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06話「上司命令は絶対です!」
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告白から数日。
光一は湊の言葉が頭から離れなかった。
『……あなたが好きです。昔から、ずっと』
あのときの湊の真剣な瞳が、何度も浮かんでは消える。そのたびに胸がざわつき、落ち着かない。
「特別な存在、か……」
何気なくつぶやいた自分の声に驚き、光一は慌てて頭を振った。だが、浮かぶのは湊の姿ばかりだった。
――逃げるのは違う。あいつの気持ちに向き合うべきだろうな。
光一は意を決し、湊を呼び出すことにした。
仕事終わり、オフィスの外で待っていた湊に光一は歩み寄った。
「部長、少し話がある。あの日の答えを出したいんだが……時間、いいか?」
「っ、もちろんです」
湊の表情は普段通り落ち着いているが、その声には微かな緊張が滲んでいる。光一は静かに息を整え、正面から湊を見つめた。
「瀬尾の気持ちは本気だってわかった。でも正直、今の俺はすぐに答えが出せない」
「……そう、ですよね……」
「けど、あの日からずっと考えてた。瀬尾のことをどう思ってるのか……俺の中で、ちゃんと整理しなきゃいけないって」
湊が小さく息を呑む。その仕草を見て、光一は言葉を続けた。
「瀬尾が望む答えなのか、わからないが……俺も特別だと思ってる」
「えっ。本当、ですか……?」
湊の声が震えた。それを聞き、光一は自然と微笑んだ。
「ああ。だが、俺のペースに付き合えよ。それが条件だ」
「はい……もちろんです。夏井さんの気持ちが僕に向くように、ちゃんと合わせます。あと……」
湊が柔らかく微笑む。その姿を見て光一は湊の手を軽く握った。
しばらく沈黙が続いた後、湊が少し照れたように口を開いた。
「――上司として、一つだけ『命令』を出してもいいですか?」
「命令? まあ、聞くだけは聞いてやるよ」
「これからもずっと、僕のそばにいてください。それが、上司命令です」
光一はその控えめな言葉に一瞬目を見開いた。だが、すぐに苦笑を浮かべる。
「……命令なら仕方ないな。今の俺は瀬尾部長の部下だし」
「ありがとうございます」
湊の瞳が少し潤んでいることに気づいた光一は、何も言わずにその肩を軽く叩いた。
☆ ☆ ☆
翌日、職場ではいつも通りの業務が始まる。と、同時に二人の間にはどこか温かい空気が漂っていた。
「夏井さん、この資料の件ですが、確認をお願いします」
「はい、了解しました」
「ふふっ。期待、してますね」
そのやり取りを見ていた松本が茶化すように笑う。
「部長、やっぱり夏井さんには特別ですよね」
「……はい、そうかもしれませんね」
光一が冗談交じりに返すと、湊は少し微笑みながら静かに視線を落とした。
光一は湊の言葉が頭から離れなかった。
『……あなたが好きです。昔から、ずっと』
あのときの湊の真剣な瞳が、何度も浮かんでは消える。そのたびに胸がざわつき、落ち着かない。
「特別な存在、か……」
何気なくつぶやいた自分の声に驚き、光一は慌てて頭を振った。だが、浮かぶのは湊の姿ばかりだった。
――逃げるのは違う。あいつの気持ちに向き合うべきだろうな。
光一は意を決し、湊を呼び出すことにした。
仕事終わり、オフィスの外で待っていた湊に光一は歩み寄った。
「部長、少し話がある。あの日の答えを出したいんだが……時間、いいか?」
「っ、もちろんです」
湊の表情は普段通り落ち着いているが、その声には微かな緊張が滲んでいる。光一は静かに息を整え、正面から湊を見つめた。
「瀬尾の気持ちは本気だってわかった。でも正直、今の俺はすぐに答えが出せない」
「……そう、ですよね……」
「けど、あの日からずっと考えてた。瀬尾のことをどう思ってるのか……俺の中で、ちゃんと整理しなきゃいけないって」
湊が小さく息を呑む。その仕草を見て、光一は言葉を続けた。
「瀬尾が望む答えなのか、わからないが……俺も特別だと思ってる」
「えっ。本当、ですか……?」
湊の声が震えた。それを聞き、光一は自然と微笑んだ。
「ああ。だが、俺のペースに付き合えよ。それが条件だ」
「はい……もちろんです。夏井さんの気持ちが僕に向くように、ちゃんと合わせます。あと……」
湊が柔らかく微笑む。その姿を見て光一は湊の手を軽く握った。
しばらく沈黙が続いた後、湊が少し照れたように口を開いた。
「――上司として、一つだけ『命令』を出してもいいですか?」
「命令? まあ、聞くだけは聞いてやるよ」
「これからもずっと、僕のそばにいてください。それが、上司命令です」
光一はその控えめな言葉に一瞬目を見開いた。だが、すぐに苦笑を浮かべる。
「……命令なら仕方ないな。今の俺は瀬尾部長の部下だし」
「ありがとうございます」
湊の瞳が少し潤んでいることに気づいた光一は、何も言わずにその肩を軽く叩いた。
☆ ☆ ☆
翌日、職場ではいつも通りの業務が始まる。と、同時に二人の間にはどこか温かい空気が漂っていた。
「夏井さん、この資料の件ですが、確認をお願いします」
「はい、了解しました」
「ふふっ。期待、してますね」
そのやり取りを見ていた松本が茶化すように笑う。
「部長、やっぱり夏井さんには特別ですよね」
「……はい、そうかもしれませんね」
光一が冗談交じりに返すと、湊は少し微笑みながら静かに視線を落とした。
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