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第9話 たんたんタヌキの絶望的なアクション。
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狸の物ノ怪は、どでかい金玉をぶらぶらさせながら、家の中へと侵入してきた。累火は入り口付近で硬直している。きっと恐怖で足がすくんでしまったのだろう。
「おうおう。まだ二匹も残ってやがったかぁ。全部で五十匹以上か。グハハハ、こりゃ当分食い物にはこまらねぇぜ。銀牙(ぎんが)様の言う通り、明るいうちに来たのが正解だったって訳だ」
狸はそう言って累火に腕を伸ばす。
「累火、逃げるのじゃ!」
俺は叫んだ。だが累火は涙をボロボロこぼして俺を振り返った。
「銀杏さまぁ......怖いですぅ......」
くっ、ダメか。累火は動けないままだ。なら俺が戦うしかない!
「おい! 貴様! その汚い手で累火に触るな! わしが相手じゃぁぁ!」
俺は全力でダッシュした。だが気持ちとは裏腹に、俺の足音はテテテッという軽いものだった。
「てりゃっ!」
狸の目前に到達した俺は、奴の顔面に向かってパンチを繰り出した......つもりだったが、全然届かない。俺は背が小さく、奴は二メートル近くある。
「ていっ! ていっ!」
俺はピョコピョコと何度もジャンプしてパンチを繰り出したが、奴には全くかすりもしない。奴は鼻の頭をポリポリと掻きながら、俺を面白そうに眺めた。
「んー? なんだおまえ、人間じゃねぇな。狐の物ノ怪か? ってことぁ仲間じゃねぇか。なんで邪魔をする?」
着物の襟を掴まれ、持ち上げられる俺。
「わ、わしはこの村の守り神じゃ! この村の者を守る義務がある! 離せ! 息が臭いぞよ!」
狸の口臭は生臭く、俺は吐き気をもよおした。
「んー? この匂い、嫌いかぁ? 物ノ怪で嫌いな奴がいるとはな。おまえも人間、食うんだろ?ああ、この娘っ子、おまえのメシだったのか? 邪魔して悪かったなぁ。グハハハ!」
大口を開けて笑う狸。
「わしは貴様等とは違う! 人間を守る者じゃ!」
俺が怒鳴ると、狸は笑うのをやめ、牙を剥き出しにして俺を威嚇した。
「ならおまえも食ってやる。これから餌場に持ってって、鍋にしてやる。おら娘っ子、おまえも来い」
「離せぇぇ!」
「いやぁぁああああ!」
俺たちは狸の物ノ怪の肩に担ぎ上げられ、家の外へと出た。
「たすけてぇぇ! だれかぁああ!」
「かみさまぁぁ!」
叫び、逃げ惑う村人たち。外は阿鼻叫喚の地獄絵図のようだった。無数の物ノ怪たちが「人間狩り」をしていた。ある者は肩に人間を担ぎ、ある者は子供たちを追い回している。
予定よりも早くやって来た物ノ怪たち。銀牙という者がそれを指示したと、狸は言っていた。
一体そいつは何者なんだ?いや、もうそんな事はどうでもいい。今確かな事は......。俺も累火もこれから食われちまうって事だ。
亜水も、葉月も、日凛も......。そして木蓮も。きっとみんな、もう......。
俺は使命を果たせなかった。紅葉ちゃんの期待には、答えられなかったんだ。
何が、守り神だ。チート持ちでもなんでもない、ただの狐娘だ。俺は慢心してたんだ。村人たちを覚醒させて、それだけで勝てると勘違いしてた。
「さぁ、着いたぜ。俺が手塩にかけて料理してやるから、大人しく待ってろ」
狸が餌場と呼んでいた広場では、焚き木が焚かれ、すでに宴会が始まっていた。様々な姿をした物ノ怪たちが、大鍋を囲んで談笑していた。一つ目の者、猫のような姿をした者、無数の腕を持った者......。みんな夢中になって鍋を食っていた。
