

「大豊作!」

 するとどうだろう。見渡す限りの田畑が、一斉に色づいた。黄金に輝く稲穂。青々と生い茂った野菜たち。

 村長は口をあんぐりと開け、半ば放心状態だ。

「ふふふ。まだ驚くのは早いですぞ、村長どの。お次はこれですじゃ。大収穫!」

 銀杏が術を放つと、ズバズバと音がし、農作物が一斉に宙に浮いた。そして最寄りの空き地へと、バサバサと舞い降りたのだ。

「な、な、なんと......!」

 村長は驚きのあまり、言葉が見つからないようだ。

「第二の都、その名も『新都』には、町の区画の周辺に大規模な田畑を用意しますじゃ。衣食住、全てにおいて、安心できる生活をお約束しましょうぞ。もちろん、しっかりと働いてはもらいますがのう。どうですかな?」

 村長はこくこくと頷いた。どうやら充分すぎる程に納得したようだ。

「では、交渉成立ですな。お互い良い関係を築きましょうぞ」

 満足げに握手を交わす二人。それから銀杏は村人全員に会い、潜在能力のある者は覚醒させた。侍や忍者など、戦闘能力に長けた者が多く見出された。

 準備は整った。木蓮はそろそろ自分の出番だな、と予感した。

「では木蓮、荷物も含め、村人総勢四十二名、移送を頼む」

「かしこまりました!  お任せ下さい!」

 銀杏の神速歩には劣るが、木蓮の狐式神も、飛行能力を持つ為、かなりの高速で移動出来る。

 とは言え、全員一度には運べない為、何度か往復する必要がある。まだ一つ目の村ではあるが、木蓮はかなり霊力を消耗していた。格が上がったとは言え、やはり一度に二十体もの式神を使役するのはきついものがある。

「大丈夫か、木蓮。一度戻って休むか?」

 本音を言えば休みたかった。だが、そんな事をすれば白金に笑われてしまう。それだけは絶対に避けたい。

「いえ、平気です。次の村に参りましょう」

「そうか。ならば良いのじゃがの。白金が『建築』で新たに用意した家は三百。充分迎え入れる余裕はある。全ての村の住人を迎え入れたら、本格的に都の構築にかかるぞ。大変ではあるが、共に頑張ろう。頼りにしておるぞ、木蓮」

 そう言って微笑む銀杏。彼女の為なら、例え命をすり減らしてでも、役に立ってみせる。

 最後の目的地である雲上村。山の頂上付近にある村だ。その山の頂きには、仙人が住むという。そこまでは、何が何でもたどり着く。そして教えを乞うのだ。

 待ってろよ白金。俺は力を手に入れる。銀杏様は、俺が守る! そう誓いを新たにする木蓮であった。

【銀杏視点】
「大丈夫か、木蓮。顔色が悪いぞよ」

「大丈夫です」

 木蓮の活躍のお陰で、全ての村の人々を、「新都」へと移送し終わった。現在オレたちは、もはや無人となった雲上村に滞在している。雲上村は山の頂上付近にある村で、山頂には仙人が住んでいるという噂があるらしい。だがオレの千里眼ではそれらしい人影を見つける事は出来なかった。

 オレたちは現在、山頂に向けて登る準備をしているところだ。だけど木蓮はめちゃくちゃ疲れているし、顔色も悪い。オレは彼が心配だった。

「本当に仙人とやらに会いに行くのか?また今度にしてはどうじゃ。白金は逃げたりなぞせぬぞ。勝負は都が完成して、落ち着いてからでも良かろう」

「いえ! そうはまいりません! 俺は一刻も早く、あなたが欲しいんです!」

「え!?」

 ひええ!なんつーストレートな愛の告白。オレの心臓はオーバーヒートしそうな程に、バクバクと脈打った。でも正直、オレは白金以外の男のものになるなんて考えられない。白金を受け入れるのにだって、かなり葛藤があったんだ。

 だってオレ、元男だし。ホモじゃねーし。でも輝夜だった頃の記憶を一時的にでも取り戻したおかげで、ようやくアイツを受け入れられたんだ。だからもう、いっぱいいっぱいですよ。

「そ、そうか。ならばもう何も言わぬ。そのかわり、わしも付いて行くぞよ。そなたに何かあっては大変じゃ」

 オレの言葉に、木蓮は真剣な表情を見せる。

「大変というのは、戦力的な損害を受けるという事でしょうか」

 まー、なんてネガティブな子!

