上 下
16 / 202

15.遠くから来た貴公子

しおりを挟む
 信夫はあゆたを支えてない方の手で内ポケットを探ると合鍵を出した。

 信夫は梅渓の敷地内にあるどの扉の鍵も所有している。次期後継者であり、亡き大旦那様お気に入りの孫だった信夫は当代当主である梅渓信善のぶたると同等の力を有している。その信夫があゆたに肩入れしているので、あゆたは冷遇はされているが虐待はされていない。
 
 大旦那様の死後、この隠居所を追い出されないのは、大旦那様が遺言で法的にあゆたを庇護してくれたから。そして同時に、信夫があゆたに好意的だということも大きかった。

 大旦那様の長男であり、梅渓家当主である梅渓信善。その養子である信夫は、子供のいない現当主の正当な跡取りだ。

 信夫の母親は信善の長姉だ。熱烈な恋愛をして梅渓の家を駆け落ちするようにヨーロッパへ飛び出した。つまり大旦那様の長女になる。

 アルファの男女の婚姻による出生率は著しく低い。信善夫妻はアルファ同士だった。子供のなかった信善夫妻が離婚した後、再婚の予定のなかった信善から是非にと乞われて信夫が梅渓家の跡継ぎとして迎えられたそうだ。
 
 物心ついた頃に梅渓の屋敷へ引き取られた信夫は、大旦那様にかわいがられて育った。信夫が梅渓本家において例外的にあゆたへ悪感情を持っていないのも、大旦那様の影響が大きかった。

「何かの偶然でたがが外れないとも限りません。アルファとオメガなのですから、ちょっとした拍子に本能的なことに抗えない事態もありえます」

 信夫は鍵を開けた。からからと軽やかに硝子戸は開く。留守にしていた家の空気がふわりと吹き抜ける。この瞬間、いつもあゆたは大旦那様を思い出す。抹香の匂いに似たこの空気に、懐かしさがこみ上げて、今にも廊下の奥からあゆたを呼ぶ大旦那様の声が聞こえるのではないかなどと錯覚する。

「八月一日宮くんはアルファです」
「……わかってる」

 信夫は抱えるようにして、上り框にあゆたを座らせる。動きの端緒で痛みが走るのに顔をしかめるのを見咎みとがめ、信夫はその場にひざまずいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

僕にとっての運命と番

COCOmi
BL
従兄弟α×従兄弟が好きなΩ←運命の番α Ωであるまことは、小さい頃から慕っているαの従兄弟の清次郎がいる。 親戚の集まりに参加した時、まことは清次郎に行方不明の運命の番がいることを知る。清次郎の行方不明の運命の番は見つからないまま、ある日まことは自分の運命の番を見つけてしまう。しかし、それと同時に初恋の人である清次郎との結婚話="番"をもちかけられて…。 ☆※マークはR18描写が入るものです。 ☆運命の番とくっつかない設定がでてきます。 ☆突発的に書いているため、誤字が多いことや加筆修正で更新通知がいく場合があります。

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

【完結】あなたの妻(Ω)辞めます!

MEIKO
BL
本編完結しています。Ωの涼はある日、政略結婚の相手のα夫の直哉の浮気現場を目撃してしまう。形だけの夫婦だったけれど自分だけは愛していた┉。夫の裏切りに傷付き、そして別れを決意する。あなたの妻(Ω)辞めます!  すれ違い夫婦&オメガバース恋愛。 ※少々独自のオメガバース設定あります (R18対象話には*マーク付けますのでお気を付け下さい。)

貴方の事を心から愛していました。ありがとう。

天海みつき
BL
 穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。  ――混じり込んだ××と共に。  オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。  追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

処理中です...