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第20話 鼠と女。

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    その女の名は、緑爪(りょくそう)と言った。厄神「紅蓮」の眷属である。

 色鮮やかな着物を羽織り、右手に番傘、左手には煙管(キセル)を持っている。そして時折、ぷかぁーと煙を吐き出す。

 頭には派手な髪飾りを付け、まるで遊女のような出で立ちだ。

「......何しに来やがった、てめぇ」

 白金は緑爪を睨みつけながら、そう吐き捨て、身構える。この女の危険さを、彼は良く知っていた。

「あらぁ、生きていたのねぇ、銀牙。死んだと聞いていたから、あなたの骸(むくろ)を探しに来たのよ。首から上を切り取って、標本にしようと思っていたの。でも生きていたんなら、良かった。標本にしなくっても、腐る心配がないものねぇ。あら、それは良いけれど、どうして死んだと報告が来たのかしら? 死んだ事にしないとまずい事でも? 村人が実は生きているとか?」

 良くしゃべる女だ。と白金は思った。正直なところ、彼はこの緑爪が苦手だった。

「いや、死んだよ。みんな食っちまった。この村には何もねぇぜ。俺は死にかけてたんだけどよぉ、奇跡的に復活を遂げたんだ。まぁそう言う訳だから、帰った帰った」

 白金は追い払うような仕草で、「しっしっ」と手を前後に振った。

「あらぁ。つれないこと言うのねぇ。私がこんなにあなたを愛しているってのに。一緒に帰りましょうよ。紅蓮様も、きっとお喜びになるわ。あなたが死んだと聞いて、とても残念がっていたのよ」

 緑爪は垂れ目をニマァッと細め、舌舐めずりをする。

「それとも......帰れない理由でも? ああ、そうだわ。あの異世界人はどうなったのかしら? あなたと同郷だったわよねぇ、銀牙。ちゃんと殺したの? 食べ残したところはない?」

 白金の額に汗がにじむ。おそらくこの女は、感づいているのだろう。銀杏が生きていて、白金がそれを隠しているという事に。嘘を突き通すしかない。白金はそう判断した。

「ちゃんと殺したって。骨も残さずみんな食っちまったよ。帰った連中がそう言ってただろ? 大丈夫だよ。もう紅蓮様を邪魔するものは、いねぇからさ」

 白金は緑爪の反応を伺った。果たして、今の言葉を信じてくれるだろうか。

「へぇ、そう」

 緑爪は薄く笑って、煙管を吸った。そしてぷかぁーと煙を吐き出す。

「なら、この子達が残りものを漁っても、問題ないわよねぇ? とても......お腹を空かせているの。まぁ、いつもなんだけれど」

 クスクスと笑う緑爪の足元の影から、ボコボコと鼠が湧いて出る。

 ギィ、ギィと鳴くその様を見て、白金はおぞましいと感じた。物ノ怪たちの方が、よっぽど可愛げがある。

「だめだ。そいつらが村に入れば、疫病が蔓延しちまう。ここはな、俺の村にするんだ。田畑を耕して、俺はここで暮らす。紅蓮様にはそう伝えてくれ」

 苦しい言い訳だった。だが白金が思いついた嘘は、それだけだった。

「なにそれ。気でも触れたのかしら? 自分の役目を捨てて、ここで暮らす。そう言いたいのね銀牙。なら......やっぱり首だけ持って帰る事になりそうだわ」

 鼠たちが一斉に、白金に襲いかかる。こいつらは厄介だ。殺すのは容易いが、返り血を浴びれば病原菌に感染してしまう。

「火炎!」

 二言呪で火炎を作り出し、拳に纏わせる。もちろん熱いが、そうも言ってられない。こうしなければ、血を浴びてしまう。

「オラオラオラー!」

 素早く拳を繰り出し、鼠たちを叩き落としていく白金。ブスブスと煙と異臭を放ちながら、鼠たちが黒焦げになっていく。

「へぇ、面白い事するわねぇ。だけどひょっとして、あなたも燃えちゃうんじゃないの、それ。言っておくけど、この子たちの数は、百匹じゃ効かないわよ。数十万匹はいるわ。それを全部相手に出来る? 」

 緑爪の言う通りだった。倒しても倒してもキリがない。だが、白金もここを引くわけにはいかない。

「るせぇ! 俺の体はなぁ! 熱に強いし燃えにくいんだよ! それにな!隙を見ておめぇをぶっ殺せば、鼠共は出てこなくなんだろが! 俺はそれを今! 虎視眈々と狙ってんだよ! 」

 全身に火傷を負いながら、自信満々に豪語する白金。それを見て緑爪は、声を上げて笑う。

「あはははは! 馬鹿じゃないのぉ? 体、火傷してますけどぉ? ひぃ、ひぃ、あー、お腹痛い。本当にそんな事が出来ると思っているなら、相当おめでたいわねぇ。いいわ、鼠を使わずにあなたと戦ってあげる」

 緑爪が言いながら、フゥと煙を白金に吐きかけ、視界を奪う。

「うわっぷ、何しやがる」

 慌てて煙を払う白金。煙が消えると、足元に無数に蠢いていた鼠たちが、消えている。

「ふふふ、ほぉら、鼠は影に戻したわよ。かかって来なさいな。たっぷり愛してあげるわ」

 すぅ、と着物をたくし上げ、太ももをあらわにする緑爪。

「へっ。色仕掛けなんぞ俺には効かねぇぜ。心に決めた女がいるんでな! 剛力! 鋼鉄!俊敏! 巨大!」

 自分に術をかけつつ、蹴りを放つ白金。だが緑爪は、それを煙管一本でたやすく受け止める。

「クス。まさかあの狐娘に惚れちゃちゃのかしら? やっぱり生きているのね、あの小娘。うふふ、妬けるわぁ」
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