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2 博士は次元の壁に挑むようです

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「ねね、思い出した。斉藤さんにはさ、今度お礼いっといてね」

 話の途中で妹がつぶやく。朝食は先に食べてしまったのだろうが、いちごミルクだけを自分用に作ったらしく、幸せそうな表情で私の話を聞いている。

「えーっと、いちごの件かな?」
「そうね。すっぱいけどさ……これ、何か妙においしいのよ」

 言いながら妹はいちごミルクをかき混ぜ、赤くなった牛乳を一掬ひとすくい口へと運ぶ。美味しそうだ。

「うん、まあ会った時には言っとくよ」

 ふと、妹は首を傾げた。

「あれ、そういえばどっちにもらったんだっけ?」
「んー? 言わなかったっけ?」
「たしか……聞いてないわね」

 私は少し考える、そういえば妹はどれくらい斉藤さんを理解しているんだっけかな? そういった意味も含めた答えを返してみた。

「えっと……うん、そうだね、黒っぽい方だね?」
「どっちよ? 何が黒いの?」
「……ああー、そういう見方であれば、どっちも黒っぽいかな?」
「どういう見方? 意味が解んない」
「じゃあ、赤い方かな」
「だから、どっち!?」
「むう、発想が残念だなぁ」

 軽く言いつつも、私自身がよくわかってない特徴とくちょうを振りまきつつ、正解を教える。

「えっとさ、あのー、この前さ、ほら貝買ってきて颯爽さっそうと吹いてた方の斉藤さんだよ」
「ああ、有名じゃない方の斉藤さんね」
「そだよ。しかし……なんであんなもん買ったのかね?」
「知らない」

 本当に、どうでもよさそうに言った妹に、私はにやりと笑う。

「でもさぁ、あのほら貝て、ん~万円するらしいよ」
「えっ、マジでっ!?」

 妹は急いでスマホを取出し、検索を掛けだした。

「あっれー? ご飯スマホは禁止じゃなかったっけ?」
「あたしは終わってるわよ!」
「今食べてるのは?」
「朝のおやつでしょ?」
「さいですか……」

 まあ、うん、良いか……ここは大目に見よう。そう思って眺めていると、妹はスマホ画面を凝視ぎょうししている。

「うっわー、ええ!? うっわー!? こんなにすんの!? ええ!? こんなもん、誰が買うんだろう?」
「斉藤さんが買ってるじゃん」
「…………んー、何で買ったんだろ?」
「吹いて楽しいからでしょ?」

 妹は暫し考える仕草をした後、強く言った。

「納得いかない!」
「たぶん、斉藤さんからしたら、なんでゲーム機買うの? 納得いかない! って言われてるのと同じだよ?」
「楽しいんだし、ほっといてよ」
「つまり、それ」
「ああ……」

 妹が少しだけくやしそうに唇を尖らせた。

「まあ、お礼言っておくけどさ、もし先に会うことがあったら伝言頼める?」
「え……そんなん自分で言えばいいのに……なんて言えば良い?」
「人生楽しそうですね」
「お互い様じゃない?」
「さよけ? どっちかといえば、悩みと苦しみのが勝ってるよ」
「まるで見えないわ」

 むう、見せないように、忘れているだけなんだけどなぁ……。
 妹は気づかないのだろうかね? まあ、私は一度忘れたことは思い出さないから、仕方あるまいか。
 少しだけ不満顔をしていると、妹が先を促してくる。

「そんでさぁ、すっころんであちこち怪我けがして、いたたたた、それからどうなったのよ?」
「ああ、えっと茶色の猫さんが寄ってきてさ、足にもすりすりしてくれたんだよ!」
「……やっぱ、人生のーてんきでしょ?」
「ばれたか」

 まあ、まとまりがつかなくなってきたので、いちごミルクを一口いただくと、私は気を取り直して話を続けた。


**―――――
「それじゃねこさん、撫でさせてくれてありがとね」
「にゃあ」

 そんな感じで茶色の猫さんとはお別れし、あかふくさんを起こした。転んだあとの自転車は少しの違いが気になってしまう。

 あー、なんかかごゆがんでみえるなあ……まいったなぁ……。
 なんかギーコギーコという音、前はしていたかな?

