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第19話 白金の夢。

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 白金は、夢を見ていた。彼が転生する前、つまり普通の人間だった頃から何度も見ている夢。

 最初に彼がその夢を意識しだしたのは、まだ小学校にも上がる前だった。

 十代後半くらいの美しい娘と、戯れる夢。夢の中で彼女はこう言う。

「ねぇ、もし生まれ変わっても、私の事、見つけてくれる?愛してくれる?」

 白金は「当たり前だろ」と言って彼女の髪を優しく撫でる。

「髪撫でられるの、好き」

 彼女は目を細めて笑う。

 これは前世の記憶とか、そう言ったものなのだろうか。何度も繰り返し見るうちに、白金は幼いながらも、夢の女性に恋心を抱くようになっていた。

 小学校にあがる頃、親が経営している施設に一人の子供がやってきた。白金は心臓が飛び跳ねた。夢で見た女の子に、そっくりだった。もちろん年齢は違うが、面影がある。

「こいつはな、両親が事故で死んだんだ。仲良くしてやれよ、和也」

 父は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。白金こと和也は、その顔が嫌いだった。父がそんな笑みを浮かべる時、大抵ろくでもない事を考えているからだ。

 不快感を抱きつつも、目の前の子供を見据える。和也の、運命の人。心臓が早鐘のように高鳴る。本当に会えるなんて、思いもしなかった。

「俺、和也。よろしくな。おまえ、名前は?」

「来人だよ。よろしくね、和也君」

 名前を聞いて、和也の心に衝撃が走る。

「え? その名前、もしかして男?」

「そ、そうだよ。僕、男だよ」

 そんな......!やっと運命の人に、会えたと思ったのに......!

 まさか男だなんて......!

 和也はショックのあまり倒れこみそうになった。だがなんとか堪え、来人の顔を見る。

 なんて長い睫毛だろう。目も大きく、唇もふっくらとしている。肌も白く、髪もさらさらだ。

 可愛い。本当に夢の彼女にそっくりだ。これで男だなんて、神さまは一体何を考えているんだろう。そう思った。

 和也は来人に一目惚れしてしまった。彼を男だと知っても、その気持ちを変える事など、出来なかった。

 そして夢の内容を思い出す。彼女は、私が生まれ変わっても、見つけて欲しい、そう言っていた。

 来人は彼女の生まれ変わりなのだ。今回は男に生まれてきてしまったけれど......やっぱり自分の、運命の人なんだ!和也はそう確信し、来人を強く抱きしめる。

「やっと会えた。お前は俺が、ずっと守るから」

「え? あ、うん。よくわからないけど、ありがとう」

 来人はとても純粋な少年だった。二人はあっという間に仲良くなり、親友になった。

   場面が切り替わり、大人になった来人が車を運転している光景が映る。高校を卒業してすぐ、来人は施設を出て一人暮らしを始めた。和也は大人になった来人の姿を、一度も見た事はなかった。

   だが、面影があるからすぐにわかった。まるで映画でも見ているように、様々な視点で来人が映った。

   何かが車の前に飛び出す。ハンドルを切り、避ける来人。木に衝突し、頭から血を流す。

「来人!」

 和也は叫び、ハッと目覚めた。急激に記憶が戻ってくる。ここは亜水の家の二階。布団に三人でくるまっている。背中側にはドラザエモン。顔を和也の背中にくっつけて寝ているようだ。服にヨダレがしみている感覚がある。

 正面には銀杏が眠っている。女に転生した、来人だ。初めて彼女にあった時、すぐに気づいた。前世と変わらない顔をしていたからだ。相変わらず可愛い。大きな目に、長い睫毛。ふっくらとした唇、白い肌。美しく、さらさらと流れる髪。

 和也は来人が死んだ時の事を思い出していた。父の後をついで児童養護施設の施設長になっていた彼は、来人の行方を探したい気持ちを抑えつつ、一生懸命子供たちの世話をしていた。

 来人が事故で死んだと聞いた時、和也は体を引き裂かれるようだった。来人がいなくなった世界など、和也にとっては価値のないものだった。訃報を聞いた和也はみるみる体調を崩し、重い病を患った。

 来人が死んだ数ヶ月後、病院のベッドの上で、和也は息を引き取った。

 そしてこの世界に転生し、厄神に使命を与えられたのだった。それは、この世界「常世」の人間を減らし、調整する事。

 だがそれを邪魔する存在として、人神の眷属である、守り神が最近現れた、そう教わった。それは自分と同じ異世界人であり、狐娘の姿をしているらしい。

 和也の能力「直感」が告げる。それは紛れもなく、来人だと。

 だが不思議だった。来人は自分が死ぬ数ヶ月も前に死んだはずだ。それなのに、何故自分よりも後に転生してきたのだろう。

 厄神「紅蓮」にその事を尋ねると、現世(うつしよ)、つまり和也が元いた世界と、この常世では、時間の流れが違うらしい。そう言った事が関係しているかも知れない。そう教わった。

 なんにせよ和也は嬉しかった。こうしてまた、来人に会う事が出来た。しかも女になっている。これで堂々と、彼女を愛する事が出来る。

 和也は、来人......今は銀杏と名を改めた彼女の髪を、優しく撫でた。すると彼女は目を閉じたまま微笑んで、むにゃむにゃと寝言を言った。

「髪、撫でられるの、しゅきぃ」

 それは、夢で何度も見た運命の彼女と同じ台詞だった。やっぱり銀杏は、和也の......白金の、運命の人なのだ。彼の能力「直感」も、そう告げている。

「銀杏......」

 白金は銀杏の頭と背中に両腕を回し、そっと抱きしめた。銀杏も白金の背中に片手を回してきた。

「銀杏、起きてるのか?」

 そっと尋ねてみる。

「むにゃむにゃ。木蓮......」

 ズキン。白金の心臓が、鋭利な刃物で突き刺されたように痛む。

(やっぱり、あいつの事が好きなのか?銀杏。今、木蓮の夢、見てるのか?)

 白金は銀杏を抱きしめていた腕をそっと離し、ゆっくりと立ち上がった。

(ふぅ、いけねぇいけねぇ。男の嫉妬なんてみっともねぇぞ俺。気分転換に厠(かわや)にでも行ってくるかな)

 厠は家の外にある。家の者たちが起きぬよう、忍び足で家を出る白金。

 今の季節は春だが、夜ともなるとひんやりしている。冷たい空気で頭を冷やしつつ厠で用を足す。

 ゾクッと背中に悪寒が走る。最初は放尿しているせいだと思ったが、違った。これは、この感覚は......。

(あいつが、来やがった)

 白金は全力で尿を出し切り、急いで下衣をあげる。

「直感」の赴くまま、村の入り口へと走る。そこには妖艶な雰囲気の女が一人、佇(たたず)んでいた。
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