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吉備鎖郎、山田信長、今年は2人

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 命日とはおかしなもので、23時59分59秒であろうとも、その時に死ねば、その日が命日となる。

 そして命日には霊魂を縛る特殊な法則が古今東西、全世界共通であるっぽかった。

 もしかしたら冥界や霊界や天国や地獄に、命日にだけ現世に顔を出せる1日外出券があるのかもしれない。

 命日には、そんな空想をいだかせるくらいの不思議な効果が確かにあった。





 そんな訳で、





 0時0分になって6月21日に日付が変わった瞬間に信長鎮魂祭が始まった。

 本能寺跡を含めた信長ゆかりの各地では一気に怨霊の数が増え、信長ゆかりの日本各地の神社仏閣や即席の祭壇では一斉に織田信長の魂を鎮めるべく異能系の宮司や高僧達が祝詞のりとやお経を唱え始めた。

 青夜達皇軍はお経を唱えるのには参加しない。

 警備の方を担当した。

 警備を担当するのは神社仏閣を邪気で汚して結界を破壊し、信長の亡霊の降臨を試みようとする信長の信奉者を逮捕する為だ。





 青夜が担当するのは本能寺あとだ。

 京都には今も本能寺が存在するが、それは豊臣秀吉が別に用意したダミーの方だった。

 江戸時代には何も知らないおバカがそちらに出向いて関係のない本能寺を邪気で汚して結界を壊し、

『さあ、信長よ、オレに憑け。あれ、どうして何も起こらないんだ?』

 と不思議がったものだが·······





 今やネット全盛時代。

 情報が溢れてる。

 今の本能寺が信長が死んだ本能寺でない事はチョチョイのチョイとスマホを指先で操ると知る事が出来た。





 というか、表の異能力の存在を知らない政治家や有識者達が本能寺跡に石碑なんかを建ててる始末だった。





 青夜と桃矢、皇居の阿吽両軍の最高司令官が守るだけあり、毎年、本能寺跡は信長の命日になると怨念が渦巻いていた。

 今年は特に酷く、京都中の神社仏閣を結んだ何十もの結界に封印されてる中で、怨念群が千体以上、渦巻いている。

 この怨霊らは退治しない。

 退治してもキリがないからだ。

 信長の命日の間はずっと湧いて出てくるので。

 なので鎮魂祭の時は神社仏閣を結んで結界を張って外に出ないようにしていた。

 正確には『その怨念を媒体に『本物の信長の怨念』が具現化して付近の人に憑依したりしないように結界を張っていた』だが。

 京都中の神社仏閣の力を注いで結界を作ってるが、それでも注意は必要だった。

 何せ、アホな奴はどこにでも居る。

 バケツに野犬の臓物か何かを入れて本能寺跡に近付こうとした馬鹿4人を阿軍が3キロ手前で捕縛していた。

 吽軍の下っ端も、変なバテレン系の外国人の牧師を1人、捕縛している。

 まだ0時になったところだというのに。

「これは・・・先が思いやられるな」

 青夜はビルの上から本能寺跡の石碑を見下ろして溜息を吐いたのだった。





 さて。

 通常、一番厄介な時間は丑三つ時だ。

 つまりは深夜2時から2時30分までの間。

 この時間帯は怨霊が活性化する。

 『真夜中や鬼門である丑寅の時刻だから』らしいが、理由なんて知らない。

 怨霊に聞いてくれ。

 そんな訳で青夜以下、全員が真剣に丑三つ時を警戒した。

 そして今年の鎮魂祭の丑三つ時は何も起こらなかった。





 信長が死んだ時間も意外や分かってる。

 何せ、異能力が『第六天魔王』なのだから。

 1582年当時、『第六天魔王』の異能力を封印する為に展開した聖域や結界内でも、その邪悪な存在感がビシビシと伝わっており、聖火に焼かれて死んだ際には、

「あ、死んだ」

 と討伐軍の凄腕達は全員が感じたのだから。

 よって、死んだ時間は早朝4時から始まった本能寺での信長討伐戦とうばつせんから3時間後の7時20分頃で、8時には完全に本能寺は全焼していた。





 なので、7時20分頃は最大の警戒が必要だった。

 通勤時間で人が行き交う中、認識妨害の術式を施した皇軍の軍服姿で真面目に警備してると・・・





 南西の方角、大阪側で例年よりも強力な『第六天魔王』の降臨を感じた。





(あっ、1人出た)





