金色の恋と愛とが降ってくる

１８．新しい生活

　
　あゆたの想像通り大旦那様は粋なお大尽で、長唄のお師匠をする前の、祖母の御贔屓さんだったらしい。あゆたの行く末を心配して、病づいた祖母が十五六年ぶりに連絡を寄こしてきたのだという。未成年のあゆたの後見を買って出てくれたのだ。それが十四の頃だ。

　梅渓に引き取られて、あゆたの人生は変わった。

　みだりに母屋に行かない。必要最低限の用は使用人に言伝る。他にも色々と母屋の人々と約束して、あゆたは離れに案内された。

　白い漆喰の塀に囲まれた、大きな庭園の隅にある、木立に紛れたような小さな一軒家。それが大旦那様の隠居所だった。
　
　面識のない老紳士に引き取られただけでも肩身が狭いのに、しかも母屋の人々――大旦那様の長男であるご当主や使用人たち、出入りする縁戚など――はあゆたのことを快く思っておらず、不快な表情を取り繕うこともなかった。

　庶民の育ちのあゆたは終始居心地が悪かった。慣れない大きな屋敷。家族以外の人間に傅かれる梅渓のひとびと。大旦那様以外のひとに尤もっともなことのように疎まれているのは、子供だとはいえすぐに悟った。あゆたは身を縮み込ませ、自分の存在を薄められて誰にも気づかれなければいいのに……と馬鹿なことを考えたものだった。
　
　大旦那様がいない所ではあゆたは始終びくびくしていたし、ことあるごとに泣いていた。しかし泣けばなくほど状況は悪くなった。

『不満があるのか、恩知らずめ。べそべそとすぐに泣く。泣けば許されると思ってるんだ』
『いるだけで、空気が悪くなる。本当に陰気臭い』
『恨みがましく、そんな顔して。ちょっとは愛想よくしても罰は当たらないだろうに』
『おかしくもないのににやにやして、こびへつらってるんだわ、気持ち悪い』

　使用人や梅渓の親族に浴びせられた言葉は、もうほとんど思い出せない。だが大体雑言というものはえてして似ているものだ。正面から、時には後ろから投げかけられた言葉たちに、あゆたは体を縮みあがらせて指摘されたところを直そうとした。

『よかれと思って忠告してやったのにしゃあしゃあとして、ちっとも堪えない。悪いと思っていないんだよ』

　何か悪いことをやっただろうか……と反省をしたかったが、心当たりがない。何をどうしてもうまくいかなかった。

　ここに引き取られた当初は、あゆたも必死でうまくやろうとしたのだ。軋轢を作らぬよう、無用な悪意を買わぬよう、子どもの浅知恵だったが努力した。しかし彼らは、あゆたが泣いていようが笑っていようが気に喰わないのだった。気に喰わないから、一挙手一投足に不満がある。

　やがて何をしても、あゆたは彼らを満足させることはないのだと学んで、あゆたは極力表情を変えないようにした。反応しないようにすると、それはそれで反感を買ったが、あゆたにはできることはないから諦めた。