94 / 123
吉備鎖郎、山田信長、今年は2人
しおりを挟む
命日とはおかしなもので、23時59分59秒であろうとも、その時に死ねば、その日が命日となる。
そして命日には霊魂を縛る特殊な法則が古今東西、全世界共通であるっぽかった。
もしかしたら冥界や霊界や天国や地獄に、命日にだけ現世に顔を出せる1日外出券があるのかもしれない。
命日には、そんな空想を抱かせるくらいの不思議な効果が確かにあった。
そんな訳で、
0時0分になって6月21日に日付が変わった瞬間に信長鎮魂祭が始まった。
本能寺跡を含めた信長ゆかりの各地では一気に怨霊の数が増え、信長ゆかりの日本各地の神社仏閣や即席の祭壇では一斉に織田信長の魂を鎮めるべく異能系の宮司や高僧達が祝詞やお経を唱え始めた。
青夜達皇軍はお経を唱えるのには参加しない。
警備の方を担当した。
警備を担当するのは神社仏閣を邪気で汚して結界を破壊し、信長の亡霊の降臨を試みようとする信長の信奉者を逮捕する為だ。
青夜が担当するのは本能寺跡だ。
京都には今も本能寺が存在するが、それは豊臣秀吉が別に用意したダミーの方だった。
江戸時代には何も知らないおバカがそちらに出向いて関係のない本能寺を邪気で汚して結界を壊し、
『さあ、信長よ、オレに憑け。あれ、どうして何も起こらないんだ?』
と不思議がったものだが·······
今やネット全盛時代。
情報が溢れてる。
今の本能寺が信長が死んだ本能寺でない事はチョチョイのチョイとスマホを指先で操ると知る事が出来た。
というか、表の異能力の存在を知らない政治家や有識者達が本能寺跡に石碑なんかを建ててる始末だった。
青夜と桃矢、皇居の阿吽両軍の最高司令官が守るだけあり、毎年、本能寺跡は信長の命日になると怨念が渦巻いていた。
今年は特に酷く、京都中の神社仏閣を結んだ何十もの結界に封印されてる中で、怨念群が千体以上、渦巻いている。
この怨霊らは退治しない。
退治してもキリがないからだ。
信長の命日の間はずっと湧いて出てくるので。
なので鎮魂祭の時は神社仏閣を結んで結界を張って外に出ないようにしていた。
正確には『その怨念を媒体に『本物の信長の怨念』が具現化して付近の人に憑依したりしないように結界を張っていた』だが。
京都中の神社仏閣の力を注いで結界を作ってるが、それでも注意は必要だった。
何せ、アホな奴はどこにでも居る。
バケツに野犬の臓物か何かを入れて本能寺跡に近付こうとした馬鹿4人を阿軍が3キロ手前で捕縛していた。
吽軍の下っ端も、変なバテレン系の外国人の牧師を1人、捕縛している。
まだ0時になったところだというのに。
「これは・・・先が思いやられるな」
青夜はビルの上から本能寺跡の石碑を見下ろして溜息を吐いたのだった。
さて。
通常、一番厄介な時間は丑三つ時だ。
つまりは深夜2時から2時30分までの間。
この時間帯は怨霊が活性化する。
『真夜中や鬼門である丑寅の時刻だから』らしいが、理由なんて知らない。
怨霊に聞いてくれ。
そんな訳で青夜以下、全員が真剣に丑三つ時を警戒した。
そして今年の鎮魂祭の丑三つ時は何も起こらなかった。
信長が死んだ時間も意外や分かってる。
何せ、異能力が『第六天魔王』なのだから。
1582年当時、『第六天魔王』の異能力を封印する為に展開した聖域や結界内でも、その邪悪な存在感がビシビシと伝わっており、聖火に焼かれて死んだ際には、
「あ、死んだ」
と討伐軍の凄腕達は全員が感じたのだから。
よって、死んだ時間は早朝4時から始まった本能寺での信長討伐戦から3時間後の7時20分頃で、8時には完全に本能寺は全焼していた。
なので、7時20分頃は最大の警戒が必要だった。
通勤時間で人が行き交う中、認識妨害の術式を施した皇軍の軍服姿で真面目に警備してると・・・
