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巨竜編

斬られ役、志願者を待つ

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 74-①

「はぁぁぁ……どないせぇっちゅうねん」

 この短時間で、何度この台詞せりふを吐いただろう。勢いで『怪獣やっつけてきます!!』などと言ってしまったものの、全く勝てる気がしない、勝てるどころか生きて帰れる気すらしない。

 ひとまず武光はナジミ達の待つ兵舎に戻った。武刃団に当てがわれた部屋の中ではナジミ達が待っていた。

「あっ、武光様お帰りなさい」
「武光君、一体どんな用件だったんですか?」
「……あの怪獣倒してこいって」

 そう言うと、武光は特大の溜息ためいきいた。

「あっ、そや。ベンさんは?」

 武光は、ベッドに寝かされているベンを看病するミトに声をかけた。

「まだ……意識は戻っていません。ケガはナジミさんが治してくれたんですけど……」
「そうか、心配すんな、ベンさんやったら絶対に大丈夫やって!!」
「そうですよ!! 絶対に大丈夫です!!」
「ありがとう……武光、ナジミさん。それはそうと……あの竜を討伐する事になったのね?」
「ああ……最悪や。俺と一緒に怪獣退治に行ってくれる志願兵をつのって出陣するから、二時間後に広場に来いやと」

 74-②

 『二時間後に広場に来い』と言われた武光だったが、気が気でなさ過ぎて、集合時間の一時間も前に広場に来てしまった。そして、武光と武光を追って来たナジミ達は物陰に隠れて広場の様子をうかがっていた。

 志願兵が集まるはずの広場にはまだ誰もいない。

「あわわわわわ……あかん、誰もおらんやんけ」
「大丈夫です武光様!! まだまだ時間はありますよ!!」

 ~ 30分経過(出陣まで残り30分) ~

ぇへんやん!? 誰もぇへんやん!?」
「だ、大丈夫です……大丈夫ですってば!!」

 ~ 15分経過(出陣まで残り15分) ~

「ぅおぇぇぇぇぇ!! ……ぅおぇぇぇぇぇ!!」
「な、ナジミさん……武光が白目剥いて嘔吐えずきまくってます!!」
「し、しっかりして下さい!! ま、まだ慌てるような時間じゃありませんっ!!」

 ~ 5分経過(出陣まで残り10分) ~

「……大きな星が点いたり消えたりしとる。アハハ、大きい……彗星かな。イヤ、ちゃう……ちゃうな。彗星はもっとバーッって動くもんなぁ」
「た、大変ですナジミさん!! 武光君が精神崩壊寸前です!! 魂がどこかに連れて行かれそうになってます!!」
「武光様、しっかり!! 気を強く持って!! あっ、誰か来ましたよ!!」
「ハッ……ま、マジかっっっ!?」

 誰かの足音が近づいて来る。足音の主が、門を開けて広場に入ってきた。

 紫の外套マントに、鈍く輝く銀の鎧、そして……ギラリと輝く髑髏ドクロの仮面……現れたのは、王国軍最強、白銀の死神、ロイ=デストであった。

「ゴハァッ!?」
「武光様が気絶したー!?」
「しっかりしなさい武光!!」
「武光君!?」
「おい……貴様ら、そんな所で何をしている?」

 ロイが、くぐもった……しかし耳に刻み込まれるような声で武光達に声をかけた。

「べ、別に何でもええやろ……」

 意識を取り戻した武光達はおずおずと物陰から出た。

「お……お前こそ何しとんねん?」
「なに、もう一度あの竜とやり合おうと思ってな。奴ならばあるいは……しかし、志願者が私だけとはな……まぁ、あの力を目の当たりにすればそれも止む無しか。それより貴様、震えているようだが……本当に戦えるのだろうな? おびえるのは構わんが、私の視界の外でやれ。臆病が移るとかなわん」

 明らかに侮蔑ぶべつ嘲笑ちょうしょうが含まれたロイの物言いに、ナジミとミトはムッとした顔をした。

「武光様、あの骸骨がいこつの人あんな事言ってますよ!?」
「そうよ!! ガツンと言い返してやりなさい、私が許します!!」
「お……おう!!」

 武光は自分の両頰りょうほおをパンパンと叩くと、ロイの前に立った。

「な……ナメんなよシュワルツェネッ太!! 俺はこう見えて、やる時はやるねん!! そしてそれ以上にッッッ……逃げる時は逃げるッッッ!! って、おわー!?」

 脱兎だっとの如く逃亡を図ろうとした武光を、ナジミとミトはラグビー日本代表もビックリのタックルで引きずり倒した。

「ちょっ!? 武光様!?」
「コラ、逃げるな!!」
「武光君、落ち着いて!!」
「ひーっ、ご無体むたいな、お……お離しくださいませーーー!!」

 まるで時代劇で悪代官に手篭てごめにされそうになる腰元こしもとみたいな台詞せりふを吐きながら、あがく武光、押さえる二人、慌てるリョエンに、呆れるロイ。

「大丈夫ですって!! たった一人とはいえ、あの方は王国軍最強なんでしょう?」
「そうよ、ロイ将軍は一騎当千、千人の兵士を味方にしたも同然よ!!」
「ふざけんなー!! 最強って言うたかてあいつ、石碑もよう切らへんねんぞ!! それに何より、あいつ気に喰わへん事あったらすぐ刃物持ち出す変態やぞ!!」
「誰が変態だ……」

 ロイが愛用の斧薙刀グレイブハルバード屍山血河しざんけつがを振るった。

「わーっ!?」

 武光はバラバラにされると思って、思わず目を閉じたが、バラバラになったのは武光達のすぐ近くに立っていた石像だった。

「言っておくがな、私の屍山血河なら、あの程度の石碑など瞬時につぶてかえす事が出来る。それに……私の名はシュワルツェネッ太ではない、ロイ=デストだ。次に間違えたら……貴様を土に還してやる」

 そう言って、シュワルツェネッ太……あっ、いや、これは違うんです!! ま、待って……ぎゃああああああああああ!?

「み、見たやろ!! アイツめっちゃくちゃヤバイ奴なんやって、ぶんの人にまで斬りかかってるやん!!」
「はぁ!? 地の文の人って誰よ!?」
「あっ、新しい地の文の人が来た」
「いや、だから地の文の人って!?」


 ……それは、恐怖のあまり、武光が見た幻覚か。あるいは異界渡りの書によってもたらされる、『普通の人間には見えないものが見えるようになる力』の産物なのか。いずれにせよ武光はその存在を知覚した途端に、その存在に関する知識や記憶を急激に失ってしまうのだった。


「えーっと、地の……なんやっけ? とにかく!! あんな……」


 その先の言葉を聞いて、ナジミ達は一瞬言葉を失った。


「……あんな歩く危険物と『二人っきり』で、怪獣退治なんか出来るかーーー!!」
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