上 下
46 / 180
用心棒編

姫、弔う

しおりを挟む

 46-①

 ヴァンプ=フトーは、ミトにぶん投げられた宝剣カヤ・ビラキをキャッチすると、ミトのもとに行き、カヤ・ビラキを差し出した。

「……確か、武光の所の監査武官だったな」
「え……ええ、ジャイナ=バトリッチです」
「……良い剣だ、乱暴に扱うのは感心しない」
「は、はい……」

 ヴァンプはカヤ・ビラキをミトに手渡すと、担いでいた荷物をそっと地面に置いた。布にくるまれて中身は分からないが、棒状の物を何本か束ねてあるようだ。

「これは……?」
「……東口で戦っていた者達の武器だ」

 そう言って、ヴァンプは包みを解いた。中身は、ひもで束ねられた剣だった。

「……とむらってやろうと思ってな。俺の故郷では昔から、『持ち主の生業なりわいに関わる道具には魂が宿る』と言われている。料理人の包丁や、漁師の船、そして……兵士が命を預ける武器。俺の故郷では持ち主が死んだ時は、子や弟子に受け継がせ、受け継ぐ者がいない時は道具に宿る魂を清め、弔う」

 言いながら、ヴァンプは背負っていた大剣のっ先を地面に突き刺した。

「……フン!!」

 ヴァンプがつかを握る両手に力を込めると、 “ドン!!” という大きな音と共に地面が掘り起こされた。
 ミトの目にはヴァンプは軽く力を込めただけのように見えたが、ヴァンプの足下には剣の束がすっぽりと収まりそうなくぼみが出来ていた。
 ヴァンプは遺品の剣を束ねている紐をほどくと、一振りずつ丁寧に窪みに横たえ始めた。

「わ、私も手伝います!!」

 そう言って、ミトはヴァンプの隣で剣を安置してゆく……が、途中である事に気付いた。

「あの……これで全部ですか?」
「……ああ、俺が駆けつけた時には敵は既に壊滅していたが、倒れていた十人の内、誰一人として敵に背を向けて倒れている者はいなかった。見事な戦士達だ」
「えっと……あの、ベンの武器は?」
「……ベン?」
「えっと、貴方と同じくらいの大男で、顔は怖いんだけどとても優しくて……」
「……俺が見つけたのはこの剣の持ち主の十人だけだ。周囲も探したが俺と同じくらいの体格の奴はいなかったが……」
「どういう事なの……」

 ヴァンプが到着した時点で敵は壊滅していた……という事は、ベンはそれまで生きていたという事だ。

 ……問題はその後だ、ヴァンプの言っている事が事実なら、ベンは東口の敵を壊滅させた後、重症を負ったまま姿を消してしまったという事になる。

 手傷を負った者はナジミの所へ行った後、傷を治療してもらい戦線に復帰する。戦いが始まる前日の作戦会議では、そういう手筈てはずになっていた。それはベンも重々承知していたはずなのに。
 意外と傷は浅かったのか……? いや、そんなはずはない。どう見てもあれは立っているのもやっとのはずの重症だった。

