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嘆きの聖女編

聖女、裏側を語る

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 220-①

「……それから私は、《ボゥ・インレ》を目指しました」

 シルエッタの言う《ボゥ・インレ》という街は、アナザワルド王国の北北東……時計の文字盤で例えるならば2時の位置に存在する街であり、三年前の大戦時に武光とイットー・リョーダン、ミト姫とその愛剣、カヤ・ビラキ、そしてナジミの三人と二振もこの街を訪れた事がある。
 先の大戦時、この街を訪れた武光一行は、当時この街を占拠し、住民を苦しめていた《幻璽党げんじとう》と《タイラーファミリー》という二つのならず者集団……そして、この街を狙う魔王軍を相手に死闘を繰り広げた場所でもあった。

「ボゥ・インレの南西にある《ラトップ遺跡》……あの地下には帝国が送り込んできた影魔獣を研究する為の施設が存在しました……私もまさかとは思いましたが、なんとその研究施設は300年経った今もまだ生きていたのです。私はそこで密かに影魔獣に関する研究を今日こんにちに至るまで続けてきました……」

 シルエッタの口から語られた事実に影光は驚いた。

 武光の記憶をコピーされている影光である、、ラトップ遺跡は自身も足を踏み入れ、幻璽党と刃を交えた場所だからだ。まさか自分達が戦っていたそのすぐ足下で影魔獣の研究が行われていたとは。

「……、影魔獣の研究をしておいて正解でした」

 不可解な言葉に影光は首を傾げた。影魔獣の研究がとはどういう意味なのか。

「せっかく封印を解いて目覚めさせてやったというのに…………結局、あの役立たずのニセ魔王では、この国を滅ぼせなかったのですから」
「ちょっと待てオイ!? じゃあ、三年前に魔王軍を率いていたアイツは……お前が目覚めさせたってのか!?」

 聞き捨てならない台詞に思わず気色けしきばむ影光に対し、シルエッタは静かに微笑んだ。

「ええ、アレが逆賊共を討ち滅ぼしてくれれば、影魔獣の研究などせずとも良かったのですが……おかげで私自身が動く羽目になりました。まぁ国を滅ぼす事は出来ずとも軍に深い傷を残し、国力を大いに疲弊させた……及第点と言った所でしょう」
「お前……!!」
「戦乱に疲れ果て、大事な者を失い、己の無力を呪う者達に私は力を授けました……この欺瞞に満ちた邪悪な国を滅ぼす為の……影魔獣という力を!!」

 影光とマナに戦乱の裏側を語ったシルエッタは、マナに問いかけた。

「ところでマナ、ここはメ・サウゴ・クーの姫の間……ですね?」
「は、はい!!」
「道理で……影転移の際に、咄嗟に『一番安全な場所へ』と念じてこの場所に引っ張られたのも頷けます」

 シルエッタは得心が行ったように頷いた。

「三百年の歳月を経て……真の主人を覚えているのが、この忌まわしき城だけとは」
「それは……どういう意味なのですか?」
「マナ、貴女はこの城が建造された理由を知っていますか?」

 シルエッタからの問いかけに対し、マナは幼い頃に父から教えられた事を答えた。

「父からは……シャード王国各地で猛威を振るっていた影魔獣を駆逐する為に建造された決戦兵器だと聞いております」

 それを聞いたシルエッタは小さく含み笑いをした。

「では……どうして影魔獣と最前線で戦う為の決戦兵器に『姫の間』などという物が存在するのでしょうね?」
「えっ……?」

 思いもよらなかった言葉にマナは困惑した。

〔その問いには我が答えてやろう……〕

 それまで黙っていた、影光の腰のネキリ・ナ・デギリが言葉を発した。

〔この城が建造された真の目的は、影魔獣と戦う為などではない、万が一の時に、シャード王家の者達と重臣共が逃げ出す為に造られた城だからだ〕
「そんな……」
〔民を見捨てて、自分達だけが助かる為の忌まわしき城ぞ……だからこそ我が主シンが、完成したメ・サウゴ・クーに半ば乗っ取りに近い形で入城し、国民にド派手に披露した時は痛快だった……『シャード王国の国民達よ見るがいい!! これぞ、シャード王家が国民を守る為に密かに建造した決戦兵器……移動要塞メ・サウゴ・クーである!! この決戦兵器の力を持って、影魔獣による帝国の侵攻を跳ね返し、我が祖国に平和と安寧を取り戻してみせようぞ!!』……とな〕

 当時まだ子供だったシルエッタは……いや、子供なればこそ、この城に嫌悪感を抱いていたシルエッタは当時を思い出し『ええ、あれは実に痛快でした』と微笑んだ。

「シン殿はこの城の存在を人々にド派手に披露したその足で、父上に拝謁する事も無く、影魔獣殲滅の為に出陣してしまいました。まるで悪戯いたずらが露見した子供のようにそそくさと」

 まだ自分が物心つく前の父の話を聞いて、マナは思わず苦笑した。

 父はとにかく面倒臭がりで、母やゲンヨウに叱られそうになるとよく、この《姫の間》に逃げ込んで来たものだ。自分にとって父は『絶大な力を持つ恐怖の魔王』などではなく、大雑把で、だらしなくて、怒られそうになるとすぐに逃げ出す子供っぽさを持つ、ただの父親だったが……昔からそうだったのか。

 苦笑するマナを見て、シルエッタも柔らかな……しかしどこか悲しげな微笑を浮かべた。

「あの頃は良かった……私の周囲には、家族も、大勢の家臣達も、そして……貴女もいました」
「ハイ、家臣からの人質に過ぎない私を、姫様は実の妹のように可愛がって下さいました……」
「数年後……悲しい事に、シン殿が王家に反旗を翻し、シン殿が送り込んで来た救出部隊に貴女が連れて行かれて、もう二度と会う事も無いと思っていましたが……」
「いいえ、あの時、私は連れ去られたのではありません。姫様は私が父上と再会出来るように、黙って私を送り出して下さったのでしょう?」

 涙ぐむマナにシルエッタが優しく話しかける。

「マナ……その事を恩義に感じてくれているのなら……私に救いの手を差し伸べて下さい……お願いです、私と共に」
「ひ、姫様──」
「おっと、そこまでだ!!」
「師匠!?」

 シルエッタに、影光のアイアンクローが炸裂した。

 
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