「おいテメェら! 追加だ! 今から料理してやるけど、何かリクエストあるかぁ?」
おおお!と歓声が上がる。
「俺、唐揚げがいいな」
「おっ、いいなぁ唐揚げ。それで行こうや」
満場一致で、俺たちは唐揚げになる事が決まった。
「だ、そうだ。良かったなぁおまえら。唐揚げは俺の得意料理だ。美味しくなれよぉ! グハハハ!」
そう言って再び俺たちを担ぎ上げる狸。近くにある家に入ると、包丁を研ぎ始めた。
「今日は相当料理したからなぁ。切れ味戻さねぇとなぁ!グハハハ」
俺は生前にも感じたことのない、言い知れぬ絶望感を味わっていた。
もう、助かる道はないのか......。いや、待て。
狸は今、俺たちに背を向けている。奴の気がそれているうちに、戸口からこっそり逃げれば......。
「累火、今のうちに逃げるぞ。わしについてくるのじゃ」
俺は累火にそっと耳打ちした。だが累火は首を横に振る。
「銀杏様......お兄ちゃんも、みんなも......もう食べられちゃったんでしょうか......。私、もう、いいです。生きていたくありません......」
肩を震わせ、涙を流す累火。それを見て、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
やがて包丁を研ぎ終わった狸が、笑いながら俺たちに近づいて来た。
「さーて。準備は出来た。覚悟はいいか?」
そう言って累火の腕をむんずと掴み、引きずっていく狸。
「......」
累火は叫び声一つあげず、声を殺して泣いていた。
もはやこれまでか......俺がそう思った時、家の引き戸がガラッと勢い良く開いた。
「銀色の髪をした狐娘がここにいると聞いたが、いるか!?」
それは男だった。俺と同じく、銀色の髪をしている。耳と尻尾は獣のようだが、狐ではない。どちらかと言うと、狼のようだと感じた。
「銀牙様! いつこちらにいらしたので!?」
「うっせぇ! んなこたぁどうでもいいんだよ! とっとと質問に答えろ!」
「あ、はい! います、います! あそこに!」
狸は慌てて俺を指差す。どうやらこの銀牙という男、物ノ怪にかなり恐れられているようだ。
「おー、いたいた。随分と可愛らしい姿になったなぁ、来人(らいと)。まぁ、顔は変わってないけどな」
え?こいつ今、なんて言った?いや、あり得ない。さすがに聞き違いだろ......。
「ははは、訳わかんないって顔してるな。俺だよ俺。児童養護施設の施設長の息子、和也(かずや)だよ。覚えてるだろ?」
和也!?あの和也か!?うわぁ、懐かしい!俺の唯一の友達。高校卒業までは、いつも一緒だった。いろいろバカやったなぁ。だけど就職してからはお互い忙しくて、そのうちに引っ越しとかで連絡先がわからなくなってしまったんだ。
言われて見れば、顔にも面影がある。
「久しいな。だがその名で呼ぶのはやめてもらおうか。わしには銀杏と言う名前があるのじゃ。お主もこの世界では、銀牙、そう呼ばれておるのじゃろう」
俺がそう言うと、和也......銀牙はプッと吹き出し、腹を抱えて笑いだした。
「あははは! なんだよその喋り方! まるっきりババァじゃん! ウケるー!」
やっぱりそう思うよね......。俺だって恥ずかしいんだよ?全くもう。でも、こう言うやりとり、久しぶりだ。なんか嬉しい。でも状況が状況だけに、素直には喜べない。
「そんなに笑うでない。それより早く、要件を話すのじゃ」
俺は村の守り神。そして銀牙は物ノ怪の大将。残念ながら敵同士だ。