南西の方角、大阪側で例年よりも強力な『第六天魔王』の降臨を感じた。
(あっ、1人出た)
青夜が背筋を正し、そして周囲を探った。
京都の本能寺跡なんぞで降臨された日には洒落にならないからだ。
本能寺跡周辺では信長の亡霊が人に取り憑く事はなかった。
◇
同時刻の朝7時20分頃。
場所は攝津天王寺砦跡周辺。
大阪府は西日本なので警備の担当は皇居阿軍となった訳だが。
『天王寺? 天王山の事か、もしかして? そこは明智光秀と豊臣秀吉の決戦の場所で織田信長とは何も関係ないだろ?』
と思うかも知れないが、天王山ではなく天王寺砦跡で間違ってはいない。
そしてこの天王寺砦跡は、意外や織田信長が負傷した場所でもあり、異能界では霊的にも重要な場所だった。
何せ、『第六天魔王』織田信長本人の血が地面に流れ落ちたのだから。
お陰で当時は石山本願寺の結界があったにも関わらず、周辺は邪気や死霊で汚染されたらしい。
そんな訳で、皇居阿軍200人以上が重要警戒地域の天王寺砦跡に滞在していた訳だが、味方の数が多くて気が緩んだのか、結界内で凄い数の怨霊が渦巻く様子を結界の外から見て、
「凄い数だな。これだけの数、怨霊が集まってるんだから本当に出るかもな、織田信長の亡霊?」
「居るなら見てみたいものだが」
と身の程知らずにもそう呟いたのが18歳、身長188センチ、黒髪でピンクのメッシュ入りのチャラ男風の吉備一族の中堅どころの吉備鎖郎だったのだが、
『であるか』
との声が聞こえ、
「ほえ?」
「今、何か聞こえなかったか」
「ああ」
その場に居た20人以上が警戒して周囲を見渡せば、20代、187センチ(実物の身長とは違います)の総髪イケメンで髷すらしていない西洋鎧姿の織田信長の亡霊が降臨していた。
『ふむ。余を信じぬだけあり、なかなかの力量のようだな。よし、そちとしよう』
と査定すると吉備鎖郎に突進して来て、
「亡霊ごときがっ!」
阿軍20人が霊銃や天使ライフルや霊刀や炎刀で応戦したが、それらを簡単にすり抜けて鎖郎の身体に入ると同時に、
「グアアアアアアアアアア」
鎖郎が悲鳴を上げた。
周囲が、
「おい、どうするんだよ、これ?」
「殺すんだよな?」
「吉備一族を? 無理無理」
なんてやってる内に、
20秒があっという間に過ぎて、不意に苦しむのを鎖郎は止めた。
顔を上げた鎖郎は日本人なので黒色の瞳だったが、今は瞳を銀色に怪しく輝かせて、
「ふむ。『桃太郎』だったか。悪くはないな」
と呟きながらその場に居た阿軍20人を簡単に虐殺した後、鎖郎は姿を消したのだった。
◇
京都に居た吉備桃矢にその報告が入ったのは10分後だった。
20人が瞬殺だった為に他の天王寺砦跡に居た部隊との連携が取れず『まんまと逃げられた』と聞き、
「役立たずがっ! 吉備一族が信長の亡霊に憑かれるなど前代未聞だぞっ!」
怒り任せにスマホをバキッと握り潰したのだった。
◇
信長鎮魂祭では皇居吽軍の最高司令官である青夜も他の兵同様、一睡も眠れなかった。
強い奴ほど眠れないのがこの鎮魂祭なのだ。
『織田信長の亡霊』側だって雑魚より強い奴の身体に憑依したいのだから。
寝て油断して仮眠してるところを『織田信長の亡霊』に憑依された事例は江戸時代からあり、それからは異能力者は寝ずに24時間鎮魂祭を過ごすのが通例となっていた。
特別な時間でないのなら・・・・・・
昼と夜なら『怨霊』は断然夜に出る。
よって今年の鎮魂祭では昼間に『第六天魔王』の降臨はなかった。
だが、それは結果論だ。
祝詞やお経を一心不乱に唱え続ける宮司や僧侶達、警備をしている皇軍は昼間も真面目に働いた。
そして日が暮れて、夕食を食べて、本能寺跡周辺の警備に戻った青夜が後4時間で命日が終わると思った夜8時頃だった。
また南西側の大阪府で強力な『第六天魔王』の降臨を感じた。
