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辺境伯令息は平民に恋をする

作戦実行中

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その日のうちに作戦は決行された。
ドナを魔導騎士コースの訓練場へ連れて行ったのだ。

しかし…。

「おい、何でこんなところにお前がいるんだ。被虐嗜好でもあるのか。」
(訳:こんなところにいては怪我をしてしまうから早く帰った方がいい。)

「あの、アルヴィアとアリス様がここで魔導騎士コースの方に回復薬を配っているって聞いて…。僕もお手伝いになればいいなと。」

「なんだ、そういうことか。なら早く渡せ。…ふん、効能は悪くないな。平民にしては。」
(訳:ありがとう。大切に飲む。…これはいい薬だな、流石ドナだ。)

「えっと、明日も持ってきていいですか?」

「俺たちを実験台にするつもりか?まあ、いい。明日もこのくらいの時間に来い。いいな?」
(訳:日々研究してて偉いな。でも、あまり遅くにならないよう、気をつけろ。な?)

「はい、わかりました!」

「…ふん。」
(訳:かわいい…。)


もちろん、(訳)の部分など周りには聞こえはしない。友人たちはドナに「こんなに冷たくされてるのに、健気だなあ…。」と思っていた。
1人を除いては。



「ふ…ふふふ…。」
亜莉透の含んだ笑いが聞こえる。
あ、これは何か厄介なことが起こっていそうだと、クライヴは彼女の笑い声を聞いて思った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「アドリーヌ!!聞いて聞いて!今日学校で『辺境伯令息は平民に恋をする』の作品と同じ人たちを見つけたの!」
「え!?あのヘタレ攻め×健気ちゃん受けの切なかわいいお話の!?」
2人は紅茶片手にきゃあきゃあ話し合う。
そう、彼女たちは乙女ゲーム愛好家であり…腐女子でもあったのだ。

「どうやらこの世界、『星降る丘で』だけのお話じゃないみたいよ。」
「そうね。そのお二人、会ったことない(と思う)けれど、あの2人がいるってことはもしかしたらもっとたくさんのキャラクター達がいるかもしれないわね!」
アドリーヌと亜莉透は喜びに打ち震えた。
そう、この世界、魔法は使えるから一見楽しそうだが『娯楽』要素がないのだ。1つの作品を楽しむのもいいけど、たまには味変したい。ニヤニヤとカップルたちを見守りたい。アルヴィアとクライヴのような…。
早速2人は特別席で今進展中のカップルを眺めることに決め込んだ。
幸せの結末にたどり着くことを祈りながら…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の日のことだった。
何故か聖女様亜莉透だけでなく、公爵令嬢アドリーヌまでが訓練場へとやってきた。
アドリーヌは亜莉透のお手伝いに来たそうだ。
急に女神がもう一人現れ、訓練場は男たちの大歓声が沸き上がった。
レオンの巨大な殺気に気づくまでは。




「あの。」
ドナがジュールに質問をする。
「アドリーヌ様とジュール先輩は同学年ですよね?やっぱりお見かけしたとき、綺麗だなって思うんですか?」
質問したドナの手は微かにふるえていた。

その姿に胸が痛み、ジュールは自然とドナの手を握る。両手で包み込むように。

「俺は綺麗より可愛いほうが好きだ。…お前は可愛い方だと思うぞ。」
そして、ジュールはドナの額に口づけた。

ドナは目をパチパチと瞬かせた後、顔を真っ赤に染める。
その逆、真っ青になったのはジュールだ。

しまった。あまりにもかわいそうで、つい本音と行動を…!
ドナはジュールのことを忘れたくらいに傷ついていたのに、これでは元の木阿弥じゃないか…!

しかし、ドナは額を撫で、本当に嬉しそうに笑うものだから、ジュールは何が正解なのか分からなくなってしまった。


「「ふっ…ふふふっ」」

「さあ、悩め!悩むのよ!若人よ!あなたの輝かしい未来はその悩みの先にあるの!!」
「ああ、それにしても甘い…!スコーンが進みますわ!」

その場面を目撃したアルヴィアも、(なんだ、そういうことだったのか。)と思い、ドナの恋を応援する体制に入った。

しかし、こういうことは他人が割り込んでしまうと大概がろくなことにならない。
その場にいた全員、初々しい彼らがうまくいくように願った。



しかし、人の口に戸は立てられぬと言おうか、次の日には生徒たちの間で『ジュールはドナを嫌っている』から『ジュールはドナが可愛くていじめてしまっている』と言う話に切り替わった。

知らぬは本人たちばかりなり。

今日も今日とて、ドナに嫌味を言っていたのだが、周りの視線が生温かった。



そんな時のことであった。
事件が起きたのは―――。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ドナはジュールや学園のみんなと共に、孤児院へ慰問に行った。
その時、美味しいパンを作ろうと、小麦粉を空間圧縮袋バッグへ入れて持ってきたのだが、孤児の子の1人が1袋だけ溢してしまい、少しだけ足らなくなってしまった。買いに行こうとしたところで、ジュールに呼び止められ、一緒に買いに行くこととなった。

「この辺りは治安が悪い。お前のようなトロそうな奴、すぐにスリに遭いそうだからな。」
(訳:すごく心配だから、一緒についていく。)

そう言って、手を繋がれた。

繋いだ手が熱い。顔が沸騰しそうだ。
しばらく歩いていくと、市場が見えた。
小麦粉を予備も含めて3袋買った。空間圧縮袋バッグに入れて、来た道を引き返す。

「おい、こっちだ。」

手を引かれる。
付いてきてもらってよかった。自分一人だったら確実に迷子になっている。

光の中から、日のあたらない影へと入る。少し見えづらいが、繋いだ手は、確実に進んでいった。
そして目の慣れたころ…―――
見慣れた道に出て、孤児院まであと少しのところでいきなり3人組の男性に声をかけられた。

「よう、辺境伯令息様と君。」


目の前が、クラリと揺れ、体がガタガタと震えた。
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