 青夜が背筋を正し、そして周囲を探った。

 京都の本能寺跡なんぞで降臨された日には洒落にならないからだ。

 本能寺跡周辺では信長の亡霊が人に取り憑く事はなかった。





 ◇





 同時刻の朝7時20分頃。

 場所は攝津天王寺砦跡周辺。

 大阪府は西日本なので警備の担当は皇居阿軍となった訳だが。





『天王寺? 天王山の事か、もしかして? そこは明智光秀と豊臣秀吉の決戦の場所で織田信長とは何も関係ないだろ?』





 と思うかも知れないが、天王山ではなく天王寺砦跡で間違ってはいない。

 そしてこの天王寺砦跡は、意外や織田信長が負傷した場所でもあり、異能界では霊的にも重要な場所だった。

 何せ、『第六天魔王』織田信長本人の血が地面に流れ落ちたのだから。

 お陰で当時は石山本願寺の結界があったにも関わらず、周辺は邪気や死霊で汚染されたらしい。





 そんな訳で、皇居阿軍200人以上が重要警戒地域の天王寺砦跡に滞在していた訳だが、味方の数が多くて気が緩んだのか、結界内で凄い数の怨霊が渦巻く様子を結界の外から見て、

「凄い数だな。これだけの数、怨霊が集まってるんだから本当に出るかもな、織田信長の亡霊?」

「居るなら見てみたいものだが」

 と身の程知らずにもそう呟いたのが18歳、身長188センチ、黒髪でピンクのメッシュ入りのチャラ男風の吉備一族の中堅どころの吉備鎖郎さろうだったのだが、





『であるか』 





 との声が聞こえ、

「ほえ?」

「今、何か聞こえなかったか」

「ああ」

 その場に居た20人以上が警戒して周囲を見渡せば、20代、187センチ(実物の身長とは違います)の総髪イケメンでまげすらしていない西洋鎧姿の織田信長の亡霊が降臨していた。





『ふむ。余を信じぬだけあり、なかなかの力量のようだな。よし、そちとしよう』





 と査定すると吉備鎖郎に突進して来て、

「亡霊ごときがっ!」

 阿軍20人が霊銃や天使ライフルや霊刀や炎刀で応戦したが、それらを簡単にすり抜けて鎖郎の身体に入ると同時に、





「グアアアアアアアアアア」





 鎖郎が悲鳴を上げた。





 周囲が、

「おい、どうするんだよ、これ?」

「殺すんだよな?」

「吉備一族を? 無理無理」

 なんてやってる内に、





 20秒があっという間に過ぎて、不意に苦しむのを鎖郎は止めた。

 顔を上げた鎖郎は日本人なので黒色の瞳だったが、今は瞳を銀色に怪しく輝かせて、





「ふむ。『桃太郎』だったか。悪くはないな」





 と呟きながらその場に居た阿軍20人を簡単に虐殺した後、鎖郎は姿を消したのだった。





 ◇





 京都に居た吉備桃矢にその報告が入ったのは10分後だった。

 20人が瞬殺だった為に他の天王寺砦跡に居た部隊との連携が取れず『まんまと逃げられた』と聞き、

「役立たずがっ! 吉備一族が信長の亡霊に憑かれるなど前代未聞だぞっ!」

 怒り任せにスマホをバキッと握り潰したのだった。





 ◇





 信長鎮魂祭では皇居吽軍の最高司令官である青夜も他の兵同様、一睡も眠れなかった。

 強い奴ほど眠れないのがこの鎮魂祭なのだ。

 『織田信長の亡霊』側だって雑魚より強い奴の身体に憑依したいのだから。

 寝て油断して仮眠してるところを『織田信長の亡霊』に憑依された事例は江戸時代からあり、それからは異能力者は寝ずに24時間鎮魂祭を過ごすのが通例となっていた。





 特別な時間でないのなら・・・・・・

 昼と夜なら『怨霊』は断然夜に出る。

 よって今年の鎮魂祭では昼間に『第六天魔王』の降臨はなかった。

 だが、それは結果論だ。

 祝詞やお経を一心不乱に唱え続ける宮司や僧侶達、警備をしている皇軍は昼間も真面目に働いた。





 そして日が暮れて、夕食を食べて、本能寺跡周辺の警備に戻った青夜が後4時間で命日が終わると思った夜8時頃だった。

 また南西側の大阪府で強力な『第六天魔王』の降臨を感じた。





(ん? 同じ場所か、もしかして? 今年は阿軍が当たり年だな。まあ、桃矢さんが狩って終わりだろうけど)