 そんな違和感などを感じてみたり、ブレーキの効きを心配したりで、そろそろとあかふくさんを押した。
 体の痛みはジンジンとしみ込むような感覚があって、こちらもあまり動かしたくない。

「たしか……こっちだったよね?」

 電柱に3丁目とあり、博士の家がここから近いというのは確信している。一応、そう一応ですが保険としてスマホナビをつけてみた。すると、とにかく戻れと怒られてしまう。
 あいかわらず、ナビは私に厳しいねぇ……。

 その後、ナビの指導をしっかり受けた私は、博士のお家へと訪れることとなってしまった。
 普段どおりの変な構造だと思う。いつも思うことではあるがこの雰囲気に少し躊躇ちゅうちょしてしまい、周りを見渡す。
 どうやら今日は白カラスさんもお休みらしい。私はチャイムを鳴らした。

『はーい? どなたかの?』
「こんにちはー、すみません博士、急な訪問で申し訳ないですが……ちょっと、転んでしまって傷を洗わせてほしいのですが……」
『おお、ひみっちゃんかー? だいじょうぶかの? どうぞー』
「ありがとうございます」

 今日の博士は私を覚えてくれていたらしい。扉が開き、その家へ、科学の深淵を体現しているその場へと足を進める。

「おおっ!? ひどい状態じゃの!」

 奥から転がるように出てきた博士は、片手に小さなビンを持っていた。

「ちょっと、傷を洗わせてください」
「ああ、洗面所へ行くとええ。赤チンもあるぞ!」
「ありがとうございます」

 私はお言葉に甘えつつもつい、赤チンって……いつの時代? まあ消毒になるのか? と思いつつ、渡された瓶をもって、博士の案内に従う。

「こっちじゃ、タオルもあるから好きなように使ってええぞ」

 通された場所に入って、ついたたずむ。えっと洗面所って、こんなことになるんですね……というような場所だった。
 不潔というわけでもないし、物が散らかっているわけでもない。ただ、落ち着かない。
 洗面台が丸くって、水道の蛇口がなんかおかしい。持つところが深紅の球形であり、水のでるところも曲がって見える。
 これ、どうやって使うんだろう?
 警戒心のままに蛇口っぽい球体をつまんでみると、普通に水が出た。

「あ、ちゃんと出るんだ」

 普通に出ている水でおそるおそる傷を洗わせてもらって、『穴あきGパンどうするかなあ?』などと考える。まあいっか、タオルは普通にあるし、脱いでから洗う。

「いったぁ……しみる」

 擦り傷って痛みが強いから嫌だ。タオルに血が付いたら申し訳ないとは思いつつも、使わせてもらい、一応赤チンの瓶をながめる。

「もうほとんど残ってないなぁ……というか博士、ラベル剥がす人なんだね」

 私はあまり考えずにその赤い液体を傷にってから、Gパンを履き直した。その手当で赤チンは全部なくなってしまった。


**―――――
「え、塗っちゃったの!?」

 妹がいきなり声を上げた。

「……うん、そうだね」
「というか、赤チンって何さ?」
「昔の消毒液だったはず。赤いからそう呼ばれてたらしいよ」
賞味期限しょうみきげんとか大丈夫なの?」
「食べるもんじゃないからね」

 妹は少し嫌な顔をしたのちに、さらに畳み掛けてくる。

「じゃあさ、人の体に使っても良いものなの!?」
「……それでね」
「答えてよ……」

 スルーしようと思って話を続けようとしていたのだが、やはりそれは制止されてしまった。

「まあ、もう出回ってないってことは、あまり良くなかったみたいだね。」
「もう、なんで博士そんなもの渡すのよ!」
「まあ、効果があるからだと思う……うん」

 歯切れの悪い私の言い方に、妹はピンと来たらしい。

「何があったの?」
「だから……まあ、話を続けるよ。そしたら解るさ」

 神妙に言った私の調子をみて、妹は考えるような表情で言った。

「ええ、聞かせてもらうわね」
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