こずえと梢

気奇一星

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12.梢になったこずえ(3)

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 「こずえ、元気出し。たまには、そういうこともあるよ。」

 OG── old girlの略。つまり『大阪 龍斬院りゅうざんいん』を引退した先輩──に気合いが入っていないことを注意されて落ち込んでいることころを、仲間のスズがなぐさめてくれた。

 しかし、今日初めて会った人の慰めなど、こずえの心には届かなかった。

 そもそも、梢と入れ替わってしまったので、気合いが入っている、入っていない、の基準を知らない。でも、例え基準を知っていても、ビビってしまって何も出来ない自分を容易に想像できてしまった。

 しばらくして、こずえはやっと気持ちが落ち着いたので、抱えた膝で涙をキレイに拭き取ってから顔を上げた。しかし、そこには誰一人としていなかった。

 (愛想を尽かされてしもたんかな? もしそうやったら、梢に合わせる顔がない。ああ、どうしよ! とんでもないことをしてもうた。)

 こずえは、頭をフル回転させながら、何かいい方法はないかと考えた。

 そうこうしていると、突然頭の上に何かが、ポンッと、乗っかった感触がした。

 「きゃっ!!」

 思わず声が出てしまうくらい、驚いてしまった。

 「おいおい、そんなにビックリせんでもええやんけ。」と、太くて低い声が聞こえた。

 目の前にいたのは、見たことの無い若い男だった。

 「大丈夫か。そんなにまぶたを腫らして。」

 こずえは、急いで目をこすり、赤くなった鼻をすすった。相手が見ているのは梢なのだとわかっていたが、どうしても、みにくい姿をさらしているのは、自分のように思えて、くやしかっし、恥ずかしかった。

 「お前のレディース仲間が、俺のところに来て、梢が落ち込んでるから慰めてやってくれ、って教えてくれたから飛んできたんやで。」

 「・・・・・・うん。ありがとう。」

 「もう泣くなよ!」と言って、頭の上に、ポンッ、と手を置いてくれた。これはさっきも味わった感触。だが、さっきとは明らかに違うところがあった。それはまるで、全身を包み込まれているかのような、温かさがそこにはあった。

 こずえにとって、それは、快感のように思えた。この男に愛されているかのような気さえした。しかし、ずっとこの温かさにひたっているわけにはいかない。二人に対して、罪悪感ざいあくかんがあるせいだ。

 こずえは、この男が誰なのか、やっとわかった。梢の惚気話のろけばなしによく登場した、ボーイフレンド──彼氏──のヒロシだ。

 「もう夜中やし、帰ろか。」

 そう言われたので、こずえはヒロシの車の後部座席こうぶざせきに乗った。

 梢の家の前に着くまで、二人は一度も言葉をかわさなかった。

 「今日、来てくれてありがとう。おかげで元気でたわ。」

 こずえは、車の後部座席から降りて、お礼を言った。

 ヒロシは、運転席のドアウインドを全開にして、梢に語りかけた。
 
 「俺はさぁ、強くて、元気で、負けず嫌いで、涙なんか流さないで、バッチりメイクをキメて、パーマも似合ってて、一重ひとえまぶたの鋭い目つき、助手席で、土足のままあぐらを組みながらマッポ──警察──の悪口を言ったりするような、梢って名前の女が好きなんだ。ってお前に言っても、しゃーない[しかたがない]な。じゃあな。」

 ヒロシはそのまま去っていった。

 こずえは、梢の惚気話でヒロシのことを知っていたからか、どこか親近感のようなものを抱いていた。

 だから、ヒロシの言ったことを聞き、こずえは、突き放されたような気がした。まるで、お前は誰だ、梢の体から早く出ていけ、と言われたようで、凄く哀しかった。



 

 

 
 

 
 

 

 

 
 
 
 
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