金色の恋と愛とが降ってくる

１６５．抱きしめたい

「いまだにオメガは貧困層が多いから、そういう社会構造になっている、だからその人の魔が差したのは、仕方ないと……。俺は不幸じゃない、俺は家族にも恵まれて、食べるのにも困らなくて……」

　八月一日宮が続けた言葉をあゆたも知っていた。あゆたもそうだったから。こんなものは不幸ではない。自分は衣食住に困ることなく、勉強もできている。だから頭から降り注がれる悪意や侮蔑なんて取るに足らないと我慢してきた。

　しかしそれは間違いだったと今は気付いている。

　自分を守るための虚勢だったとしても、しかしそれは健康的なやり方ではなかった。

　受け流して許すことと、耐えることは全く違うことだ。

「納得しなくていいよ。傷ついている自分をなかったことにするなよ、お前言ってただろ、俺に怒れって言ってただろ。事情はあったかもしれないけど、それでお前が傷つけられていいはずがないんだよ」

　誰かに傷つけられた人間は、誰かを傷つけるようになる。
　
　手ひどく蜂須賀を振った八月一日宮。怒鳴ったわけでも、暴力をふるったわけでもない。しかし言う必要のない蔑みを言葉に載せた。蜂須賀への、あれは嫌悪を飛び越えた憎悪に近かった。

　八月一日宮も、傷ついたのだろう。
　
　痛みをこらえるように、あゆたを見ていた双眸。
　
　誰かに痛めつけられて、そうして蜂須賀を……オメガを傷つけてやりたかったのだろう。
　
　優しい八月一日宮がそう思うほど追い詰められていた。あゆたはできることなら、子供だった傷つけられた八月一日宮を慰めたかった。

「お前は弱くないよ。悪くないよ」

「……あゆたさん、あゆたさん」

　溺れた人が投げ込まれた浮き輪に縋りつくように八月一日宮はあゆたを抱き込んだ。