(ん? 同じ場所か、もしかして? 今年は阿軍が当たり年だな。まあ、桃矢さんが狩って終わりだろうけど)
青夜は呑気にそう思ったくらいだった。
◇
さて。
名前にはその名が持つ不思議な力がある。
そして人は自分の名前を勝手には付けられない。
親が名前を付けるからだ。
頭の悪い親にキラキラネームなんぞを名付けられた日にはその子供は他人よりも要らぬ苦難を背負い込む訳だが・・・
偉人の名前を付けられた子供も色々と大変だった。
中でも異能力の事を何も知らぬ一般人の親が『信長』なんぞを息子に名付けた日には。
そんな訳で今年の2人目の『信長の亡霊』の憑依者は山田信長という一般人だった。
同時刻である夜8時頃。
またしても場所は天王寺砦跡だったが、2人目の憑依者の出現は警備をしていた皇居阿軍の明らかな失策だった。
まだ鎮魂祭の当日だというのに『過去視』をして『信長の亡霊』が憑いた吉備鎖郎の追跡調査を始め、その調査にあろう事か天王寺砦跡警備の部隊の人員を割いたのだから。
その為に天王寺砦跡の警備が手薄となり、アホな信長信奉者のチーム5人が安物の邪気玉7つを、天王寺砦跡の周囲に展開する結界の外側で割る事に成功する。
慌てて残る警備の皇軍がその5人を取り押さえたところに・・・・・・・
一般人の山田信長という19歳。身長168センチ。茶髪でモブ顔の大学生がバイト帰りにスクーターで通り掛かった訳だ。
『信長』という名前なのだ。
それだけでチェックの対象だ。
実は山田信長は毎年3回はチェックされてる。というか、もう皇居阿軍に知らぬ間に目印の術を身体に付けられてて、いつでもどこに居るか分かる体制が取られており、異能力と何の関係もない生活をしていたので、毎年定期的にチェックされるだけで済んでいたのだが、
偶然か、それとも必然か。
結界が揺らいだところに、信長という名前の山田信長がスクーターで通り掛かり、そして、
「何だ? イテテテテテテ・・・頭が・・・」
苦しみ出した。
運転中だったので何もない住宅路でスクーターを転倒させる始末だ。
その後、アスファルトの上を転がって動かなかったが・・・
10秒後に立ち上がった山田信長は眼の色を銀色に輝かせて、グーパーする自分の両手を見ながら、
「ん? 何だ、この身体は? 異能力がまるで『ない』ではないか。どうしてこんな身体に引き寄せられたんだ? ーー? 引き寄せられただけあり、妙に身体が馴染むが・・・」
山田信長の身体に憑依した信長の亡霊が遅蒔きに駆け付けた陰陽師風の阿軍2人を睨み、
「あれくらいなら簡単に引き裂けそうだ」
そう笑うと山田信長は軍服を纏った阿軍の陰陽師に襲い掛かり、倒した後に装備品を奪って去っていったのだった。
◇
例年なら2人で打ち止めでもいいくらいだが、夜は始まったばかりだ。
よって真剣に警備したが、青夜は高1だ。
さすがに20時間以上起きてたら眠くなってきたが、それでも眠気を我慢して真面目に警備した。
そして時計の針が22時54分を指した頃。
本能寺跡で渦巻く千体の怨霊群の勢いが下火となり、自然と数が減り始めた。
それで信長鎮魂祭は終わりが近付いた事を皆が知り、『あと少しだ』と気力を奮い立たせた。
更に怨霊の勢いが衰え、数が減り続け、
青夜の腕時計の針が23時49分を指した時だった。
本能寺跡の結界内で蠢いていた200体近くの怨念が一瞬で弾けたように居なくなったのだ。
「おっ、居なくなった・・・『11分残し』だけど、もう終わったのか? いや、それは結界の強い本能寺跡だけで他はまだ残ってるかも」
と呟き、
(ん? 『日本神話ヤマタノオロチ・伍ノ首』が出現した年なのに鎮魂祭が例年通りに終わる? 何だろ、何かが違うっぽいけど)
そう青夜は何かを見落としてる感覚に襲われて警戒したのだった。
だが、3人目の降臨はなく、今年の『第六天魔王』の降臨は2人で済んだのだった。
