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12.甘え上手にお願いされた方が嬉しい
しおりを挟む「兎に角、助かったよ」
「鶯原先輩、あの、中まで運びます」
「いや、大丈夫だよ。ここからすぐだから」
あゆたの寝起きする離れは、この裏木戸の傍だ。ゆっくり歩けばいけない距離ではなかった。
八月一日宮は心配そうに何か言いかけた口をきゅっと閉じた。
「今日は、本当にすいませんでした」
「あれは事故だった。八月一日宮が気にすることじゃない」
カゴから渡された鞄を胸の前で抱く。そんなはずはないのに、さっきまで嗅いでいた八月一日宮の香りが鞄に移って、あゆたの腕に抱かれているような気がしていた。
「明日からはどうするんですか」
保健室の先生は治るまで一週間ぐらいだろうと言っていた。今夜は熱が出るかもしれないとも。明日は休むかもしれないが、明後日からは……、タクシーでも呼ぶしかないだろう。あゆたは心の中で嘆息する。
思案するあゆたに意を決したように八月一日宮が告げた。
「あの、鶯原先輩、足治るまで、送り迎えさせてください」
あゆたはびっくりしてぽかんとしたが、慌てて首を振った。
「え、いや、いいよ。大丈夫、なんとかなる。一週間ぐらいのことだ」
「いや、俺の責任だから。やらせてください」
八月一日宮の双眸に一歩も引かないというような強い光があった。
「いや、それは悪い。八月一日宮の家、こっちじゃないだろ。登校する途中にってわけじゃない」
「そうですけど……」
思案するように眉を寄せたが、八月一日宮はすぐにぱっと顔色を明るくした。
「あ、じゃあ、送り迎えすることで、お詫びにしたいので、俺の罪悪感を軽くする為に、させてください。後腐れがないように」
少し意地の悪い言い方だった。あゆたが気兼ねしないですむように、偽悪的な物言いをしているのだ。ここであゆたが固辞しても、八月一日宮の気もすまないのだろう。
「ね、鶯原先輩。いいですよね? そうしましょう。ね?」
機嫌を窺うような、眉を下げる表情であゆたを見下ろしてくる。少し甘えたような頼み方に、八月一日宮はこうすると誰でも言うことを飲んできてくれたのだろうという過去が透けて見えた。八月一日宮は末っ子なのかもしれない。甘え上手の弟気質で、懇願されればいうことを聞いてやりたくなるような気にさせるのがうまい。
「……そういうことなら、……お願いしようかな」
苦笑しながらあゆたは折れた。正直、助かるので否やはないのだ。タクシー代も馬鹿にならない。必要な出費だが、自分の為だと思うと無駄遣いに感じられた。祖母の遺産と庭師のアルバイト代。あゆたが自由にできる金銭は限られている。
「はい! じゃあ、明日からよろしく」
八月一日宮は大きな口の端をきゅっと引き上げて笑った。秀麗な面が輝くように華やいだ。
(わ、笑顔、すごい……)
あゆたは思わず目をぱちぱちさせた。
眩しいような、きらきらした笑顔だった。
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