ロリっ子Jkは平穏を愛す

赤オニ

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幼き日の約束 0-1

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 体が宙を舞う。雲ひとつない空が、いつもより近く感じた。アスファルトの地面に打ち付けられて、全身が鈍く痛む。


 ボヤけた視界に映る景色に、自分の体からおびただしい量の血が流れ出ていくのが見えた。周囲が騒がしい。
 悲鳴や怒号が飛び交っていて、逃げ惑う人もいれば駆け寄ってくる人もいた。屈んで、声を張り上げ薄れ行く意識を引き戻そうとする声が、どんどん遠のいていく。


 へたり込んで動けずにいるたった一人の幼なじみの無事を確認した。一瞬視線がカチ合って、震えた声で名前を呟くのが聞こえ、口元に笑みを浮かべる。良かった、その思いを胸に、重い瞼を下ろす。


 わたしはーー死んだ。


*


*


*


 彼には、秘密がある。
 それも、とっても大きな秘密。本人はわたしにはバレたくない様子だから、気付かないふりをしている。わたしにとって彼は、たった一人の大切な幼なじみなことに、変わりはない。


 どんな秘密を抱えていても、彼は彼だから。
 わたしがわたしであるように、彼がどんな秘密を持っていたとしても、彼という人間をわたしは好いたのだから、それを理由に離れる意味がわからなかった。


 彼が、秘密を明かしたくない理由も、ぶっちゃけよくわからなかった。でも、言いたくなさそうだから、わたしも言わなかった。


 何なら、わたしにも秘密がある。人には言えない秘密のひとつやふたつ、誰しもが持っているものだと考える。


 視界の端に映る何かを見ながら、そう思った。
 物心ついた時から、何かは視界の端にいた。人の形をしていたり、動物のようだったり、よくわからない形をしていたり、毎日がくるくる目が回るように忙しかったから誰にも言うことなく過ごしてきたけど、どうやら他の人には何かは見えないことだけは知っていた。


 だから、口に出さなかった。何も見えないように振る舞い、視界の端に映るだけでとくに害もなかったし、放っておいた。


 小学校の入学式、彼はとっても目立っていた。


 一人、ポツンと立っている彼のおめかしした服はよれて、砂埃がついて汚れている。
 すぐそばにはギャン泣きしている男の子がいて、同じように服はよれよれで砂埃がついていた。


 男の子の母親らしき女の人が駆け寄る。そして、口をへの字に曲げている彼に向かって、なぜか真っ青な顔でペコペコ頭を下げて泣きじゃくる男の子を引きずるように連れて行く。


 眉間に皺を寄せて、明らかに不機嫌なオーラを放っている彼に近付く人は誰もいなくて、仕事のチェックのために携帯を弄っている夢中になっているお母さんから離れ彼の元へ駆け寄った。


 引っかかれたのか、頬が赤くなっているのが見えて、下げていたポシェットから猫の絵が可愛らしい絆創膏を1枚取り出し彼に笑顔で手渡す。
 驚いたように目を丸くした彼は、ひったくるようにわたしから絆創膏を受け取った。


 だけど、すぐに唇を尖らせながら、俯いてごにょごにょ何か言うのが聞こえた。
 彼とわたしを遠巻きにしている周囲の大人が、顔をしかめている。目が合うと、サッと逸らされた。


 目を逸らした大人は、自分の子供に何か囁いているのが見えた。変なの。不思議に思っていると、風の音で消え入りそうなほど小さな声で、彼が呟く。


「おれのそば、いると……友だち、はなれて行く、から……。一人ぼっち、なる。ばんそーこ、あり、がと……」


 最後の方は、尻すぼみして殆ど聞き取れなかったけれど、お礼を言われたことは伝わったので、笑顔で「どーいたしまして!」と返した。


 ビクッと肩を跳ねさせて、また驚いたように目を丸くさせる。
 まん丸の目は黒くて、綺麗だと思った。瞳の奥に、驚きと嬉しさと、寂しそうな……複雑な感情が揺れている。わたしは、絆創膏を受け取った彼の手をぎゅっと握った。引っ込めかけた手を強く握って、笑いかける。


