20 / 42
第20話 鼠と女。
しおりを挟む
その女の名は、緑爪(りょくそう)と言った。厄神「紅蓮」の眷属である。
色鮮やかな着物を羽織り、右手に番傘、左手には煙管(キセル)を持っている。そして時折、ぷかぁーと煙を吐き出す。
頭には派手な髪飾りを付け、まるで遊女のような出で立ちだ。
「......何しに来やがった、てめぇ」
白金は緑爪を睨みつけながら、そう吐き捨て、身構える。この女の危険さを、彼は良く知っていた。
「あらぁ、生きていたのねぇ、銀牙。死んだと聞いていたから、あなたの骸(むくろ)を探しに来たのよ。首から上を切り取って、標本にしようと思っていたの。でも生きていたんなら、良かった。標本にしなくっても、腐る心配がないものねぇ。あら、それは良いけれど、どうして死んだと報告が来たのかしら? 死んだ事にしないとまずい事でも? 村人が実は生きているとか?」
良くしゃべる女だ。と白金は思った。正直なところ、彼はこの緑爪が苦手だった。
「いや、死んだよ。みんな食っちまった。この村には何もねぇぜ。俺は死にかけてたんだけどよぉ、奇跡的に復活を遂げたんだ。まぁそう言う訳だから、帰った帰った」
白金は追い払うような仕草で、「しっしっ」と手を前後に振った。
「あらぁ。つれないこと言うのねぇ。私がこんなにあなたを愛しているってのに。一緒に帰りましょうよ。紅蓮様も、きっとお喜びになるわ。あなたが死んだと聞いて、とても残念がっていたのよ」
緑爪は垂れ目をニマァッと細め、舌舐めずりをする。
「それとも......帰れない理由でも? ああ、そうだわ。あの異世界人はどうなったのかしら? あなたと同郷だったわよねぇ、銀牙。ちゃんと殺したの? 食べ残したところはない?」
白金の額に汗がにじむ。おそらくこの女は、感づいているのだろう。銀杏が生きていて、白金がそれを隠しているという事に。嘘を突き通すしかない。白金はそう判断した。
「ちゃんと殺したって。骨も残さずみんな食っちまったよ。帰った連中がそう言ってただろ? 大丈夫だよ。もう紅蓮様を邪魔するものは、いねぇからさ」
白金は緑爪の反応を伺った。果たして、今の言葉を信じてくれるだろうか。
「へぇ、そう」
緑爪は薄く笑って、煙管を吸った。そしてぷかぁーと煙を吐き出す。
「なら、この子達が残りものを漁っても、問題ないわよねぇ? とても......お腹を空かせているの。まぁ、いつもなんだけれど」
クスクスと笑う緑爪の足元の影から、ボコボコと鼠が湧いて出る。
ギィ、ギィと鳴くその様を見て、白金はおぞましいと感じた。物ノ怪たちの方が、よっぽど可愛げがある。
「だめだ。そいつらが村に入れば、疫病が蔓延しちまう。ここはな、俺の村にするんだ。田畑を耕して、俺はここで暮らす。紅蓮様にはそう伝えてくれ」
苦しい言い訳だった。だが白金が思いついた嘘は、それだけだった。
「なにそれ。気でも触れたのかしら? 自分の役目を捨てて、ここで暮らす。そう言いたいのね銀牙。なら......やっぱり首だけ持って帰る事になりそうだわ」
鼠たちが一斉に、白金に襲いかかる。こいつらは厄介だ。殺すのは容易いが、返り血を浴びれば病原菌に感染してしまう。
「火炎!」
二言呪で火炎を作り出し、拳に纏わせる。もちろん熱いが、そうも言ってられない。こうしなければ、血を浴びてしまう。
「オラオラオラー!」
素早く拳を繰り出し、鼠たちを叩き落としていく白金。ブスブスと煙と異臭を放ちながら、鼠たちが黒焦げになっていく。
「へぇ、面白い事するわねぇ。だけどひょっとして、あなたも燃えちゃうんじゃないの、それ。言っておくけど、この子たちの数は、百匹じゃ効かないわよ。数十万匹はいるわ。それを全部相手に出来る? 」
緑爪の言う通りだった。倒しても倒してもキリがない。だが、白金もここを引くわけにはいかない。
「るせぇ! 俺の体はなぁ! 熱に強いし燃えにくいんだよ! それにな!隙を見ておめぇをぶっ殺せば、鼠共は出てこなくなんだろが! 俺はそれを今! 虎視眈々と狙ってんだよ! 」
全身に火傷を負いながら、自信満々に豪語する白金。それを見て緑爪は、声を上げて笑う。
「あはははは! 馬鹿じゃないのぉ? 体、火傷してますけどぉ? ひぃ、ひぃ、あー、お腹痛い。本当にそんな事が出来ると思っているなら、相当おめでたいわねぇ。いいわ、鼠を使わずにあなたと戦ってあげる」
緑爪が言いながら、フゥと煙を白金に吐きかけ、視界を奪う。
「うわっぷ、何しやがる」
慌てて煙を払う白金。煙が消えると、足元に無数に蠢いていた鼠たちが、消えている。
「ふふふ、ほぉら、鼠は影に戻したわよ。かかって来なさいな。たっぷり愛してあげるわ」
すぅ、と着物をたくし上げ、太ももをあらわにする緑爪。
「へっ。色仕掛けなんぞ俺には効かねぇぜ。心に決めた女がいるんでな! 剛力! 鋼鉄!俊敏! 巨大!」
自分に術をかけつつ、蹴りを放つ白金。だが緑爪は、それを煙管一本でたやすく受け止める。
「クス。まさかあの狐娘に惚れちゃちゃのかしら? やっぱり生きているのね、あの小娘。うふふ、妬けるわぁ」