「はははは! あー、腹痛い。ん? あ、ネタじゃ無くてマジな感じ? ごめんごめん。俺、実はさ、お前に会いに来たんだ」
あっけに取られる狸と累火を尻目に、銀牙はすぐそばまでやって来て、俺を見下ろした。
「ふむふむ。いやーやっぱ可愛いな。前から可愛い顔してたけど、女になったらさらに可愛い。ずっとおまえに会えなくてさ、本当に辛かった。でもこうやってまた再会出来て、嬉しいよ」
「バ、馬鹿者。今はそんな冗談を言っておる場合ではないのじゃ」
高校の時は「来人が女だったら、絶対彼女にするのになぁ」とか言われてたけど......。面と向かって可愛いとか言われると恥ずかしすぎる。
ああもう。銀牙が変な事を言ったせいで、鼓動が速くなっちゃったよ。
「今は村の者が心配なのじゃ。わしはこの村の守り神。お主が予定よりも早く物ノ怪どもを寄越したせいで、わしの大事な村人たちが食われてしまったかも知れぬ。そう考えたくはないがな」
絶望しかかっていた俺の心には、今一筋の光明が差していた。銀牙があの、俺の親友である和也なら。もしかしたら村人を配下に食わせるような事は、していないかもしれない。
「ああ、俺の上司、厄神の紅蓮様に聞いてたよ。この村に守り神が現れたってな。ちなみに俺は勘が鋭くてね。きっとおまえが守り神だろうって、そう思ってたんだ」
銀牙はそう言って、ニカッと笑った。
「だから人間たちは食ってないぜ。一箇所にまとめて閉じ込めてるんだ。鍋にして食ってたのは、畑から収穫した野菜とか、その辺の獣だ。物ノ怪どもは人間食いたがってたんだけど、どうにか説得した。なのにこいつ、勝手な事しやがって」
銀牙は狸を、ジロリと睨む。「ひぃぃっ! すいません!」と、奴は身を縮こまらせた。
そっか。良かった......みんなまだ無事なんだ......。安心したら、涙出てきた。
「不安にさせちゃってごめんな。紅蓮様の命令には逆らえない。だから渋々来たんだけどさ。明るいうちに来たのは、おまえと交渉したかったからなんだ」
交渉か。銀牙はどうやらこちらを助けたいみたいだ。よし、話を聞こうじゃないか。
「わしは、何をすれば良い?」
俺は銀牙の交渉とやらに、乗る事にした。
「俺は、この村から手を引く理由が欲しいんだ。だから来人......じゃなくて銀杏、俺の手下の物ノ怪と、一対一で戦ってくれないか。その戦いでおまえが勝ったら、『参りました』と言って俺たちは退散するよ。紅蓮様には、うまくごまかしてやる。それでどうかな」
なにぃー!?一対一、だと!? 俺はただのか弱い狐娘だぞ! どうしろっつーんだよ!
でも他に選択肢はなさそうだ。確かにそれなら、紅蓮とやらも納得するかも知れない。
「いいじゃろう。その勝負、受けて立つ」
俺が了承すると、銀牙は神妙な顔で顎に手を当てた。思案を巡らせているようだ。
「こっちの代表は、そうだな......土羅座衛門(ドラザエモン)、おまえやれ」
「え、あ、はい。わかりました」
ええ!?この狸、ドラザエモンっていうの!?
つか、こいつが相手!?勝てる気がしねぇぇぇぇ!
どうしよ、どうしよー!!!!
「大丈夫ですよ、銀杏様。私、一生懸命応援します」
いつのまにか側にやって来ていた累火が、優しく微笑んだ。
そうか、累火の祈祷によるバフ効果があれば!身体能力を劇的に向上出来る!
一対一の戦い。だけど応援くらい、構わんだろう!
「そうか、頼むぞ、累火」
「はい! 任せてください! お兄ちゃんたちが生きてるって聞いて、私、元気百倍なんです!」
元気良くガッツポーズを取る累火。ああ、こんな彼女がいたらなぁ。よし、希望の光が見えてきたぞ!それにきっと、銀牙は俺が勝てるように仕向けてくれる筈だ!多分!