「ねぇ、わたしとお友だちになって!」
「……だ、だめ」
「けってーい! わたしとお友だちになったから、今からあなたはもう一人ぼっちじゃないよ! わたしははなれたりしないからね、約束!」
「え……あ、の。話、聞いてる……?」
「目指せ! お友だちひゃっくにーん!」


 無理やり握手して、繋いだ手をぶんぶん縦に振って、かなり強引に友達になった。


 当時のわたしは、頭の中にお花畑が広がっていたのだと思う。本気で友達100人作ると考えていた。確か、そういう感じの歌があって、友達をが100人もいたらさぞかし楽しかろうと思った上での行動だった気がする。


 彼は困り果てた様子だったけれど、握った手を離そうとは、決してしなかった。むしろ、小さな力で、握り返してくれた。それがたまらなく嬉しかった。


 自己紹介を済ませ、目車爽弥と名乗った彼をそーちゃんと元気よく呼んだ時は流石にマジトーンで「やめて」と言われた。しかしめげずに呼び続けたら、諦めたのか呆れたのか、受け入れて(?)くれた。


 入学式に一人目の友達が出来るなんて、これはもう卒業する頃には全生徒と友達になっているのではないかとワクワクしたのをよく覚えている。


 とにもかくにも、入学式にまず一人目の友達とゲットだぜ! したわたしは意気込んで二日目から早速クラスメイトに元気よく話しかけた。


 最初こそ、わたしの勢いに驚いていたが、よろしく、控えめに手を差し出され嬉しくて握り返した。男子だろうと女子だろうと気にせずガンガン話しかけ、興味のある話には食いつき、一人で本を読んでいた子には若干控えめなテンションで話しかけた。


 わたし、友達100人作るの! そう話すと、大抵の子は笑って流してくれた。中には意地悪を言ってくる子もいたような気もするけれど、我が道を突き進んでいたわたしの頭には入ってこなかった。


 入学式以来、一向に話しかけてこない彼が気になって、教室の隅っこで体を縮めるようにしている彼にも当たり前のように声をかけた。


 わたしに声をかけられる度、彼はそろそろ周りを見て、小さな声で短い言葉を返してくれた。


 1年生は、順風満帆だった。友達も沢山いたし、授業中も元気よく手を挙げていた。先生達からは元気がよすぎる、と苦笑いされたほど。中には、彼にも普通に話しかけるわたしを見て、どこか安堵した顔をする先生もいた。


 2年生になった。クラスが変わっても、1年の時と同じクラスだった子はチラホラいて、わたしに話しかけてくれた。


 2年生でも友達を沢山作るぞー! と張り切ったものだ。毎朝元気よく挨拶をするわたしに、クラスメイトは苦笑いをする子が殆どだった。


 皆は、わたしみたいに教室に響き渡るような声で挨拶しないなぁ、と疑問に思って問いかけると「六花ちゃんが元気よすぎるだけ」と返された。よくわからなかったけど、もう少しテンションを下げた方がいいらしいというのは何となく伝わった。


「おはよ! そーちゃん」
「……六花、おはよ」


 名前を呼ぶ時は必ず目を見てくれるそーちゃんだけど、すぐに逸らされる。


 話しかけない方がいい、友達が離れていく。入学式の日、確かそんなようなことをごにょごにょ言っていたような気がする。


 考えてみたら、わたし以外の子が彼に声をかける姿を見たことがない。その時はわからなかったけれど、子供とは時に残酷な生き物だ。


 わたしは、人生初のいやがらせを受けた。3年に上がってから、半年が経った頃の事だった。
 切っ掛けは、一人の男子が転校してきたこと。その男子に被さるような黒いモヤ。ぼんやりとしか見えなかった何かは、悪意を持ってわたしに降りかかる。
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