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用心棒編

巫女、励ます

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 44-①

 絶体絶命の窮地きゅうちに駆け付けてくれたリヴァルさん達のおかげで、コウカツ軍は壊滅し、1日遅れで、クツーフ・ウトフ城塞から街を守備する為の兵士達もやってきた。

 武光様達の奮戦でボゥ・インレはひとまずの平穏を取り戻したのだ。

 ……激戦だった。四十人いた最強神聖可憐巫……もとい、防衛隊の内、姫様の指揮のもとで東口の防衛にあたっていた部隊は、姫様を残して全員討ち死に、西の防衛にあたっていた十名の内、生き残ったのはわずか三人、そして主戦場となった南の防衛部隊二十名も壊滅、生き残ったのは指揮をっていた武光様ただ一人だった。
 タイラーファミリーと幻璽党を壊滅させ、魔物からボゥ・インレを守り抜いた武光様はリヴァルさん達と共に街の人々から盛大な歓迎を受けた。でも、その日から……武光様の様子がおかしい。

 明るいのに……暗いのだ。

 表情はいつも以上に明るいのに。
 言動はいつも以上に剽軽ひょうきんなのに。
 言葉の端々や、ふとした瞬間に、声をかけるのも躊躇ためらってしまうような、暗く……重く……深い影をまとっている。

 この人の事だ、きっと……私や姫様に心配をかけないように無理をしているに違いない。

 心配になって『大丈夫ですか……?』と声をかけたら、武光様は元気良く『へのつっぱりはいらんですよ!!』と言っていたが……その笑顔はとても痛々しかった。言葉の意味はよくわからないが、とにかくすごく無理をしている。

 だからその日の夜、私は宿屋に用意された武光様の部屋に殴り込みをかける事にした。
 取りつうろひまも、平気なフリをするすきも与えない……奇襲攻撃だ!!

 部屋の前までそろりと近付き、ノックもせず無言でドアを開けたら、武光様は、薄暗い部屋の中で、床に両膝りょうひざを着き、顔をベッドにうずめて苦悶の声をあげていた。
 哀しく……重く……聞いているこちらが胸を締め付けられるような声だ。

「……武光様」

 私が背後からそっと声をかけると、武光様は驚いた顔をした後、すぐにぎこちない笑顔を作ろうとした。

「ど、どないしてん、こんな夜中──」
「武光様ッッッ!!」
「は、ハイッ!?」
「どうして相談してくれないんですか!? 私で良ければ胸くらい、いくらでも貸しますよ!?」

 武光様は私の胸元をちらりと見た後、言った。

「いや……自分他人に貸すほどあらへんやん。まずしき者から借りるとか良心の呵責かしゃくがなー? ……はは」

 全くこの人は……こんな時にまで無理をして……!!

「武光様……お芝居は終わりにしましょう、もう平気なフリしなくても良いんですよ?」

 武光様は床に正座したまま、じっと目を閉じていたが、肩がぶるぶると震え始め……そして号泣した。

「うっ…………ううう…………ああ…………ぅああああああああああ!!」

 我慢していたのだろう、両目からは止めどなく涙があふれている。

「俺……俺……人をいっぱい斬ってしもた……俺の剣は……人を楽しませる為のものやったのに……怒りに駆られて……取り返しのつかん事を……っ!! 俺は……俺は……っ!!」

 そこから先は言葉になっていなかった。

 私のせいだ……私が間違えて連れて来なければ、この人にこんなごうと苦しみを背負わせる事もなかったのに……そう思うと、涙が止まらなくなって、私は大声をあげてわんわん泣いてしまった。

 私がしばらく泣いていると……力強く、暖かい感触に包まれた。武光様が私の身体を抱き締めていた。

「あのなぁ……お前、俺の事励ましに来たんとちゃうんかい。あんな大泣きされたら俺、泣くに泣かれへんやんけ」
「あっ、ご……ごめんなさい……」
「言うとくけど、お前に連れて来られたせいやとか思ってへんからな? それに俺、友達が悲しんでるの見ると、めちゃくちゃヘコむねん……せやから、な?」
「……はい」

 ちゃんと笑えてるか分からないけれど、私は武光様の為に、涙を拭って精一杯の笑顔を見せた。それを見た武光様は、両手をそっと離した。

「俺が弱いばっかりに心配かけたな……悪い」
「いいえ、武光様は弱くなんかありません。だってそんなに苦しいのなら、全部私のせいにしたって良いんですよ、実際そうなんですし……無かった事にして忘れるのも良いでしょう、正当化する事だって出来ます。実際、武光様のおかげでこの街の人達は救われたんですし……でも、武光様はそれをしなかった。ちゃんと自分のした事に正面から向き合って、苦しんで……だから弱くなんかありません。貴方は……強くて優しい人です」
「お前……そんな事言うなや、俺、また泣いてまうやろ……」
「良いじゃないですか、思いっきり泣けば。みんなには内緒にしといてあげます。今度は、ちゃんと励ましますから」

 ……私は、胸に飛び込んできた武光様の頭を、武光様が私にしてくれたように、力一杯抱き締めた。

 武光様はしばらくの間すすり泣いていたが、いつしか泣き疲れて眠ってしまったようだ。私は武光様をベッドに寝かせると、部屋を後にした。

 次の日の朝、武光様にはいつもの笑顔が戻っていた。そして私は、何故か……武光様に強烈なデコピンをされた。

 44-②

「なぁ……イットー」
〔何だい武光?〕
「俺、女の子の抱擁ほうようって、もっとこう……あったかくて、優しくて、ムニッとしてて、良い匂いとかするもんやと思ってたわ……」
〔……違うの?〕
「いや、アイツの抱擁はおかしいねん!! 何か……いきなりこめかみの辺りを全力でめ上げて来て。途中から俺、痛過ぎて意識失ってたからな? あんなもん抱擁ちゃう、ヘッドロックやヘッドロック!!」
〔あー、さっきのデコピンはそれでか……〕
「うん」
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