「……埋めるぞ」

 ミトの思考はヴァンプの言葉に中断された。

「えっ? あっ、はい」

 ミトとヴァンプは窪みに安置した剣に上から土を被せた。ヴァンプは土の上から、持っていた酒をかけた後、小さなさかずきを取り出し、自分も一口だけ飲んだ。

「……略式りゃくしきだが、武具を弔う時の儀式ぎしきだ、アンタもやるか?」
「はい」

 ミトはヴァンプから酒瓶と盃を受け取ると、ヴァンプがそうしたように、土の上から酒をかけた。

「……よし、その後、清めの酒を飲むんだ」
「はい」
「ちょっと待ったあああああ!!」

 ミトが、盃に酒をぎ、人生初の酒を口にしようとしたその時、リヴァル戦士団付きの監査武官、ダント=バトリッチが物凄い勢いで走ってきて、ミトから酒瓶と盃を取り上げた。

「貴女様にはまだ早いです、お酒は二十歳になってからっ!! ヴァンプさん、貴方は何を考えているのです!!」
「……いや、弔いの儀式をだな」

 普段の大人しさからは想像もつかないダントの剣幕けんまくに、豪傑ごうけつヴァンプもたじろいだ。

「このお方はまだ未成年なんです!!」
「……そうなのか? だが一口くらい……」
「黙らっしゃい!! このお方をどなたと心得ます!! おそれ多くも……ぐえええええっ!?」

 ミトによる背後からのチョークスリーパーでダントはめ落とされてしまった。

「あら、ダントおじさまったらこんな所で寝ちゃうなんて……やはり日頃のお疲れが溜まってらっしゃるのかしら?」
「……いや、絶対違うだろ。こいつも、とんだとばっちりだな」
「さぁ、儀式の続きをしましょう」
「……未成年なんだろう? 子供は酒を飲まなくても良いんだぞ」
「ムッ、私は子供じゃありません!! 貴方と同じように弔います!!」

 そう言ってミトは、仮面の口の部分をパカッと開いた。普段は、目の部分に穴が開いているのみで、無表情なフルフェイスの仮面が、口の部分を開くと笑っているように見える事から武光はこの状態を《ジャイナさんスマイル》と呼んでいる。
 ミトが仮面をこの状態にする時は、余程よほどの強敵に出会った時か……ご飯を食べる時だけだ。
 ミトは、ダントの手から酒瓶を奪い取ると、一気に酒をあおった。

「……オイ、一口だけで良いんだぞ!?」
「いっぱい飲んだ方がいっぱい弔えると思って……」
「……そんな決まりは無い。それより大丈夫か? この清めの酒はかなり強い酒なんだが……」

 ヴァンプはミトを見たが、仮面の上からでは顔色が分からない。言葉ははっきりしているようだが……

「大丈夫ですよ。それより……助けに来てくれてありがとう」
「……いや、俺はほとんど何もしていない。礼ならリヴァルとキサンに言え」

 ヴァンプは絞め落とされたダントをひょいっと肩に担いだ。

「もちろん彼らにも伝えますよ。じゃあ……また、ご機嫌よう」
「……ああ」

 ヴァンプはダントを肩に担いだまま去っていった。

「さて……じゃあ私達も……って、あれ? なんか地面が揺れて……? あれ? あっれぇー? …………きゅー」
〔ひ、姫様!? 姫様ーーーーー!!〕

 ミトはその場で、バタンとぶっ倒れてしまった。

 46-②

 武光一行がカラマク寺院を訪れたのとほぼ同時刻、ボゥ・インレとクラフ・コーナン城塞を結ぶ線の中間地点の辺りにある、とある洞窟の中では、一体の魔物が地面に横たわる大男を見下ろしていた。

「これだけの傷を負ってなお生きているとは……人間とはとても思えん。くくく……これは良い拾い物をした。こいつは……良い研究材料になる」

 魔物の狂笑が薄暗い洞窟の中に響き渡った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

斬られ役、異世界を征く!! 弐!!

通 行人(とおり ゆきひと)
ファンタジー
 前作、『斬られ役、異世界を征く!!』から三年……復興が進むアナザワルド王国に邪悪なる『影』が迫る。  新たな脅威に、帰ってきたあの男が再び立ち上がる!!  前作に2倍のジャンプと3倍の回転を加えて綴る、4億2000万パワー超すっとこファンタジー、ここに開幕!! *この作品は『斬られ役、異世界を征く!!』の続編となっております。  前作を読んで頂いていなくても楽しんで頂けるような作品を目指して頑張りますが、前作を読んで頂けるとより楽しんで頂けるかと思いますので、良かったら前作も読んでみて下さいませ。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

処理中です...