金色の恋と愛とが降ってくる

１２５．誰もお前を顧みない

「お前なんて碌な死に方をしないに決まっているのだから、促進剤を乱用しても平気だろう」

　あゆたは目の色を遠くした。

　反抗心をぽきりと折って、さらに打ちのめすようなやり方をする。信善は執拗にあゆたの自尊心をすり潰す。

　昔からそうだからいちいち傷つきはしない。ただ諦めだけが層を厚くする。
　
　スーツの袖口に銀色に鈍く光る腕時計が目に入った。

　大旦那様のお気に入りの時計を譲り受け、信善はそれを大事にしている。いつも身に着けているし、自ら手入れも怠らない。使用人にも絶対触らせない気の使いようだった。

　自分は人間であるが、あの腕時計ほどの価値もないのだ。

　信善の目の間に立たされると、いつも自分が惨めになる。

　必死で紡いできた糸を造作もなく断ち切られたように、あゆたは張りつめていた何かがふっつりと途絶えるのを感じた。

　涙なんて出なかった。
　
　母の笑顔や祖母の優しい掌を思い出し、凍えそうな心を慰めてきた。自分で自分を鼓舞して必死でやってきた。
　
　――もう、いいだろうか。
　
　誰ともなく、そう問いかけたくなる。

『お前も死ねばよかったのに』

　生きる気概を失って、いっそ楽になりたかった。

（そのほうが、みなが喜ぶのか）

　目の前がどんどん暗くなっていく。狭い道へと追い立てられ、広いはずの箱の中が密閉されて息苦しい。空気が薄くなったような気がしてきた。吐き出される呪詛の言葉が積み上がる。

　何のために生まれたのか。

　突きつめれば、あゆたにはわからなかった。　

　きりきりときつく締め上げた箍を、緩めた瞬間にすべては瓦解する。

　そして、それを惜しむ人間なんていないのだ。

　誰も、あゆたを顧みない。

　あゆたは、たったひとりだった。