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術士編
妖姫、落ちる
しおりを挟む59-①
……アナザワルド王国の本島から西におよそ30kmの地点に《リトノス》という島がある。
四方を断崖絶壁に囲まれ、島の周囲を複雑で急な海流が流れるリトノス島は、大昔から人間の上陸を阻み続けている島である。
そして、この孤島こそがヨミ達、妖禽族の棲家であった。
武光達との闘いで、妖禽族の魔力の源である翼を切り落とされたヨミは、体内に残された最後の魔力を振り絞って、転移の術を使い、何とかリトノス島の居城の近くに転移する事に成功した。
「アイツら……絶対に許さない……妖禽族を総動員してズタズタに引き裂いてやる!!」
ヨミは背中の激痛に耐えながら、門の前までやって来た。
「門を開けなさい、お母様……いえ、女王に御目通りします!!」
二人の衛兵は翼を失ったヨミの姿を見て驚いた顔をした後、冷笑を浮かべた。
「どこの誰とも分からぬ者を通す訳にはいかんなぁ」
「なっ!? 何を言っているの……私をヨミと知って……」
ヨミは声を荒げたが、衛兵達はニヤニヤと下品な笑みを浮かべるのをやめない。
「ヨミ様だと? ヨミ様ならば、黒く艶のある美しい翼をお持ちのはずだ……妖禽族の命である翼を奪われておきながら、のうのうと生きているような恥晒しがヨミ様の訳なかろう?」
「くっ……」
「妖禽族において、他者を従わせる事が出来るのは、地位や血統や権力ではない……力だけだ。力を失った者に傅く必要など無い、例えそれが……姫であろうとな」
二人の衛兵がゲラゲラと笑う。
「…………そうね、貴方の言う事は正しいわ」
次の瞬間、ヨミは衛兵の喉に短刀を突き立てていた。刺された衛兵は自身に何が起きたのか理解する間も無く絶命し、崩れ落ちた。
ヨミは残った衛兵の目を見据えながら言った。
「もう一度だけ言うわ、門を……開けなさい」
ヨミは開かれた門をくぐり、場内に入った。
すれ違う従者達やメイド達の蔑み み・愚弄・嘲笑を含んだ視線に耐えながら、ヨミは女王の待つ謁見の間へと歩みを進める。
廊下ですれ違った若いメイドが笑いを堪えきれずにプッと吹き出した。
ヨミは思わずメイドを刺し殺したい衝動に駆られたが、何とか我慢した。これから女王に会うのだ。城内で無闇に血を流してはならない。
次の角を曲がれば、謁見の間への廊下──
“ガッ”
「あっ!?」
角を曲がろうとした瞬間、ヨミは誰かに足を引っ掛けられて、派手に転んでしまった。
角に立っていたのは、背中に雁のような黒っぽい茶色の翼を持つ、ヨミとよく似た雰囲気の少女だった。
「貴女は……セリン」
「無様ねぇ……お姉様」
「セリン……一体何の真似なの?」
「何の真似ですって? お姉様には似つかわしくない言葉ね」
言われて、ヨミはハッとした。セリンの思考が……読めない。
ヨミは翼を失うと同時に、相手の思考を読む能力まで失ってしまったのだ。
セリンはしゃがみ込むと、うつ伏せに転んだヨミの前髪を左手で掴み、乱暴に上体を起こさせた。
「私、千里眼の力でお姉様の闘いを見守っていました……そしたら、何ですあのザマは?」
セリンは、右手を振り上げ、勢い良く振り下ろした。乾いた音が廊下に響く。
「人間っ……なんかにっ……大事なっ……翼をっ……切り落とされてっ……」
セリンは何度も何度も、姉の頬をぶった。
「お姉様はっ……強くてっ……美しくてっ……私の……憧れだったのにっ!!」
長い廊下に乾いた音が響き続ける。
「ごめんね……ごめんね……」
「うるさい!! アンタなんか私のお姉様じゃない!! 返してよ……私のお姉様を返してよ!!」
謝罪の言葉など聞きたくないと言わんばかりにヨミの頬を張り続けた。その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
