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魔王から奴隷へ。

第2話 絶望と希望。

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「シエ、ラ......!」

 シエラが、死んだ。コロサレタ。

「はっ、はぁっ、うっ、くっ......!」

 怒り、悲しみ、喪失感。様々な感情がごちゃ混ぜになって私の中を渦巻く。

「あああー!」

 それらの感情が爆発し、私の頭の中は、真っ白になった。何も考えられない。あるのはただ、殺意だけ。

 私は深呼吸し、無感情にガルフェインを見つめた。魔術を使ってはいけないなら、拳を使うまで。

 私は拳を構え、一瞬でガルフェインとの間合いを詰めた。彼は素早く剣を振り下ろしてきたが、構わずそれを左拳で折り砕く。そして彼の顔面を、右拳で打ち抜いた。

「ぐっ......!」

 ガルフェインはキリ揉み回転しながら吹っ飛び、壁に激突。落下して動かなくなった。如何に「魔勇者」が強かろうと、私の前には無力。一撃で即死だ。

 私の右拳が、血に染まっていた。だが私の心は静かだった。次は元老院の三人。

「ひぃぃっ!」

「お許し下さい!」

「我々はファリアンヌ様に命令され仕方なく!」

 逃げる元老院達の前に回り込み、一瞬で全員の顔面を拳で打ち抜く。糸の切れた人形のように、クシャクシャとその場合に崩れ落ちる三人の老人。声もなく絶命した彼らの死体を踏み越え、震えているファリアンヌに歩み寄る。

「いや、いや、いやあああ! 魔術なしでそんなに強いなんて、聞いてないわ! 誰も教えてくれなかった! 許してお姉さま! 私達、たった二人の姉妹でしょう!? 心の繋がった双子でしょう!?」

 ファリアンヌは泣きながら命乞いする。だが私の心には何も届かない。

 私はグッと左拳を腰に構えた。

「ふんっ! 無視って訳! だったら死んで! バラギウス......」

 魔術の呪文を唱えるファリアンヌ。私は素早く彼女の懐に入る。

「アスモダ、イッ!」

 呪文詠唱中の顎を、左拳で打ち上げる。彼女の体は水車のようにギュンギュン縦回転しながら上昇していき、天井にぶち当たって床に落下した。当然即死である。

 少しして、ハッと我に返る。

「......あれ? 私、何をしてたんだっけ」

 私は血に濡れた両手を見つめた。

「あっ、そうだ。シエラが来てたんだ」

 キョロキョロとシエラを探す。そして倒れているシエラを見つけ、声をかける。

   


「起きて、シエラ。これからお茶会を開くから、また話を聞かせてよ」

 私はシエラのもとへ歩き、そっとその体を抱き上げた。おびただしい流血。話しかけても、彼女が目覚める事は無い。わかっている筈なのに、認めたくなかった。


 シエラの体から、どんどん温もりが消えていく。

「シエラ......起きてシエラ。ねぇ、お願い。死んじゃ嫌だよ......」

 優しかった彼女の言葉が、脳裏に蘇る。

(私と友達に? そんな、いいんですか? 嬉しいです、エッダ様! はい、私も、エッダ様の事が大好きです!)

(犬って可愛いですよね。子供の頃、飼ってたんです。エッダ様、犬を見た事がないんですか? ええっとですね、こんな感じで小さくて。モフモフで、ワンッて吠えてすっごく可愛いんですよ。え? もう、エッダ様ったら! そんな事言われたら、照れちゃいますよ)

(私、元々は奴隷じゃなかったんですけど、奴隷商人に売られてしまって。弟と一緒に。二人で一万レンくらいでした。両親は喜んでましたけど、安すぎですよね。あ、ちなみに弟の名前は、ネリスと言います)

(私、いつか弟に会いに行くんです。このお城で頂いたお給金を貯めて、それからお休みをいただいて。弟と美味しい物を食べに行きたいなぁって。私には、それくらいしか出来ないから。それが今の、夢なんです)

「シエラ......」

 泣き崩れる私の肩に、誰かがそっと手を置く。

「そんなに泣かないで、エッダお姉さま。私まで悲しくなっちゃう」

「アンヌ! 貴様まだ生きて......!」

 私は振り向きざまに拳を振るう。だが今度は予測していたのか、ギリギリのところでファリアンヌはそれをかわす。

「あはは、あぶなーい。暴力も禁止よ。逆らっちゃ、だぁめ♡」

「ふざけるな、ああっ! ぐっ、ぐあああ!」

 拳を握り締めた瞬間。目の奥が光り、全身を爆発するような電撃が襲う。隷従の首輪の戒めだ。忘れていた......! ファリアンヌの今の一言で、拳での攻撃も使えなくなってしまったのだ。

「まるで獣ね。ガル、こいつさっさとオークラルドに転送して」

「ああ、わかってるさ」

 なっ......! ガルフェインも生きている、だと!? 確かにこの手で......! いや、待てよ。ガルフェインの能力か! 「闇の女神」テネブラエ様から授かった「女神の加護」。ガルフェインの「加護」は「物質転送」と「実体幻影」だ。実体幻影はその名の如く、実体のある幻を作れる。さっき私が倒したのは、おそらく偽物だ。「物質転送」との併用で、素早く本物と入れ替わったのだ。案の定、殺した筈の元老院の三人も姿を現した。

「おのれ......貴様等、今度こそ、殺してやる......」

 私はそう呻いたが、攻撃の意思に反応した「隷従の首輪」の激痛により、意識が徐々に遠のいていった。遠のく意識の中で、同時に理解もした。ならばシエラも生きている。ガルフェインは私の味方だ、と。
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