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【日常編】養子5日目、偽浮世絵騒動

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 養子5日目にして青夜は女刑事、小手紗璃奈と完全に知己を得ていた。

 何せ、毎日のように田中ビル内(決まって4階)に出没するのだから。

 それも勤務時間と思われる真っ昼間にだ。

 4階のバスルームで堂々とシャワーを浴びるどころか、葉月の部屋のベッドで1時間ほど仮眠してブラウスとパンツ姿で4階フロアの共有スペースを我が物顔で徘徊する紗璃奈に、青夜は堪らず、

「春先は変なのが出るはずなのに、異能警察って暇なんですか?」

「分かってないわね、少年。これが仕事なのよ」

「まさか、オレの警備?」

「そんな訳ないでしょ」

「なら、どうして?」

「あれ、もしかして知らないの?」

「何をです?」

 まだ田中家の家族の素性を詳しく知らない青夜がキョトンとすると、人の悪い顔で紗璃奈が、

「なら内緒。自力で調べなさい」

 と言った。

「それよりもどう?」

「何がです?」

「私のブラウス下着姿?」

「少年相手に何言ってるんですか? 都条例違反で捕まりたいんですか?」

 とのお坊ちゃん育ちの青夜の真面目まじめなズレたリアクションに、

「可愛くないわね」

「では、どうリアクションすれば良かったんです?」

「『凄く興奮します、お姉様』よ」

 紗璃奈の言葉を聞いて、青夜がまるで『男に相手にされてないんだな』と言わんばかりに気の毒そうな視線であわれむと、

「アナタ、今、凄く失礼な事を考えてるでしょ?」

「なら、彼氏、居たんですか?」

「女子大の付属育ちなのに居る訳ないでしょっ! 私は22歳で今月大学を卒業したところなのにっ!」

 青夜の追及は鋭く、

「えっ? まだ3月中旬ですよね? 卒業仕立てでもう警察なんですか?」

「あのねぇ~。警視庁異能課が中学生や高校生の異能力者に異能警察資格バッチをばら撒いて大規模な青田刈りをやってるのアナタも知ってるでしょ?」

 常識のように紗璃奈が言い、本当は青夜は知らなかったが、

「ああ」

 と知ったかぶりをすると、

「私も高1からやってるのよ、それで卒業と同時に配属よ」

「へぇ~」

 青夜が興味本位に、

「因みに階級は?」

「警視よ」

 胸を張って紗璃奈は答えたが、青夜が、

「強いんですね」

 と問うと、眼を泳がせながら、

「・・・まあ、ね」

「そちらの事情は分かりましたけど、余り大学生気分で入り浸らないで下さいね、本当。オレは平穏な生活がしたいんですから」

「どうして後から養子になったアナタに偉そうに注意されないといけないのよ。私はこのビルが新築された時からの常連なのに」

「常連って」

「本当よ、葉月に聞いてみなさいーーって、そう言えば今日は葉月は?」

「臨時の除霊らしいですよ」

 などと喋った訳だが、





 ◇





 同時刻、まだ青夜が素性を知らない三女アンジェリカの方はBB財団の日本支部ビルの来賓室に居た。

 側近数名が付き添う中、古美術商の剛腹ごうふくまことから渡された浮世絵を見て、

「これは・・・」

 と感激してきた。

 テーブルには一枚の浮世絵が置かれてある。

 絵は白髪の歌舞伎カツラに赤鬼のお面を左手に持った歌舞伎の化粧をした武士の姿だったが。

 それも邪気をその浮世絵は単体で放っていた。

「はい、江戸時代中期の浮世絵師、黄泉屋よみや死雨しさめの最高傑作『信長討伐英雄五十三氏』、その中でも不動の人気を誇る『十一番、『酒呑童子しゅてんどうじ新木あらき酒佐衛門しゅざえもん典孝のりたか』でございます。ここまで状態が良く邪気を放ってるものはもう出ないかと」