そして命日には霊魂を縛る特殊な法則が古今東西、全世界共通であるっぽかった。
もしかしたら冥界や霊界や天国や地獄に、命日にだけ現世に顔を出せる1日外出券があるのかもしれない。
命日には、そんな空想を抱かせるくらいの不思議な効果が確かにあった。
そんな訳で、
0時0分になって6月21日に日付が変わった瞬間に信長鎮魂祭が始まった。
本能寺跡を含めた信長ゆかりの各地では一気に怨霊の数が増え、信長ゆかりの日本各地の神社仏閣や即席の祭壇では一斉に織田信長の魂を鎮めるべく異能系の宮司や高僧達が祝詞やお経を唱え始めた。
青夜達皇軍はお経を唱えるのには参加しない。
警備の方を担当した。
警備を担当するのは神社仏閣を邪気で汚して結界を破壊し、信長の亡霊の降臨を試みようとする信長の信奉者を逮捕する為だ。
青夜が担当するのは本能寺跡だ。
京都には今も本能寺が存在するが、それは豊臣秀吉が別に用意したダミーの方だった。
江戸時代には何も知らないおバカがそちらに出向いて関係のない本能寺を邪気で汚して結界を壊し、
『さあ、信長よ、オレに憑け。あれ、どうして何も起こらないんだ?』
と不思議がったものだが·······
今やネット全盛時代。
情報が溢れてる。
今の本能寺が信長が死んだ本能寺でない事はチョチョイのチョイとスマホを指先で操ると知る事が出来た。
というか、表の異能力の存在を知らない政治家や有識者達が本能寺跡に石碑なんかを建ててる始末だった。
青夜と桃矢、皇居の阿吽両軍の最高司令官が守るだけあり、毎年、本能寺跡は信長の命日になると怨念が渦巻いていた。
今年は特に酷く、京都中の神社仏閣を結んだ何十もの結界に封印されてる中で、怨念群が千体以上、渦巻いている。
この怨霊らは退治しない。
退治してもキリがないからだ。
信長の命日の間はずっと湧いて出てくるので。
なので鎮魂祭の時は神社仏閣を結んで結界を張って外に出ないようにしていた。
正確には『その怨念を媒体に『本物の信長の怨念』が具現化して付近の人に憑依したりしないように結界を張っていた』だが。
京都中の神社仏閣の力を注いで結界を作ってるが、それでも注意は必要だった。
何せ、アホな奴はどこにでも居る。
バケツに野犬の臓物か何かを入れて本能寺跡に近付こうとした馬鹿4人を阿軍が3キロ手前で捕縛していた。
吽軍の下っ端も、変なバテレン系の外国人の牧師を1人、捕縛している。
まだ0時になったところだというのに。
「これは・・・先が思いやられるな」
青夜はビルの上から本能寺跡の石碑を見下ろして溜息を吐いたのだった。
さて。
通常、一番厄介な時間は丑三つ時だ。
つまりは深夜2時から2時30分までの間。
この時間帯は怨霊が活性化する。
『真夜中や鬼門である丑寅の時刻だから』らしいが、理由なんて知らない。
怨霊に聞いてくれ。
そんな訳で青夜以下、全員が真剣に丑三つ時を警戒した。
そして今年の鎮魂祭の丑三つ時は何も起こらなかった。
信長が死んだ時間も意外や分かってる。
何せ、異能力が『第六天魔王』なのだから。
1582年当時、『第六天魔王』の異能力を封印する為に展開した聖域や結界内でも、その邪悪な存在感がビシビシと伝わっており、聖火に焼かれて死んだ際には、
「あ、死んだ」
と討伐軍の凄腕達は全員が感じたのだから。
よって、死んだ時間は早朝4時から始まった本能寺での信長討伐戦から3時間後の7時20分頃で、8時には完全に本能寺は全焼していた。
なので、7時20分頃は最大の警戒が必要だった。
通勤時間で人が行き交う中、認識妨害の術式を施した皇軍の軍服姿で真面目に警備してると・・・
南西の方角、大阪側で例年よりも強力な『第六天魔王』の降臨を感じた。
(あっ、1人出た)
青夜が背筋を正し、そして周囲を探った。