「そうではない。お主は、わしらにとって大切な仲間であり、家族じゃ。失いたくはない。くれぐれも、気をつけるのじゃぞ」

「......そう、ですよね。わかりました。充分気をつけます」

 うーん、きっとオレに好きって言わせたいんだろうけど、だって嘘付きたくないもん。オレは白金一筋なんだから。

 そりゃ、白金を好きになる前は、木蓮にもちょっぴりときめいてた時あったけどさ。

「よし、準備は完了しました。出発出来ます」

 木蓮は「連雀(れんじゃく)」という、肩掛けのウエストポーチっぽいカバンに、硯(すずり)やら筆やら、紙やらを入れて持ち歩いている。

 念のため、新たな呪符をたっぷり作成して懐に入れたのだ。

「うむ、それでは参ろうかの。わしの神速歩ではおおまかな場所にしか行けぬゆえ、探索には向かぬ。仙人の居場所が分からぬ以上、お主の式神の力を借りねばならぬな」

「お任せください。では狐式神に乗って行きましょう」

 木蓮は呪符を二枚、空中に展開した。もはやお馴染みとなった狐式神が、二体出現する。

「さぁ、お乗りください。まいりましょう」

 木蓮の先導で、頂上を目指す。山頂には建物は無く、その代わり洞窟があった。

「この洞窟に住んでいる、と見るべきかの。何せ仙人と言うくらいじゃしな」

「ですね。入って見ましょう」

 洞窟の奥は暗く、ジメジメとしていた。灯りがないと進めそうにない。

「蛍の式神がおります。彼らを呼びましょう」

 木蓮は呪符を一枚、空中に展開する。すると五匹の蛍が現れ、オレたちの周囲を飛び始めた。

「こいつらは、五匹で一体分の霊力消費です。あと十三体は同時に使役出来ますよ。さぁ行きましょう」

 オレが質問を口にする前に答える木蓮。中々察しが良い。

 薄暗い中、先を進む。洞窟は何度か道が枝分かれしていた。

「どちらだと思いますか、銀杏様」

「ふーむ、おそらく右じゃな。たんなる勘じゃが」

「では右へ」

 一切の躊躇なく進む木蓮。

「間違っておったらすまぬ」

 一応、保険として先に謝っとこう。

「間違っていても構いませんよ。俺は銀杏様と一緒なら、何処へだって行きますから」

 もー、恥ずかしいからやめて、そう言うの。ちょっと嬉しいけどさ。クサイ台詞をさらっと吐けるところは、白金と似てるよなぁ、木蓮って。

 しばらく進んでいくと、壁に行き当たった。どうやら行き止まりのようだ。

「すまぬ木蓮。わしの間違いだったようじゃ」

 思わずため息が出る。オレ、方向音痴なんだよね。戻ったとしても、正解に辿り着けるか微妙だ。

「いえ、銀杏様。あなたはやっぱり凄い。当たりですよ」

 オレの背後から、木蓮が感嘆の声をあげる。

「じゃが、見てのとおり行き止まりじゃぞ」

「ふふ、振り返って見てください」

 もー、何を言ってるんだ木蓮。振り返ったって、今来た道があるだけじゃ......。

「なっ!? これは一体どうなっておるのじゃ!?」

 オレたちは確かに洞窟の中にいた。だが、目の前には大きな屋敷が、オレたちの周囲を囲むようにそびえ立っている。見上げれば青空、背後には巨大な池がある。

 これは、平安時代の貴族の屋敷にそっくりだ。寝殿造りつったかな。

「どうやら、この屋敷の主人は相当な悪戯好きのようですね」

「そのようじゃな」

 半ば呆然としながら、屋敷に向かって歩き出すオレたち。

 すると屋敷の入り口が開き、可愛らしい少女が一人、姿を表した。

「ようこそおいで下さいました。銀杏様に、木蓮様。私の名前は蜜虫(みつむし)と申します。中で主人がお待ちです。どうぞ」

 木蓮と顔を見合わせ、少女の案内で、屋敷の中へと入る。

 何故名乗ってもいないオレたちの名を言い当てたんだろうか。まぁ、さすが仙人と呼ばれるだけの事はあるか。

 さてさて、どんな人物なのやら。

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