俺はドラザエモンをキッと睨みつけた。
「わしは負ける気はないぞ、狸!」
「ああ、そりゃこっちもだ。俺、ドラザエモン。よろしくな」
俺の睨みを平然と受け止め、自己紹介を始めるドラザエモン。
「むむ! わしは銀杏!こちらこそよろしくなのじゃ!」
俺も全力で挨拶を返す。挨拶はコミュニケーションの基本だからな!でも手加減する気はないぞ!まぁ八百長試合だけどね!多分......。
「おうおう。まだ二匹も残ってやがったかぁ。全部で五十匹以上か。グハハハ、こりゃ当分食い物にはこまらねぇぜ。銀牙(ぎんが)様の言う通り、明るいうちに来たのが正解だったって訳だ」
狸はそう言って累火に腕を伸ばす。
「累火、逃げるのじゃ!」
俺は叫んだ。だが累火は涙をボロボロこぼして俺を振り返った。
「銀杏さまぁ......怖いですぅ......」
くっ、ダメか。累火は動けないままだ。なら俺が戦うしかない!
「おい! 貴様! その汚い手で累火に触るな! わしが相手じゃぁぁ!」
俺は全力でダッシュした。だが気持ちとは裏腹に、俺の足音はテテテッという軽いものだった。
「てりゃっ!」
狸の目前に到達した俺は、奴の顔面に向かってパンチを繰り出した......つもりだったが、全然届かない。俺は背が小さく、奴は二メートル近くある。
「ていっ! ていっ!」
俺はピョコピョコと何度もジャンプしてパンチを繰り出したが、奴には全くかすりもしない。奴は鼻の頭をポリポリと掻きながら、俺を面白そうに眺めた。
「んー? なんだおまえ、人間じゃねぇな。狐の物ノ怪か? ってことぁ仲間じゃねぇか。なんで邪魔をする?」
着物の襟を掴まれ、持ち上げられる俺。
「わ、わしはこの村の守り神じゃ! この村の者を守る義務がある! 離せ! 息が臭いぞよ!」
狸の口臭は生臭く、俺は吐き気をもよおした。
「んー? この匂い、嫌いかぁ? 物ノ怪で嫌いな奴がいるとはな。おまえも人間、食うんだろ?ああ、この娘っ子、おまえのメシだったのか? 邪魔して悪かったなぁ。グハハハ!」
大口を開けて笑う狸。
「わしは貴様等とは違う! 人間を守る者じゃ!」
俺が怒鳴ると、狸は笑うのをやめ、牙を剥き出しにして俺を威嚇した。
「ならおまえも食ってやる。これから餌場に持ってって、鍋にしてやる。おら娘っ子、おまえも来い」
「離せぇぇ!」
「いやぁぁああああ!」
俺たちは狸の物ノ怪の肩に担ぎ上げられ、家の外へと出た。
「たすけてぇぇ! だれかぁああ!」
「かみさまぁぁ!」
叫び、逃げ惑う村人たち。外は阿鼻叫喚の地獄絵図のようだった。無数の物ノ怪たちが「人間狩り」をしていた。ある者は肩に人間を担ぎ、ある者は子供たちを追い回している。
予定よりも早くやって来た物ノ怪たち。銀牙という者がそれを指示したと、狸は言っていた。
一体そいつは何者なんだ?いや、もうそんな事はどうでもいい。今確かな事は......。俺も累火もこれから食われちまうって事だ。
亜水も、葉月も、日凛も......。そして木蓮も。きっとみんな、もう......。
俺は使命を果たせなかった。紅葉ちゃんの期待には、答えられなかったんだ。
何が、守り神だ。チート持ちでもなんでもない、ただの狐娘だ。俺は慢心してたんだ。村人たちを覚醒させて、それだけで勝てると勘違いしてた。
「さぁ、着いたぜ。俺が手塩にかけて料理してやるから、大人しく待ってろ」
狸が餌場と呼んでいた広場では、焚き木が焚かれ、すでに宴会が始まっていた。様々な姿をした物ノ怪たちが、大鍋を囲んで談笑していた。一つ目の者、猫のような姿をした者、無数の腕を持った者......。みんな夢中になって鍋を食っていた。
「おいテメェら! 追加だ! 今から料理してやるけど、何かリクエストあるかぁ?」
おおお!と歓声が上がる。