さっきのメイドが音を聞きつけて、様子を見に来た。妹に殴られ両頬を腫らしたヨミを見て、若いメイドはクスリと笑った。
次の瞬間、若いメイドはセリンに首をへし折られて絶命した。
「セリン……どうして?」
「……うるさい、もう二度と、私の目の前にその無様な姿を見せないで」
そう言うと、セリンはヨミに背を向け去って行った。
ヨミは、真っ赤に腫れた頬をさすりながら、ノロノロと起き上がった。肉体的にも精神的にもボロボロだった……それでも、ヨミが再び歩き始めたのは、ひとえに武光達への復讐心の為せる業だった。
……ようやく、謁見の間に着いた。
59-②
謁見の間には、妖禽族の重鎮達と女王オードリヤがいた。
ヨミは言葉を発しようとしたが、それを制するように、オードリヤが口を開いた。
「フン……『魔王のお嫁さんになる』などと言って勝手に城を飛び出した挙句、我ら妖禽族の命である翼をもがれて、よくぞおめおめと生きて私の前に姿を見せられたものだ……我が一族の恥晒しめ!!」
言葉が出てこない。ヨミは俯いて拳を握り締める事しか出来なかった。
「……まぁ良い。普通ならこのような無様な姿で私の前に現れるなど、この場で八つ裂きにしてくれる所だが、これでも私の娘だ……処刑する前に最期の弁明くらいは聞いてやろう。者共……下がれ」
オードリヤに言われて、重鎮達が次々と謁見の間を出て行く。オードリヤは重鎮達が全員謁見の間を出たのを確認すると、彫像のように固まって動かないヨミにゆっくりと近付き……優しく抱きしめた。
「じょ……女王?」
「可哀想に……こんなに傷付いて……ヨミ……私の可愛い娘」
「……お母様」
ヨミは泣いた……母の胸の中で、小さな子供のように声を上げて泣きじゃくった。
「ごめんなさい……私……私……大事な翼を……っ」
「良いのよ、さっきは重鎮達の手前、ああ言ったけれど、私は、ヨミが生きて帰って来てくれただけで十分です…………ですが」
そう言って、オードリヤはヨミの目を真っ直ぐに見つめた。
「私はあなたの母である前に、妖禽族を束ねる女王です。可愛い娘だからと言って、あなたに罰を与えないという訳にはいきません、あなたも妖禽族の姫ならば分かってくれますね?」
「…………はい」
「良い……返事です…………衛兵!!」
オードリヤは涙を拭った。そこにあったのは、優しき母の顔ではなく、冷徹なる女王の顔であった。
「女王様、お呼びでしょうか?」
「この者を連れて行け!! 明日の朝……《蟲葬刑》に処す」
「はっ!!」
ヨミは、オードリヤに呼ばれて部屋に入って来た衛兵達に両脇を抱えられ、牢獄に連れて行かれた。
59-③
リトノス島の北端付近に《蠱毒の穴》と呼ばれる深い深い縦穴がある。
その縦穴の底は広大な空洞になっており、その空洞の中では《魔蟲》と呼ばれる巨大な蟲達が、種の繁栄という本能に従って互いを喰い合い、熾烈な生存競争を繰り広げているという。
そして、蟲葬刑とは、その蠱毒の穴に妖禽族の罪人や捕虜を落とすという、早い話が魔蟲共の生き餌にされるという、妖禽族の中でも最も重い刑罰の一つである。
ヨミは木製の手枷を嵌められ、蠱毒の穴の前まで連行された。
既に蠱毒の穴の周りには大勢の野次馬が集まっており、ヨミが穴に落とされるのを今か今かと待っている。
ヨミは、処刑人に直径が2m程の穴の淵に立たされた。
処刑人がヨミの罪状を読み上げるが、野次馬達の中には誰一人として、耳を傾ける者はいない。皆、口々に『早く落とせ!!』だの『殺っちまえ!!』だのと叫んでいる。
「では、これより……蟲葬刑を執行する!!」
割れんばかりの歓声が上がり、いつしかそれは『落とせ!!』というシュプレヒコールに変わった。
“どんっ”
背中を押され、ヨミは、深く暗い穴に落ちていった。
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