 会心のドヤ顔で実が頷く。

「誰が持ってたの?」

「栃木県の小宮という家の物です。古くなった蔵を潰すというので蔵の中の物を掃除していたら『これ』が普通の浮世絵の中に紛れ込んでいたと」

「価値の分からない素人が所蔵していた訳ね。だから今まで蔵で眠っていた、と」

 アンジェリカは内心で本物かどうかを吟味した。

 アンジェリカはお金持ちなので、偽物を掴ませて儲けようとする輩は結構居る。

 中には偽物を『本物だ』と疑わずに持ってくる者達も。

「本物なら日本円で300億を超えるわよね?」

「はい」

「買う方向で。但し、鑑定人をこちらも用意するわ。問題は保管だけど、こちらで預かる事も出来るけど・・・」

 アンジェリカの提案を、

「御冗談を」

 実は一蹴した。

 300億円相当の異能浮世絵だ。他人に預ける馬鹿など居る訳がない。

 そんな事はアンジェリカも分かっていたので、

「よね。そちらの警備は大丈夫なのよね? 途中で『すり替えられました』とかはなしにしてよ」

「御安心下さい」

 その後も商談は進んだ訳だが・・・





 これが事の発端で、





 アンジェリカが普段通りに夕方前に田中ビルに戻った時には事態は進展してきた。

 アンジェリカがドレスを着替える前に一番に3階に降りてきたのは愛で、

「どうしたの、アンちゃん、それ?」

 続いて4階に居た青夜も顔を見せて、

「凄い邪気だね。もしかして呪われてない?」

「それはないわよ。邪気を放つ浮世絵なら見たけど」

「邪気を放つ浮世絵? まさか、黄泉屋死雨の贋作?」

 青夜がそう言い当て、愛も、

「ああ、なら『ある』かもね」

 と納得する中、アンジェリカの方も青夜の言葉に、

「待った、贋作ってフェイクの事よね?」

 つまりは偽物だ。

 冗談ではない。

 秘蔵のコレクションになるはずの『あれ』が偽物だなんて。

 アンジェリカはそう思ったが、青夜が、

「何番だったの?」

「『十一番、『酒呑童子』新木酒佐衛門典孝』」

 とアンジェリカが言った瞬間、青夜と愛が同時に、

「・・・」

「完全な贋作ね」

 気の毒そうにアンジェリカを見たのだった。

 その反応だけで劣勢に立たされたアンジェリカが口を尖らせて、

「待ってよ。もしかしたら本物かも・・・」

 との言葉など、青夜の、

「本物はもう英国王室とアメリカの有名コレクターが持ってる二点だけだよ、アンジェリカさん」

「そうよ、アンちゃん。黄泉屋死雨の浮世絵は使えるのよ、一時的に封じた英雄の異能力が。使った後、絵は消えちゃうんだけど、それで戦時中に殆どが使われちゃって・・・」

「知ってるわよ、それくらい。でも残ってるのも・・・」

 アンジェリカもコレクターなのでそう言ったが、

「『酒呑童子』の枚数は最初から12枚しかなくて、残る10枚の使われた日時と場所と使った人物の記録があるのに?」

 愛に問われて、初耳のアンジェリカが、

「待って。そんなリストがあるなんて聞いた事ないわよ?」

「そりゃあ、表向き、リストは存在しない事になってるからね」

「どういう意味よ、ママ?」

 アンジェリカが眉を顰める中、愛が声のトーンを落として、

「ここだけの話だけど、『東条院青茄』って悪い男が2回の世界大戦で1人で『酒呑童子』だけで7枚も使ってて、緘口令が布かれてるのよ」

 アンジェリカが青夜を見ると、青夜が、

「えっ、何?」

「東条院って青夜の家の事よね?」

「違うよ、オレの家は田中ここだから」

 青夜は自分の足元の田中ビルを指差した。

「青夜のもと家の事よね?」

 アンジェリカが言い直すと、

「悪いのは全部戦争だよ。狂った時代の狂った戦争。そりゃ、死にたくないんだからバンバン使うって」

「バンバン? まさか、黄泉屋死雨の浮世絵を?」

「まあね。『十一番』7枚くらいで目くじらを立ててたら御先祖様、まあ、系譜的には傍系でオレ血は繋がってないんだけど、その人が使った枚数を知ったら気絶しちゃうよ、アンジェリカさん」