色鮮やかな着物を羽織り、右手に番傘、左手には煙管(キセル)を持っている。そして時折、ぷかぁーと煙を吐き出す。
頭には派手な髪飾りを付け、まるで遊女のような出で立ちだ。
「......何しに来やがった、てめぇ」
白金は緑爪を睨みつけながら、そう吐き捨て、身構える。この女の危険さを、彼は良く知っていた。
「あらぁ、生きていたのねぇ、銀牙。死んだと聞いていたから、あなたの骸(むくろ)を探しに来たのよ。首から上を切り取って、標本にしようと思っていたの。でも生きていたんなら、良かった。標本にしなくっても、腐る心配がないものねぇ。あら、それは良いけれど、どうして死んだと報告が来たのかしら? 死んだ事にしないとまずい事でも? 村人が実は生きているとか?」
良くしゃべる女だ。と白金は思った。正直なところ、彼はこの緑爪が苦手だった。
「いや、死んだよ。みんな食っちまった。この村には何もねぇぜ。俺は死にかけてたんだけどよぉ、奇跡的に復活を遂げたんだ。まぁそう言う訳だから、帰った帰った」
白金は追い払うような仕草で、「しっしっ」と手を前後に振った。
「あらぁ。つれないこと言うのねぇ。私がこんなにあなたを愛しているってのに。一緒に帰りましょうよ。紅蓮様も、きっとお喜びになるわ。あなたが死んだと聞いて、とても残念がっていたのよ」
緑爪は垂れ目をニマァッと細め、舌舐めずりをする。
「それとも......帰れない理由でも? ああ、そうだわ。あの異世界人はどうなったのかしら? あなたと同郷だったわよねぇ、銀牙。ちゃんと殺したの? 食べ残したところはない?」
白金の額に汗がにじむ。おそらくこの女は、感づいているのだろう。銀杏が生きていて、白金がそれを隠しているという事に。嘘を突き通すしかない。白金はそう判断した。
「ちゃんと殺したって。骨も残さずみんな食っちまったよ。帰った連中がそう言ってただろ? 大丈夫だよ。もう紅蓮様を邪魔するものは、いねぇからさ」
白金は緑爪の反応を伺った。果たして、今の言葉を信じてくれるだろうか。
「へぇ、そう」
緑爪は薄く笑って、煙管を吸った。そしてぷかぁーと煙を吐き出す。
「なら、この子達が残りものを漁っても、問題ないわよねぇ? とても......お腹を空かせているの。まぁ、いつもなんだけれど」
クスクスと笑う緑爪の足元の影から、ボコボコと鼠が湧いて出る。
ギィ、ギィと鳴くその様を見て、白金はおぞましいと感じた。物ノ怪たちの方が、よっぽど可愛げがある。
「だめだ。そいつらが村に入れば、疫病が蔓延しちまう。ここはな、俺の村にするんだ。田畑を耕して、俺はここで暮らす。紅蓮様にはそう伝えてくれ」
苦しい言い訳だった。だが白金が思いついた嘘は、それだけだった。
「なにそれ。気でも触れたのかしら? 自分の役目を捨てて、ここで暮らす。そう言いたいのね銀牙。なら......やっぱり首だけ持って帰る事になりそうだわ」
鼠たちが一斉に、白金に襲いかかる。こいつらは厄介だ。殺すのは容易いが、返り血を浴びれば病原菌に感染してしまう。
「火炎!」
二言呪で火炎を作り出し、拳に纏わせる。もちろん熱いが、そうも言ってられない。こうしなければ、血を浴びてしまう。
「オラオラオラー!」
素早く拳を繰り出し、鼠たちを叩き落としていく白金。ブスブスと煙と異臭を放ちながら、鼠たちが黒焦げになっていく。
「へぇ、面白い事するわねぇ。だけどひょっとして、あなたも燃えちゃうんじゃないの、それ。言っておくけど、この子たちの数は、百匹じゃ効かないわよ。数十万匹はいるわ。それを全部相手に出来る? 」
緑爪の言う通りだった。倒しても倒してもキリがない。だが、白金もここを引くわけにはいかない。
「るせぇ! 俺の体はなぁ! 熱に強いし燃えにくいんだよ! それにな!隙を見ておめぇをぶっ殺せば、鼠共は出てこなくなんだろが! 俺はそれを今! 虎視眈々と狙ってんだよ! 」
全身に火傷を負いながら、自信満々に豪語する白金。それを見て緑爪は、声を上げて笑う。
「あはははは! 馬鹿じゃないのぉ? 体、火傷してますけどぉ? ひぃ、ひぃ、あー、お腹痛い。本当にそんな事が出来ると思っているなら、相当おめでたいわねぇ。いいわ、鼠を使わずにあなたと戦ってあげる」
緑爪が言いながら、フゥと煙を白金に吐きかけ、視界を奪う。
「うわっぷ、何しやがる」
慌てて煙を払う白金。煙が消えると、足元に無数に蠢いていた鼠たちが、消えている。
「ふふふ、ほぉら、鼠は影に戻したわよ。かかって来なさいな。たっぷり愛してあげるわ」
すぅ、と着物をたくし上げ、太ももをあらわにする緑爪。
「へっ。色仕掛けなんぞ俺には効かねぇぜ。心に決めた女がいるんでな! 剛力! 鋼鉄!俊敏! 巨大!」
自分に術をかけつつ、蹴りを放つ白金。だが緑爪は、それを煙管一本でたやすく受け止める。
「クス。まさかあの狐娘に惚れちゃちゃのかしら? やっぱり生きているのね、あの小娘。うふふ、妬けるわぁ」
8
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる