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1 博士は刻(とき)をみたようです

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「で、ほいほいもらってきて、家族もびっくり大・爆・発が起きたってことね」
「……はい」

 口が滑って全てを伝えてしまった私は、椅子の上だが正座の体勢に移行した。対する妹は冷たい視線を向けている。

「いくつか確認しなきゃだけど……」
「はい」
「アタッチメント、付けたの?」
「えーっと……」

 そんなん決まってるじゃないか!
 ちゃんと大切な物入れに保管して、目覚しは机に置いたのだ!
 これは正直に言うべきだろうか?

 ちらりと見た妹の威圧感はすさまじい。うさぎさんと同じくらい気の小さな私では、本音で話せない雰囲気をかもし出している!
 これが圧迫面接というやつかっ!?

「えーっと……」
「つけなかったのね」

 いかん、ばれてる。
 
「話を要約するわね」
「うん。でもさ、まだコーヒー残ってるよ」
「ありがとう」

 私に促され、妹は残ったコーヒーを一気に飲み干し、カップを力強く置いた。
 あのね、だんっ! とかいうテーブルやカップが可哀そうに見える置き方はね、つつしんだ方が良いと思うよ? 妹さん?

「つまり……博士が命がけで作った発明をあっさり壊すサイコパスさんは……」
「サイコパスじゃないやい!」

 ちらっとだけこちらを見る。その目はとても座っている。

「痛い目に合ってるってのに、欲に目がくらんで発明品を受け取った……」
「……いや、家計の足しにするためという、動機が入ってないよ?」

 私の言葉を受けて妹は、少し首をかしげた。ほかも修正したいが、今は言わぬが花である。

「それで、博士でさえしっかりと警告していた話は聞かず、あまつさえ家族を巻き込み、爆発どかーんってことね」
「流れはあってる。けど、根本的な部分が間違ってるよ?」

 ここで妹の追及を認めるわけにはいかない。
 なんとかごまかさなければ質問が尋問じんもんへと変わり、拷問ごうもんへと続いてしまう。

「ほう?」

 きつくにらんでから顎で語るように促す妹に、私は少しだけたじろぐ。だが、今まで培ってきた外面そとづらの良さを何とか発揮させ、私は話を続けた。

「まず、世界の救世主メシアである私は、恐怖の科学者から呼び出されたのだよ」
「ふむ……」
「そして、おそい来る数多あまたの魔の手をいくつも粉砕ふんさいした」
「科学者さんは可哀そうよね? 設計図まで燃されちゃったし」

 何か言ってるけどキニシナイ。

「そして、世界の危機を救ったものの、悪辣あくらつ巧緻こうち奸計かんけいに引っかかってしまい、お家で爆発どかーんだよ」

 妹は軽く考えるようなしぐさを見せたのち、さらに温度を下げた瞳で私を見た。

「一応、釈明しゃくめい余地よちは与えるけど、今の話はすべてにおいて作り話じゃないのね?」
「えええええ!? そこからなの!? 本当に体験した話だって!?」
「だって……ねえ? あたしもあの爆発がなければ、初めの天才科学者って段階で、嘘だと見切ってるわよ?」

 なんで信じないんだろう!?
 私が思い悩み、罪悪感を抱え込んだS・F体験サイエンスファンキーを、脚色ほぼなしで赤裸々に語ったのだよ!? しかも、朝の爆発は妹だって体験してるじゃん!

 と……心で叫んでみたものの、もし私が妹からその話を聞いたと想像してみた。
 ……その場合、私は大笑いしたのちに「さて本題へ進めようかね?」と斬り捨てているだろう。

 妹の気持ちはわかる。でもね事実ってことは間違いないのだ!

「目覚ましが蒸発じょうはつしちゃったから……」

 言葉の途中で手を打ち、私は勢いよく言う。

「ああ! そうだ!! あのアタッチメント残ってるかも!? あれがあれば!! そうだよ、外してたじゃん!」

 その言葉で妹の表情も一変する。

「おおっ、ダイヤの!? そっか! 残っているなら見せてもらおうかしら?」

 妹もノリノリで手を打った。しかし、ふと気を取り直したらしく少し首をかしげて聞いてくる。

「でもさ、返さなきゃいけないんじゃないの?」
「え、私たちをここまで酷い目に合わせておいて返すの!?」

 私の言葉に妹も少し悩む様子を見せた。

「んー、まあみせてよ! 迷惑料として、一度博士に苦情を届けてから、うちの家計に入れましょ」

 おや、もしかして妹もついてきて苦情届けるつもりかな?
 あれ? いま気づいたけど、家計に入れたら私の財布に入らない? それはやだなぁ……。
 いや、まてよ? 今回の爆発って私たちへのいやがらせになってるよね?
 それって慰謝料という、素晴らしい言葉が適応するじゃん! そして、被害者は妹含まれる!

 私一人をなんやかやする程度であれば罪は微々たるものかもしれない。しかし、私と妹の睡眠を妨げた罪は海よりも深く、月よりも重いのだ。

「そうだね。あんな爆発引き起こして、なにも無しはダメだよね」
「誰かさんが発明品を嬉々として叩き壊したお礼とか言われない?」
「喜んで壊したわけじゃないよ! あれは恐怖に駆られて体が動いたんだって!」
「なお悪いわよ。だから恨まれたんでしょ?」
「恨む人じゃないし、そもそも私を呼ばなくなるって!」
「たしかに……」
「人を動かすのは恐怖だよ……私、ぞっとするような体験してるんだからね」
「むう……じゃあさ、発明品を壊そうとして、間違って博士の頭とか打っちゃったほうが悩まなくて済むんじゃないの?」

 おおう妹、それは過激だ。

「そ、それは……ホンモノの発想じゃないかね?」
「え、いや、あたしが悪いの!? ちょっとまってよ、冗談よ」
「いや、笑えない冗談はちょっと……」
「むー、うー、そうね。ごめん、忘れてください」

 私の言葉を受けて、妹も失言だと認めたらしい。うなだれて可愛らしく頼んできた。
 ……まあ、いたしかたあるまい。

「うん、忘れるー。だから、ダイヤは見なかったことにしてね!」
「そっちは絶対忘れないわ!」
「むう……じゃ、アタッチメントを見に行こうか」
「ねね、どれくらいの大きさ? 家計に入れたらどれくらい遊んで暮らせる?」
「それは、見てのお楽しみかな!」

 私たちはわくわくしながら部屋へと入った。


**―――――
 机の上に置いた小物入れは、そこそこ貴重なものを入れている。
 妹を連れてそれを開いた私は、肩を落とすこととなってしまった。

「……おおう」

 ああ、何ということでしょう……!?
 ダイヤのついたアタッチメントは、まさか目覚ましと一緒に蒸発していたとは!?

「ここに……ちゃんと、入れたんだよね?」

 妹の言葉に私は力なくうなずいた。

「……うう、まさか本体と一緒になって消えちゃうとは、思わなかった……博士の技術が恨めしい……」

 力が抜けていくのを感じていた。その気怠けだるさに身を任せた私は力なく膝を折り、あの付属品だけが足りない小物入れを見つめる。
 妹も一緒になって覗き込んでから、気持ち肩を落としてぽつりと呟く。

「でも、本体と離れてても一緒に爆発ってさ、変な機能付けたもんね?」
「そういうとこにこだわるから、博士は世間に認められないのさ……」
「……紙一重っぽいもんね」

 しかし、これでは妹に証明できないではないか……まあ、ホラ話として語り継がれても、それはそれで構わない。
 だがあの家で起こった心労や、現在の早起きを強制されたという怒りなど、すっきりしない感情が湧いてきて収まらない。

 私がなんとか我慢できたとしても、妹の方はとばっちりでびっくり早起きを強制されてしまっているのだ。こやつの怒りはとどまらず、それが暴発する未来と、その攻撃対象となる人物は簡単に予想できてしまう。

「ねえ、それじゃ合鍵も消えちゃったの?」

 それは、救いの声のような気がした。

「あ、そういえば……」

 私は手を打ち、机の一番上の引き出し(鍵付き)を開けてみる。

「あれ、そこって大切な物入れじゃなかっただっけ?」

 あー、そう伝わっているのか……まあ、間違いではないが、私は少し首をひねってか、ニュアンスの違いを正した。

「いやいや、単純に思い出を投げ入れているだけだよ?」
「へぇ~、さようでございますか~?」

 なんだい妹? 変な視線を飛ばすんじゃありませんですよ。
 すこしだけ唇を尖らせつつ、私は引き出しを開いたところ、件の合鍵を発見した! よかった、ちゃんとダイヤだ!!

「あった! よかった!! ダイヤの合鍵! これこれ! みた? 嘘じゃないでしょう?」

 にっこにことした私の言葉に、妹は目を丸くしている。

「うっわぁ、こんな大きさなの!?」
「ふっふーん、どうかね妹くん? これが私の魅力であり、相対的な価値なのだよ!!」
「うっわ、さいってー」

 冗談くらい気軽に流してくれても良いんですよ?
 その目つきは、さすがの私も傷ついちゃいます……。
 そんな内心を知ってか知らずか、妹はそのカギを取り上げてまじまじと観察している。

「あっれー? というかこれ、カギの役目できるの?」
「え!?」

 言葉につられてカギをよくみる。あっ!? このダイヤ、カギとして機能するべきところまでダイヤになっているようだ。たしかに、こんな鍵が入る鍵穴って、作る方が大変だと思う。

「んー……普通のカギとしては、使えなさそうだね?」

 よくよく確かめている私に、妹が何かたくらんだような表情で笑う。

「ねね、確かめてみない?」
「え?」
「あたしさ、今日休みなの。……で、二人ともお休みでしょ?」
「ああ、そうだったね」

 たしか、前に聞いた気がするけど、記憶がおぼろげで自信がなかったのだ。
 ちなみに、私は連休である。そう、貴重な連休なのだ!

「あたし、今日はお昼まで寝るつもりだったのよね!」

 あれ!?
 すっごい良い笑顔だね、妹さん!?
 そういった雰囲気の可愛いキラキラ笑顔ってさ、瞳の奥に黒っぽい炎を灯して放つものではありませんよ?

「それを見込んで夜更かししちゃったからさ、こーんな時間に起こされて、イラッとしてるのよ!」

 どうもいくらかの怒気が、私にまで向けられている気がするな。

「ま、まあ私も連休だし、のんびりしたかったかな? コレハ博士ガワルイナ!」

 私の棒読みっぽい言葉を受けて、妹はさらに素敵な笑顔を見せる。

「でさ、博士にあたしを紹介してよ」
「え、なんで!?」
「あたしもダイヤの鍵がほしい」

 おお、妹よ、おぬしもか……。欲望に忠実なのは、血を分けた一番の証なのかもしれない。
 だが、これは悪く無い手かな?
 実際のところ私ひとりじゃ博士の個性には対抗できないでいた。だったら、劇物である妹をぶつけて激しい化学反応を起こしてみてはいかがだろう?
 まかり間違って博士に攻撃しかねないのは、しっかり止める必要があるが、私もいれば何とかなる。けんかっ早い妹でも、人を守るための武力は私の方が高いのだ。

「愛人扱いされるけど、良いの?」

 じつは私、この呼ばれ方はイヤなのだ。信じられないかもしれないけれど。

「ふっ、ダイヤの前には肩書なんて、綿毛のごとしよ! というか、め、い、わ、く料よ!!」

 あ、笑顔が黒くなった。怒気がオーラっぽく見えている。こうなった妹の行動を止める術はない。

「えっと、いろいろなことに気にしない人なんだけど、大丈夫?」
「だいじょうぶ。身近な人間に酷いのがいるから、耐性は十分よ!」

 おやそうですか? どうやら身近に酷い人間がいるらしい。
 親友ちゃんか、理系ちゃんだと思うので、今度話す機会があれば注意しておこう。
 あ、もしかして、斉藤さん?
 いや、あの方たちは、ある意味諦めているはずだし……はて?

「じゃあ、まだ時間あるし、少しお休みする?」
「今までの話で目がさえちゃったわ、ご飯作るわ」

 そういえば、今日は妹が当番だったかな? さすがに悪いので、私は止めた。

「ああ、良いよ。今日はお詫びに私が作るよ」
「本当? じゃあ任せちゃうわね」
「出来たら呼ぶから寝ててもいいよ」
「んー、たぶん無理っぽいけどなぁ……」

 言いながらも、妹はあくびを一つこぼす。

「何時ごろに出る?」
「なるべく午前中」
「それじゃお言葉に甘えて、ちょっと横になるわね」
「はい、おやすみ~」

 そんな感じで、妹を寝室へ追いやると、私は少し考えたのち、朝食を作ろうとキッチンへと向かう。

「何があったっけ?」

 冷蔵庫を開けて、少し考える。まあ、朝は軽めがうちの信条なのだ。オーソドックスにハムエッグでいいかな? あとはトーストか……そうだ、博士にも一応、何か持ってくかな? などと考えつつ、私はキッチンへと向かうのであった。
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