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奴隷から聖女へ。

第19話 奴隷商人の元締め。

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 回復した奴隷商人ビザールの案内により、ようやく本拠地にたどり着いた私達。ちなみに、他の奴隷商人達は近くの村で牢に入れてもらった。

 奴隷商人の本拠地は、岩山の麓にある、巨大な洞窟の中だった。入り口の岩戸は合言葉によって開き、その内部は豪華絢爛な宮殿のようだった。

 入ってすぐのエントランスのような場所に、おそらく元締めであろう髭面の男が待ち受けていた。

「ようこそ。我らが洞窟宮殿へ。私はここの主、ナハティムと申します。長旅でお疲れでしょう。さぁ、こちらへどうぞ」

 私と女体化変身したネリス、そしてルーフェンの三人はナハティムの案内に従って、宮殿の奥へと進む。騎士ホーキンスと奴隷商人ビザール、そして御者アムレアと看護士のシーラは馬車へ残してきた。アムレアとシーラは戦闘技術を持っていないし、ホーキンスは彼女達の護衛と、ビザールに対する見張りとして必要だ。

 ちなみにルーフェンは戦えると自負しており、腕に自信があるようだったので同行してもらった。

「ふーむ。これは随分と金がかかってるね。立派な宮殿だ」

 ルーフェンは周囲を見回しながら、独り言のようにそう言った。ナハティムは気を良くしたように振り返り、笑って見せた。

「ええ、有名な建築家に大金を積んで建造させました。私の夢の結晶ですよ」

 歩きながら様々な場所を指し示し、その価値について説明を始めるナハティム。それを見てルーフェンは肩をすくめる。奴隷を売った薄汚い金で建築した。ルーフェンの言葉にはそういう含みがあったのだろうが、嫌味が通じず、困惑しているようだ。

 ナハティムは、私達の事をどこまで知っているのだろうか。ビザールの話では、奴隷商人達の体には、その状態と居場所を知らせる精霊機構が埋め込まれているという事だったが......。

 彼に取っては、私達は怪しすぎる来訪者の筈だ。入り口の合言葉を知っているし、普通はこんな場所に訪れる者などいる筈はない。それにも関わらず、なんの質疑応答もなく私達を接待すると言う事は、まず間違いなく私達の素性や行い、目的に気付いている。

 しばらく歩くと、大広間のような場所に出た。中央に長テーブルと見事な装飾が施された椅子、豪華な調度品や絵画に彩られたダイニングルームだ。部屋の両脇にはエプロンドレスを着た女性達がずらりと並び、待機している。

 私達がテーブルに近づくと、女性達が椅子を下げて手を指し示し「どうぞ、おかけください」と微笑んだ。

 言われた通りに腰掛ける。テーブルの上には、所狭しと豪華な料理が並べられていた。やはりナハティムは私達の来訪を知っていたのだ。

「ふふっ、美味しそうでしょう。これはあなた達の為に、料理人が腕によりをかけて作った一級品。味は保証致しますよ。さぁ、どうぞ好きなだけお召し上がりください」

 長テーブルの反対側、私達三人と向かい合わせに座ったナハティム。両手を広げ、満面の笑みで私達に食事を促した。

 朝から色々な事があってあっという間に時間が過ぎた。今はもう夜。私は時計を持っていないが、おそらく夜七時くらいだろうと考える。夕食には丁度良い時間だ。正直私のお腹はペコペコだったが、相手の思惑にハマるのは避けたかった。

