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第3話 ひとときの幸せ。
しおりを挟む「では、お願いしますね銀杏様。日凛、ちょっと出かけてくるから待っててね」
「あー、あー」
日凛は元気に声をあげる。見た目の年齢の割に、まるで幼児のようだ。何か障害があって、心の成長が遅れているのかも知れない。
葉月さんが家を出た後、俺はとりあえず囲炉裏のそばで日凛と肩を並べて座った。何を話せばいいのかわからない。
うーん、どうしよう。こいつが喜んでくれそうな事......。あ、そうだ。俺は葉月さんがやっていたように、日凛の頭を撫でた。彼はニコニコと笑って、同じように俺の頭を撫でてくれた。とても優しい撫で方だった。
「ふぐっ。うえええん」
俺は堪えきれず、泣いた。優しくされる事には慣れてないのだ。
俺はそれをきっかけに日凛とすっかり打ち解け、会話出来ないなりに色々な遊びをした。かくれんぼや鬼ごっこ、宝探しなどだ。
たった一人の親友を除き、生前はろくに友達もいなかった。なので、こういった子供の遊びにはあまり慣れていない。それもあって、俺は夢中になって日凛と遊んだ。時間はあっという間に過ぎていった。
「ただいま戻りました」
村長さんが葉月さんに手を引かれ、家の中に入ってきた。その背後に、二人の男女が見える。
「あら、銀杏様、日凛と遊んでいただいていたのですね。ありがとうございます」
葉月さんが俺と日凛が手を向かい合って繋いでいるのを見て、嬉しそうな声色でそう言った。
「ま、まぁのう。童(わらし)と遊ぶのは、わしも嫌いではないのじゃ。それより、村人は全員集まったのかの?」
家に入ってきたのは村長と葉月さんを入れて、四人。村というには随分村民が少ないように思える。まぁ狭い家だから、外に待機しているのかも知れないけど。
「この村は全部で五十人ほどの小さな村なのですが、実はほとんどのものが病気や怪我で床に伏しているのでございます。後は小さな子供ばかり。動ける大人は私も含め、この場にいる四人だけでございます」
村長は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、良いのじゃ。それならそれで、手立てはある。少数精鋭で行くだけのこと。わしには人や物の潜在能力を覚醒させる神通力があっての。お主らの中で素質があるものは、力を目覚めさせてやろう」
おお、と大人たちは感嘆の声を上げる。日凛はと言えば、ニコニコと俺や大人達を見つめている。
「まぁ、まだどんな力が誰に宿っているのかは分からぬが、その力を使って物ノ怪を退けようと思っている。さて、皆、部屋の中央に集まるが良い」
大人たちは俺の言葉に黙って従う。
「ふむ、一応お主も見ておくか。日凛、お主もそこに集まるのじゃ」
「う?」
日凛は不思議そうな顔をしながらも、大人たちに近寄って行き、村長と葉月さんに抱きつく。
「よし、そのまま動くでないぞ。ゆくぞ......看破!」
俺は目にギンッと意識を集中する。こうする事で、視界に入っている人や物の潜在能力を見極める事が出来る。
「これは......何という事じゃ」
俺は素直に驚いた。何と、日凛も含め、この場にいる五人全員が、潜在能力を秘めていたのだ。
「お主ら全員、戦力になりそうじゃぞ。順番に覚醒してやろう」
「それは真(まこと)でございますか、銀杏様」
村長が珍しく大きな声を出す。
「うむ。真じゃ」
俺が答えると、顔を見合わせる一同。
「俺たちもお役に立てるみたいだぞ、累火(るいか)」
村長が連れてきた一組の男女。その男の方が、女の方にそう話しかける。女は声を発さず、コクリと頷く。二人とも嬉しそうだ。
「この二人は双子の兄妹で、兄は木蓮(もくれん)、妹は累火(るいか)と言います。木蓮は足が不自由で、松葉杖無しでは歩けません。累火は耳が聞こえず、その為喋る事が出来ません」
村長が二人を紹介してくれた。なるほど。俺は何となく、この村の状況を理解してきた。
「この村の者は、皆何らかの病気や怪我、障害を持っていると、そう言う訳じゃな」
俺がそう言うと、村長は辛そうに眉間に皺を寄せた。
「そうです。銀杏様もご存知の通り、都では未曾有の大飢饉が起きています。帝(みかど)は食いぶちを減らす為、体が不自由な者、障害のある者、病気の者、それらを即座に追放処分としました。この村以外にも、都から追放された者の村はいくつもあります。私たちは常に死と隣り合わせの状況で、なんとか今まで生き延びて来たのです」
村長は涙を流し、葉月さんと日凛を抱き寄せる。
「私たちに血の繋がりは有りません。ですが、本当の家族以上に、お互いを愛しく思っているのです」
体を震わせる村長を、いたわるように支える葉月さん。日凛も村長の頭を優しく撫でている。木蓮と累火も、お互いを抱きしめあっていた。
「物ノ怪に、大切な家族や仲間を食わせる訳にはいきません。銀杏様、何卒よろしくお願いします」
深々と頭を下げる村長。俺は彼の額に人差し指を当てる。
「村長、時にお主、名はなんと申すのじゃ」
「はい、亜水(あすい)と申します」
「うむ、良い名じゃな」
「今は亡き、母が付けてくれました」
亜水の目から、再び涙が流れる。
「そうか......」
俺は亜水の秘められた力を起こすべく、指先に意識を集中する。
「では目覚めよ! 亜水! その力で、物ノ怪を討て!」
閃光が走る。亜水の体が光輝き、その体に若さが蘇っていく。
「あなた、目が......!」
葉月さんが声を上げる。亜水の両目は開かれていた。そしてゆっくりと辺りを見回し、俺に目を止め礼をする。そして最愛の家族をじっと見つめ、優しく抱きしめた。
「ああ......葉月。日凛。私の家族。もっと良く顔を見せておくれ」
日凛は屈託のない笑顔を浮かべている。頭を撫で、微笑み返す亜水。だけど葉月さんは、面を取るのをためらっているようだった。
「私の顔は、すごく醜いわ。前の主人に散々いじめられたの。あなたに見せるのが、怖い」
葉月さんは震える声でそう言った。
「構うものか。君の心の美しさを、私は知っている。君の顔を、醜いだなんて思う筈がない」
亜水のその言葉を聞いて、葉月さんは心を決めたようだった。ゆっくりと面を取る。
「ほら、やっぱり思った通りだ。君は、美しい」
亜水はそう言って、面を取った葉月さんの顔を撫でた。彼女の顔は、火傷で醜く焼けただれていた。彼女の目から、涙が溢れ落ちる。
「あなた......」
抱きしめ合う三人。
俺はその様子を、静かに見つめていた。これから起こる戦いの前に、この家族に少しでも安息を与えてやりたいと、そう思ったのだった。
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