 青夜がさらりと言い、アンジェリカが愛を見ると愛は露骨に視線を逸らした。

「何枚なの、ママ?」

「『三十二番』は20枚全部かしら」

「『三十二番』? 『青龍』青馬? 古い写真でしか残っていない『欠番』じゃないの、それってぇぇぇっ?」

 実は浮世絵コレクターのアンジェリカがこの世の終わりみたいな悲鳴を上げる中、青夜と愛が視線を逸らしたので、

「他は? 何枚使ったの?」

「・・・まあ、それはまた今度って事で」

「そうそう。まずはその邪気をどうにかしないと」

 愛と青夜が誤魔化す中、

「教えるまで何もさせないわよ」

 こうしてアンジェリカは日本異能界がヒタ隠す黄泉屋死雨の浮世絵喪失リストを入手したのだった。





 アンジェリカの邪気祓いは別室で(青夜は入室禁止)裸になったアンジェリカの邪気を愛が祓って、それで簡単に決着が付いた。





 因みに東条院青茄が使った浮世絵の枚数は201枚だった。

 五十三氏の英雄の浮世絵なのだから1番号に付き4枚のはずだが、戦時な事もあり攻撃力の高い浮世絵から使われたらしく、かなり偏りがあった。





 ◇





 それで話は終わらなかった。





 翌日、一狼が寝込んだからだ。





 一狼が不在の朝食時の田中ビル3階のダイニングで愛が家族に向かって、

「一狼さんが寝込んだわ。どうも『鬼道』の呪詛で攻撃されたっぽいわ」

「何それ?」

 葉月がはっきり声に出して問う中、

「この中の誰かが攻撃されて、攻撃された子は『力』が強くて大丈夫だったけど、血の繋がりのある弱い一狼さんが代わりに呪詛を受けたっぽいの」

 愛は娘4人を見渡した。

 血の繋がっていない青夜は完全に部外者だ。

 なので、他人事ひとごとのように呑気に朝食を食べる中、

「アンちゃん、心当たりはない?」

「心当たりなんてあり過ぎて――もしかして昨日の浮世絵の邪気?」

「あるかもね。ともかく一狼さんの呪詛が祓えなくて大変なの。何とかしてちょうだい」

「わかったわ、ママ」

 とアンジェリカが了承する中、青夜が、

「食後にパパのお見舞いに行っていい、ママ?」

「ええ」

 と愛も承諾したのだった。





 田中ビルの5階の寝室では一狼がピンピンしていた。

「やあ、青夜」

「パパ、寝込んでたって聞いたけど?」

「愛が大袈裟なだけだよ」

 と一狼は笑ったが、呪詛の残り香は確かにあった。

(なるほど、完全には祓えてない訳か。これはまた今夜にでも呪詛に掛かるかもね)

