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105.怖いだなんて

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 この拒絶が、オメガへの……否、自分への嫌悪なのだと認めたくなかった。

 二人の間の静けさに遠くの人の声が夢のように遠かった。沈黙がいくばくか過ぎて行き、ようやく肩から力が抜ける。

 廊下の窓ガラスを透かす秋の日差しを受けながら、そっと八月一日宮は俯いた。きらきらと光を弾く前髪が八月一日宮の表情を隠してしまう。

「すいません、大きな声を出して」

 ぼそぼそと押し出された低い声に、さらに今から自分にぶつけられる言葉があるかもしれないと怯んで、あゆたはぎゅっと目をつぶった。

「あゆたさん、俺は」

 何か言いかけた八月一日宮へかぶせるようにあゆたは声を上げた。

 耳の奥に残る、オメガが嫌いだという声の色。

 人づてに聞いて知っていたとしても、その余りの生々しさにあゆたは臆した。

 これ以上は耐えられない。今まで優しかった八月一日宮を、これ以上呆れさせるような、そんな状況には耐えられない。

「い、いや、俺の方こそ……ごめん!」

 あゆたは唇を噛むと逃げ出した。

「――あゆたさん!」

 自分を呼ぶ声は耳の端をこすって後ろへ流されていく。振り切るようにあゆたは走り続けた。

 階段を足を踏み外しそうになりながら駆け降りる。

 途中、誰かに見咎められて廊下は走るなと叱責が飛んだがすぐに聞こえなくなった。
 
 一階に辿り着く頃には息が切れていた。

 校舎裏へ続くピロティを通る。光と影は交互に先を照らした。

 追ってくる足音がないことに気が緩んで、のろのろとあゆたの足は動きを遅くしていった。
 
 ピロティを抜けると眩しい日差しに顔をしかめ、あゆたは裏庭へと足を進める。

 行く場所なんてわからない。行く場所なんてない。

 教室では蜂須賀が泣いているだろう。蜂須賀には仲のよいクラスメイトが多いから、きっと誰かが慰めてくれるはずだ。
 
 関係ないことを考えないと、心臓が爆発してしまいそうだった。
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