「残念だけど私達、今は食欲がないの。どうやらこちらの目的にも気付いているようだし、単刀直入に話をしましょう」

 私は感情のこもらない声でそう言った。ナハティムは面白そうに口元を歪める。

「そうですか。では本題に入りましょう。私達と......」

 ナハティムがそう言いかけた所で、ぐきゅるるーっと腹の虫が聞こえる。ルーフェンの方からだ。

「面目ない。私は普段、一日五食食べているものでね。今日はまだ三食しか食べていないんだ」

「では遠慮なさらずにどうぞ。美味しいですよ」

 名残惜しそうに料理を見つめるルーフェンに、ナハティムが食事を促す。

「では、お言葉に甘えて」

「ダメよ、ルーフェン」

 私はルーフェンを制し、彼女の目を見つめた。

「わかりましたよ、女王様」

 ルーフェンは観念したように肩をすくめる。空腹なのは私だって同じだ。だがここは、少しでも相手に有利な状況を作ってはいけない。

「続けて、ナハティム」

「ふふっ、いいでしょう。こちらの提案はこうです。私達と手を組みませんか? あなた達の目的は、奴隷商の根絶。その根幹にあるのは、奴隷を集める事をやめて欲しいという願いですよね。リーファス国民に手を出すなと。だが私達だって簡単にこの商売を鞍替えは出来ない。そんな事をしたら、私達の背後に控える【あのお方】の怒りに触れる。つまり私達の命は無い。ですが私達とあなた達が手を組めば、問題は全て解決です」

 要領を得ないナハティムの話に、私は眉をひそめた。

「どう言う意味?」

 苛立ちを隠さずに問い返す。するとナハティムは微笑みながら両手を広げる。

「今後は国民を搾取する必要は無いのです。あのお方の作った精霊機構の装置、【高速培養槽】に赤子を入れれば、ほんの数日で成人まで成長する。必要なのは母体。母親となる人間です。今回の奴隷買取が破格の条件で行われたのも、より良い母体を求めての事。だがそれも、あなた達に阻まれた。奴隷商人の数も減った。だから協力を要請したいのです」

「まさか......!」

 私はナハティムのドス黒い思惑を察し、吐き気を催した。

「ええ、そうです。あなた達には母体になって頂きます。外に待機していた二人のお嬢さん達も、既に捕らえてあります」

 ナハティムがそう言って指を鳴らすと、傍に控えていたメイド達が私達の体を押さえ付ける。物凄い力だ。抵抗出来ない訳では無いが、彼女達を傷付けたくはないので大人しくする。ネリスとルーフェンもきっと同じ事を考えているのだろう。二人共無抵抗だった。

「さて、これに見覚えがありますかな。元下級奴隷のアリエッタと、ネリス」

 ナハティムは側に立つメイドから、隷属の首輪を受け取り、掲げて見せた。

「何故、その事を知っている......!」

 私はメイドに頭をテーブルに押し付けられながらも、歯軋りしつつそれを見上げる。

「私は何でも知っています。正確には、あのお方が教えてくださるのですがね。さぁ、観念して母体になりなさい。たっぷり可愛がってあげましょう。元気な赤ちゃんを産んでくださいね」

 ナハティムは下品な笑い声を上げながら、いやらしい笑顔を浮かべて私達の近くへ歩いてくる。やはり彼女(メイド)達を蹴散らすしかないか。多少の怪我はするだろうが、後でルーフェンに治療してもらえばいい。

「おっと、抵抗はしないで頂きたい。私はいつでも、奴隷達の命を絶つことが出来る精霊機構のスイッチを持っています。体内に埋め込まれた装置が、スイッチを押す事で命を断ちます。あなた達を押さえつけている可哀想なその娘達にも、当然仕込んでありますよ。さぁ、大人しくこの首輪をつけて下さい」

 なんて事だ......! この場を逃れる為には、奴隷全員の命を犠牲にする必要があるというのか......! 卑劣な......! まさにゲスの極み!

 私が思考を巡らせていると、突然ルーフェンが高笑いした。

「あーっはっはっ! これで私達を封じたつもりなんだね。案外大した事ないなぁ。どんな策略を巡らせて来るかと期待していたのに。料理にも睡眠薬が入っているのは見え見えさ。まぁ、私には効かないけどね」

「なっ、なんだと......!」

 顔を赤く染め、こめかみに血管を浮かび上がらせるナハティム。

「アリエッタもネリスも、安心していい。そして私を仲間にした事を、誇りに思うがいいさ!」

 ルーフェンがそう叫ぶと、メイド達が次々に倒れていく。

「これは一体......!」

 呆気に取られるナハティム。手元にはスイッチらしき機械を持っている。だが今は動揺して、それを押す、という事まで意識が回っていないようだ。

「ルーフェン、説明して」

 私は立ち上がってネリスの手を引き、ルーフェンを見つめた。

「彼女達なら無事さ。怪我一つない。眠っているだけ。さぁ、お仕置きの時間だ」

 ルーフェンは微笑を浮かべると、まだ動揺しているナハティムの前に立った。




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