 青夜は呑気にそう思ったくらいだった。





 ◇





 さて。

 名前にはその名が持つ不思議な力がある。

 そして人は自分の名前を勝手には付けられない。

 親が名前を付けるからだ。

 頭の悪い親にキラキラネームなんぞを名付けられた日にはその子供は他人よりも要らぬ苦難を背負しょい込む訳だが・・・

 偉人の名前を付けられた子供も色々と大変だった。

 中でも異能力の事を何も知らぬ一般人の親が『信長』なんぞを息子に名付けた日には。





 そんな訳で今年の2人目の『信長の亡霊』の憑依者は山田信長という一般人だった。





 同時刻である夜8時頃。

 またしても場所は天王寺砦跡だったが、2人目の憑依者の出現は警備をしていた皇居阿軍の明らかな失策だった。

 まだ鎮魂祭の当日だというのに『過去視』をして『信長の亡霊』が憑いた吉備鎖郎の追跡調査を始め、その調査にあろう事か天王寺砦跡警備の部隊の人員を割いたのだから。

 その為に天王寺砦跡の警備が手薄となり、アホな信長信奉者のチーム5人が安物の邪気玉7つを、天王寺砦跡の周囲に展開する結界の外側で割る事に成功する。

 慌てて残る警備の皇軍がその5人を取り押さえたところに・・・・・・・

 一般人の山田信長という19歳。身長168センチ。茶髪でモブ顔の大学生がバイト帰りにスクーターで通り掛かった訳だ。

 『信長』という名前なのだ。

 それだけでチェックの対象だ。

 実は山田信長は毎年3回はチェックされてる。というか、もう皇居阿軍に知らぬ間に目印の術を身体に付けられてて、いつでもどこに居るか分かる体制が取られており、異能力と何の関係もない生活をしていたので、毎年定期的にチェックされるだけで済んでいたのだが、

 偶然か、それとも必然か。

 結界が揺らいだところに、信長という名前の山田信長がスクーターで通り掛かり、そして、





「何だ? イテテテテテテ・・・頭が・・・」





 苦しみ出した。

 運転中だったので何もない住宅路でスクーターを転倒させる始末だ。

 その後、アスファルトの上を転がって動かなかったが・・・

 10秒後に立ち上がった山田信長は眼の色を銀色に輝かせて、グーパーする自分の両手を見ながら、

「ん? 何だ、この身体は? 異能力がまるで『ない』ではないか。どうしてこんな身体に引き寄せられたんだ? ーー? 引き寄せられただけあり、妙に身体が馴染むが・・・」

 山田信長の身体に憑依した信長の亡霊が遅蒔きに駆け付けた陰陽師風の阿軍2人を睨み、

「あれくらいなら簡単に引き裂けそうだ」

 そう笑うと山田信長は軍服を纏った阿軍の陰陽師に襲い掛かり、倒した後に装備品を奪って去っていったのだった。




 ◇





 例年なら2人で打ち止めでもいいくらいだが、夜は始まったばかりだ。

 よって真剣に警備したが、青夜は高1だ。

 さすがに20時間以上起きてたら眠くなってきたが、それでも眠気を我慢して真面目に警備した。





 そして時計の針が22時54分を指した頃。

 本能寺跡で渦巻く千体の怨霊群の勢いが下火となり、自然と数が減り始めた。

 それで信長鎮魂祭は終わりが近付いた事を皆が知り、『あと少しだ』と気力を奮い立たせた。

 更に怨霊の勢いが衰え、数が減り続け、





 青夜の腕時計の針が23時49分を指した時だった。

 本能寺跡の結界内で蠢いていた200体近くの怨念が一瞬で弾けたように居なくなったのだ。

「おっ、居なくなった・・・『11分残し』だけど、もう終わったのか? いや、それは結界の強い本能寺跡だけで他はまだ残ってるかも」

 と呟き、

(ん? 『日本神話ヤマタノオロチ・伍ノ首』が出現した年なのに鎮魂祭が例年通りに終わる? 何だろ、何かが違うっぽいけど)

 そう青夜は何かを見落としてる感覚に襲われて警戒したのだった。





 だが、3人目の降臨はなく、今年の『第六天魔王』の降臨は2人で済んだのだった。
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