 青夜はそう理解した。

「オレが養子になった直後に倒れられると困るから今日は静養しててね」

「わかったよ」

 と会話した青夜は早々にお見舞いを切り上げたのだった。





 養父・田中一狼がどうなろうと青夜の知った事ではない。

 それが通常の青夜のスタンスだったが。

 青夜は現在、死相がうっすらと出てる。

 一狼が倒れた事で青夜に害を及ぼすかもしれないと過敏に反応した。

 『次は自分かも』との疑心暗鬼に駆られた青夜は速攻で動き、外出着に着替えて屋上から跳躍で移動して・・・・・・





 元凶を叩いて秒で解決した。





 ◇





 アンジェリカは御立腹だった。

 何せ、贋作を掴まされそうになったのだから。

 普段は重役出勤のアンジェリカが怒りの余り9時30分に出社したほどだ。

 更にアンジェリカを怒らせたのがBB財団の日本支部ビルに呼び出した古美術商の剛腹実が30分経っても現れない事だ。

 ブチキレたアンジェリカが部隊を率いて剛腹の屋敷に出向けば、剛腹は室内の床で瀕死の呪詛に掛かって倒れてピクピクと痙攣していた。

 瀕死の呪詛(全身の肉が腐り始め、具現化した邪気のムカデが巻き付いてる)なので、余程の大組織が援助しなければ、もう助からないだろう。

 この呪詛の掛かり具合だと記憶も読めないかもしれない。

 床に落ちていた浮世絵サイズの紙は白紙だった。

 アンジェリカが触れた匂いも残ってる。

 これが例の『贋作のなれの果て』で間違いない。

(誰かが私よりも先に制裁を加えた訳ね)

 と理解したアンジェリカが、

「過去視で映像を見せて」

 命令し、部下が『鏡』を出して室内の過去の映像を映す。

 だが実は映ったが、

『ああ、腕輪が・・・えっ? 持ってない、もう持ってないぞ。違う、これはただのペンダントだ。ヒィ、お願いだ。もうBB財団には近付かない。だから、この護符タリスマンだけは見逃して下さいっ! お願いしますっ!(バリンッ)・・・ギャアアアアアアっ!』

 最後には土下座して命乞いをしていたが、1人芝居をしてるだけで犯人は映っていなかった。

 過去視対策もバッチリしてるらしい。

 凄腕の黒幕が居るっぽい。

 分かってるのは装備していた『呪詛を反射する』指輪、ペンダント、腕輪、胸飾りの4点のアクセサリーを総て破壊され、浮世絵の呪詛を被って古美術商の実が『こうなってる』って事だけだ。

「誰がやったのか調べなさいっ!」

 と命令したアンジェリカだったが、アンジェリカには誰がやったのかじつはもう分かっていた。

 アンジェリカの異能力の1つは『フェンリル・ブラッド』なのだ。

 つまりは『北欧神話フェンリル』の7分の1ワン・セブンス

 お陰で嗅覚が優れており、室内に充満する義弟の青夜の匂いを嗅ぎ取っていたのだ。

 なので不機嫌なままアンジェリカは剛腹の屋敷を出て田中ビルに直行した。





 田中ビルの自室で寛ぐ青夜の前でアンジェリカが、

「青夜、アナタ、剛腹の屋敷に行ったわよね?」

「誰それ?」

「古美術商よ」

「ああ、なら、さっき潰しておいたよ」

 さらっと青夜は答えた。

「どうして?」

「だってパパの呪詛の原因はあの贋作の浮世絵だったんだから。だからそれをアンジェリカさんに勧めたアイツに贋作の浮世絵の呪詛を全部被って貰ってパパに向かう呪詛を遮断したんだけどダメだった?」

「それじゃあ黒幕が誰か分からないじゃないの」

「黒幕はコイツだよ、誰かは分からないけど」

 青夜は剛腹実から抜いた記憶を指先に溜めてアンジェリカの額に当てて教えた。

 記憶がアンジェリカに移る。

 BB財団の敵対勢力かと思えば、BB財団の傘下の日本人だった。

 名前は確か最上大樹。

「あらら、舐められたものね」

 アンジェリカが眼を細める中、

「もういい?」

「待って。これはお礼ね」

 そう悪戯っぽく笑ったアンジェリカは青夜の後頭部を持って自分の胸の谷間に青夜の顔を導いたのだった。

 パフンッと柔らかくていい匂いで心地良い温かさの胸の谷間を堪能しながら、

「これがお礼なの?」

「嫌かしら?」

「うんん、嬉しいよ。アンジェリカさんの胸は妙に安らぐし」

 青夜はそう素直に感想を言って、柔らかなアメリカサイズの胸を堪能したのだった。

 5分以上たっぷりと。
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