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術士編

術士、教える

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 52-①

「三人共、準備は良いですか?」
「「「はーい!!」」」

 リョエンに聞かれて武光達三人は元気良く答えた。

「私の見立てでは、三人共、火術の適性がありそうなので、これから火術の基礎を教えます」

 そう言うと、リョエンは武光達に目隠しを手渡した。

「ええと、これは……?」
「集中力を高める為に、余計な視覚情報を遮断するんです。本当は耳栓みみせんもして余計な聴覚情報も遮断した方が良いのですが……それだと説明が聞こえませんからね、ひとまず今回は耳栓は無しです。では目隠しをして下さい」

 リョエンに言われた通りに武光達は目隠しをした。

「まずは呼吸を整え、余計な身体の力を抜き、精神を集中して、心を出来る限り『無』の状態にして下さい。そして、心がからっぽの状態になったら、そのからっぽの空間に蝋燭ろうそくの火程度の大きさの『火』を思い浮かべて下さい。大きさや色やらめき……出来る限り、精細に、精密に。私は用があるので一旦、二階の自室に戻ります。一時間で戻ってきますので、訓練をしておいて下さい」

 リョエンが部屋を出て行った後、武光達三人は互いに顔を見合わせ、頷いた。

「それじゃあ武光様、姫様、一緒に頑張りましょう!!」
「よっしゃ!!」
「ええ!!」

 三人は目を閉じ、精神を集中した。

「…………熱っっっ!?」

 訓練開始からおよそ10分、武光が突然声を上げた。ミトとナジミは目隠しを外し、武光の方を見た。

「どうしたんです、武光様!?」
「え……いや、ちゃうねん。火をイメージしてたら、なんか体の奥底で炎がめちゃくちゃ燃えてる気がして……」
「頭の中で想像しただけなのにそんな事あるわけないでしょう!!」
「あ、うん。それはそうなんやけど……」
「まったく……集中が途切れちゃったじゃない!!」
「ごめんごめん」

 三人は訓練を再開した。

「………………熱っっっあああああ!?」
「うるさ---いっっっ!!」
「うごぁ!?」

 ミトの 王家のボディーブロー!
 会心の 一撃!
 武光は もんぜつした!

「さっきから何なのよ!?」
「ちゃうねんて!! ホンマに熱いねんて!!」
「そんな訳ないでしょう!! 全く……騒がしいったらないわ、ナジミさんを見なさい!! ……流石は神に仕えるべく修行を積んできた者、貴方と違って動じず、騒がず、静謐せいひつそのものです!! 彼女を見習いなさい!!」

「………………むにゃむにゃ…………ZZZ」

「「……寝とるんかーい!?」」

 武光とミトは思わず突っ込んだ!!

「ふぁ!?」
「ナジミ……お前今寝てたやろ?」
「ね、眠ってなんかいませんよ!?」
「ヨダレめっちゃ出てるぞ……完全に寝てたな」
「ね、眠ってませんってば!! ちょっとだけ……起きてなかっただけです!!」
「寝とるやんけ!!」
「うぅ……だって、火を思い浮かべてたら何だか体の内側が、火に手をかざしているみたいにだんだん暖かくなってきて……」
「全く……何なんですか騒々しいなぁ」

 騒ぎを聞きつけて、リョエンが二階から降りてきた。

「リョエンさん、武光とナジミさんが『体の奥底で炎が燃えているみたいで熱い』とか、『火に手を翳しているみたいに身体が内側から暖かくなってきた』とか訳の分からない事を言うんです!!」

 それを聞いたリョエンはあごに手をやった。

「ふむ……二人共、それは本当ですか?」
「はい、めちゃくちゃ熱かったです」
「はい、暖かかったです」
「よろしい、では二人には次の段階を教えます。隣の部屋へ来て下さい、ジャイナさんは今の訓練を続けるように」
「えっ!? ま、待って!! わ、私も熱さを感じたわよ……?」

 ミトの言葉に、リョエンは首を横に振った。

「嘘はダメですよ。焦る必要はありません、じっくり課題に取り組んで下さい」
「うぅっ……」

 ここまでは、かんの良い人間ならすぐに出来る事も珍しくない。難しくなってくるのはここからだ。
 リョエンは、武光達を隣の部屋へ移動させると、次の課題を言い渡した。

「次の訓練です。先程と同じように心を無にした状態で、今度は心の中ではなく、目の前の空間に火を灯す事を想像してください」
「はーい」
「やってみます」
「さてと……」

 リョエンはさっきの部屋に戻った。予想通り、ジャイナが手こずっていた。

「ムムムムム……」
「あーあー、ダメですよ、そんなにりきんじゃあ。もっと心と身体を楽にして下さい」
りきんでなんていませんよっ!!」

 ああ、やっぱり……と、リョエンは思った。
 このジャイナという監査武官は、とにかく負けず嫌いなのだ。それも、どういうわけか、武光に対して必要以上に張り合おうとする。
 その武光に先を越されてあせり、苛立いらだっているのが一目で分かる程に、ジャイナの身体と心はガチガチにり固まってしまっていた。と言うか、仮面の奥の目が涙目になっている。

 今の状態ではいつまで経っても次の段階には進めない、そうやって足踏みしている内にますますあの二人との差は開いてしまう。
 この人達には一刻も早く出て行ってもらいたい、足踏みさせているひまはない。

「よし……では少しやり方を変えましょうか。そうですね……ジャイナさん、好きな音楽はありますか?」

 ミトは、リョエンの問いに少し考えた後、答えた。

「うーん……ヴェーバッツァルトスキーのG線上の白鳥の運命の行進曲かしら」

 きゅ……宮廷音楽なんて、一般市民にはめったに聞く機会なんて無いのだが……随分と貴族的な趣味してるんだな……とリョエンは思った。

「分かりました……では今から心の中でその音楽をかなでて下さい。精神を集中し、雑念を捨てて、ただひたすらその曲に聞き入るんです。そして……心の中で流れている音楽が終わったら、終わった瞬間に片手を挙げて下さい」
「……分かりました、やってみます」

 ミトは再び目隠しをした。

(~~~♪ ~~~♪ ~~~♪ ~~~~~♪ ~~~~~♪ ~~~♪ ~~~~♪)

「今です!! 火を!!」

 ミトが手を挙げた瞬間、リョエンが言った。

「……どうです?」
「……ほんの一瞬だけですけど、確かに熱さを感じました。これは一体……?」
「曲が終わった瞬間、今まで集中し、心の中を埋め尽くしていた対象がフッと消えて、ほんの一瞬ですが、心が無になったんです、その瞬間を狙って火を灯してもらったんですよ」
「な、なるほど……!!」
「ジャイナさん、貴女のその野生のイノシシのような……おっと失礼、思い込んだら一直線な気質は、上手くハマりさえすれば、貴方達三人の中で一番術の修得に向いているかもしれません」
「ホントですか!!」

 喜ぶミトだったが、リョエンは『ただし!!』と付け加えた。

「貴女は他者への対抗意識が強い。他者と自分を比較して心を乱してしまっては、術の修得は覚束無おぼつかない。貴女が向かい合わなければならないのは、武光さんではなく……自分自身という事を忘れないように」
「分かりました!! 武光なんかには負けません!! リョエンさん、次の課題を!!」
「ぜ……全然分かってない……ま、まぁ良いでしょう、次の段階に──」

「熱っっっあああああーーー!?」

 リョエンがミトを武光達のいる隣の部屋に連れて行こうとしたその時、隣の部屋から武光の叫びが聞こえた。
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