「俺、唐揚げがいいな」
「おっ、いいなぁ唐揚げ。それで行こうや」
満場一致で、俺たちは唐揚げになる事が決まった。
「だ、そうだ。良かったなぁおまえら。唐揚げは俺の得意料理だ。美味しくなれよぉ! グハハハ!」
そう言って再び俺たちを担ぎ上げる狸。近くにある家に入ると、包丁を研ぎ始めた。
「今日は相当料理したからなぁ。切れ味戻さねぇとなぁ!グハハハ」
俺は生前にも感じたことのない、言い知れぬ絶望感を味わっていた。
もう、助かる道はないのか......。いや、待て。
狸は今、俺たちに背を向けている。奴の気がそれているうちに、戸口からこっそり逃げれば......。
「累火、今のうちに逃げるぞ。わしについてくるのじゃ」
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「銀杏様......お兄ちゃんも、みんなも......もう食べられちゃったんでしょうか......。私、もう、いいです。生きていたくありません......」
肩を震わせ、涙を流す累火。それを見て、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
やがて包丁を研ぎ終わった狸が、笑いながら俺たちに近づいて来た。
「さーて。準備は出来た。覚悟はいいか?」
そう言って累火の腕をむんずと掴み、引きずっていく狸。
「......」
累火は叫び声一つあげず、声を殺して泣いていた。
もはやこれまでか......俺がそう思った時、家の引き戸がガラッと勢い良く開いた。
「銀色の髪をした狐娘がここにいると聞いたが、いるか!?」
それは男だった。俺と同じく、銀色の髪をしている。耳と尻尾は獣のようだが、狐ではない。どちらかと言うと、狼のようだと感じた。
「銀牙様! いつこちらにいらしたので!?」
「うっせぇ! んなこたぁどうでもいいんだよ! とっとと質問に答えろ!」
「あ、はい! います、います! あそこに!」
狸は慌てて俺を指差す。どうやらこの銀牙という男、物ノ怪にかなり恐れられているようだ。
「おー、いたいた。随分と可愛らしい姿になったなぁ、来人(らいと)。まぁ、顔は変わってないけどな」
え?こいつ今、なんて言った?いや、あり得ない。さすがに聞き違いだろ......。
「ははは、訳わかんないって顔してるな。俺だよ俺。児童養護施設の施設長の息子、和也(かずや)だよ。覚えてるだろ?」
和也!?あの和也か!?うわぁ、懐かしい!俺の唯一の友達。高校卒業までは、いつも一緒だった。いろいろバカやったなぁ。だけど就職してからはお互い忙しくて、そのうちに引っ越しとかで連絡先がわからなくなってしまったんだ。
言われて見れば、顔にも面影がある。
「久しいな。だがその名で呼ぶのはやめてもらおうか。わしには銀杏と言う名前があるのじゃ。お主もこの世界では、銀牙、そう呼ばれておるのじゃろう」
俺がそう言うと、和也......銀牙はプッと吹き出し、腹を抱えて笑いだした。
「あははは! なんだよその喋り方! まるっきりババァじゃん! ウケるー!」
やっぱりそう思うよね......。俺だって恥ずかしいんだよ?全くもう。でも、こう言うやりとり、久しぶりだ。なんか嬉しい。でも状況が状況だけに、素直には喜べない。
「そんなに笑うでない。それより早く、要件を話すのじゃ」
俺は村の守り神。そして銀牙は物ノ怪の大将。残念ながら敵同士だ。
「はははは! あー、腹痛い。ん? あ、ネタじゃ無くてマジな感じ? ごめんごめん。俺、実はさ、お前に会いに来たんだ」
あっけに取られる狸と累火を尻目に、銀牙はすぐそばまでやって来て、俺を見下ろした。
「ふむふむ。いやーやっぱ可愛いな。前から可愛い顔してたけど、女になったらさらに可愛い。ずっとおまえに会えなくてさ、本当に辛かった。でもこうやってまた再会出来て、嬉しいよ」
「バ、馬鹿者。今はそんな冗談を言っておる場合ではないのじゃ」
高校の時は「来人が女だったら、絶対彼女にするのになぁ」とか言われてたけど......。面と向かって可愛いとか言われると恥ずかしすぎる。
ああもう。銀牙が変な事を言ったせいで、鼓動が速くなっちゃったよ。
「今は村の者が心配なのじゃ。わしはこの村の守り神。お主が予定よりも早く物ノ怪どもを寄越したせいで、わしの大事な村人たちが食われてしまったかも知れぬ。そう考えたくはないがな」
絶望しかかっていた俺の心には、今一筋の光明が差していた。銀牙があの、俺の親友である和也なら。もしかしたら村人を配下に食わせるような事は、していないかもしれない。
「ああ、俺の上司、厄神の紅蓮様に聞いてたよ。この村に守り神が現れたってな。ちなみに俺は勘が鋭くてね。きっとおまえが守り神だろうって、そう思ってたんだ」
銀牙はそう言って、ニカッと笑った。
「だから人間たちは食ってないぜ。一箇所にまとめて閉じ込めてるんだ。鍋にして食ってたのは、畑から収穫した野菜とか、その辺の獣だ。物ノ怪どもは人間食いたがってたんだけど、どうにか説得した。なのにこいつ、勝手な事しやがって」
銀牙は狸を、ジロリと睨む。「ひぃぃっ! すいません!」と、奴は身を縮こまらせた。
そっか。良かった......みんなまだ無事なんだ......。安心したら、涙出てきた。
「不安にさせちゃってごめんな。紅蓮様の命令には逆らえない。だから渋々来たんだけどさ。明るいうちに来たのは、おまえと交渉したかったからなんだ」
交渉か。銀牙はどうやらこちらを助けたいみたいだ。よし、話を聞こうじゃないか。
「わしは、何をすれば良い?」
俺は銀牙の交渉とやらに、乗る事にした。
「俺は、この村から手を引く理由が欲しいんだ。だから来人......じゃなくて銀杏、俺の手下の物ノ怪と、一対一で戦ってくれないか。その戦いでおまえが勝ったら、『参りました』と言って俺たちは退散するよ。紅蓮様には、うまくごまかしてやる。それでどうかな」
なにぃー!?一対一、だと!? 俺はただのか弱い狐娘だぞ! どうしろっつーんだよ!
でも他に選択肢はなさそうだ。確かにそれなら、紅蓮とやらも納得するかも知れない。
「いいじゃろう。その勝負、受けて立つ」
俺が了承すると、銀牙は神妙な顔で顎に手を当てた。思案を巡らせているようだ。
「こっちの代表は、そうだな......土羅座衛門(ドラザエモン)、おまえやれ」
「え、あ、はい。わかりました」
ええ!?この狸、ドラザエモンっていうの!?
つか、こいつが相手!?勝てる気がしねぇぇぇぇ!
どうしよ、どうしよー!!!!
「大丈夫ですよ、銀杏様。私、一生懸命応援します」
いつのまにか側にやって来ていた累火が、優しく微笑んだ。
そうか、累火の祈祷によるバフ効果があれば!身体能力を劇的に向上出来る!
一対一の戦い。だけど応援くらい、構わんだろう!
「そうか、頼むぞ、累火」
「はい! 任せてください! お兄ちゃんたちが生きてるって聞いて、私、元気百倍なんです!」
元気良くガッツポーズを取る累火。ああ、こんな彼女がいたらなぁ。よし、希望の光が見えてきたぞ!それにきっと、銀牙は俺が勝てるように仕向けてくれる筈だ!多分!
俺はドラザエモンをキッと睨みつけた。
「わしは負ける気はないぞ、狸!」
「ああ、そりゃこっちもだ。俺、ドラザエモン。よろしくな」
俺の睨みを平然と受け止め、自己紹介を始めるドラザエモン。
「むむ! わしは銀杏!こちらこそよろしくなのじゃ!」
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