京都の本能寺跡なんぞで降臨された日には洒落にならないからだ。
本能寺跡周辺では信長の亡霊が人に取り憑く事はなかった。
◇
同時刻の朝7時20分頃。
場所は攝津天王寺砦跡周辺。
大阪府は西日本なので警備の担当は皇居阿軍となった訳だが。
『天王寺? 天王山の事か、もしかして? そこは明智光秀と豊臣秀吉の決戦の場所で織田信長とは何も関係ないだろ?』
と思うかも知れないが、天王山ではなく天王寺砦跡で間違ってはいない。
そしてこの天王寺砦跡は、意外や織田信長が負傷した場所でもあり、異能界では霊的にも重要な場所だった。
何せ、『第六天魔王』織田信長本人の血が地面に流れ落ちたのだから。
お陰で当時は石山本願寺の結界があったにも関わらず、周辺は邪気や死霊で汚染されたらしい。
そんな訳で、皇居阿軍200人以上が重要警戒地域の天王寺砦跡に滞在していた訳だが、味方の数が多くて気が緩んだのか、結界内で凄い数の怨霊が渦巻く様子を結界の外から見て、
「凄い数だな。これだけの数、怨霊が集まってるんだから本当に出るかもな、織田信長の亡霊?」
「居るなら見てみたいものだが」
と身の程知らずにもそう呟いたのが18歳、身長188センチ、黒髪でピンクのメッシュ入りのチャラ男風の吉備一族の中堅どころの吉備鎖郎だったのだが、
『であるか』
との声が聞こえ、
「ほえ?」
「今、何か聞こえなかったか」
「ああ」
その場に居た20人以上が警戒して周囲を見渡せば、20代、187センチ(実物の身長とは違います)の総髪イケメンで髷すらしていない西洋鎧姿の織田信長の亡霊が降臨していた。
『ふむ。余を信じぬだけあり、なかなかの力量のようだな。よし、そちとしよう』
と査定すると吉備鎖郎に突進して来て、
「亡霊ごときがっ!」
阿軍20人が霊銃や天使ライフルや霊刀や炎刀で応戦したが、それらを簡単にすり抜けて鎖郎の身体に入ると同時に、
「グアアアアアアアアアア」
鎖郎が悲鳴を上げた。
周囲が、
「おい、どうするんだよ、これ?」
「殺すんだよな?」
「吉備一族を? 無理無理」
なんてやってる内に、
20秒があっという間に過ぎて、不意に苦しむのを鎖郎は止めた。
顔を上げた鎖郎は日本人なので黒色の瞳だったが、今は瞳を銀色に怪しく輝かせて、
「ふむ。『桃太郎』だったか。悪くはないな」
と呟きながらその場に居た阿軍20人を簡単に虐殺した後、鎖郎は姿を消したのだった。
◇
京都に居た吉備桃矢にその報告が入ったのは10分後だった。
20人が瞬殺だった為に他の天王寺砦跡に居た部隊との連携が取れず『まんまと逃げられた』と聞き、
「役立たずがっ! 吉備一族が信長の亡霊に憑かれるなど前代未聞だぞっ!」
怒り任せにスマホをバキッと握り潰したのだった。
◇
信長鎮魂祭では皇居吽軍の最高司令官である青夜も他の兵同様、一睡も眠れなかった。
強い奴ほど眠れないのがこの鎮魂祭なのだ。
『織田信長の亡霊』側だって雑魚より強い奴の身体に憑依したいのだから。
寝て油断して仮眠してるところを『織田信長の亡霊』に憑依された事例は江戸時代からあり、それからは異能力者は寝ずに24時間鎮魂祭を過ごすのが通例となっていた。
特別な時間でないのなら・・・・・・
昼と夜なら『怨霊』は断然夜に出る。
よって今年の鎮魂祭では昼間に『第六天魔王』の降臨はなかった。
だが、それは結果論だ。
祝詞やお経を一心不乱に唱え続ける宮司や僧侶達、警備をしている皇軍は昼間も真面目に働いた。
そして日が暮れて、夕食を食べて、本能寺跡周辺の警備に戻った青夜が後4時間で命日が終わると思った夜8時頃だった。
また南西側の大阪府で強力な『第六天魔王』の降臨を感じた。
(ん? 同じ場所か、もしかして? 今年は阿軍が当たり年だな。まあ、桃矢さんが狩って終わりだろうけど)
青夜は呑気にそう思ったくらいだった。
◇
さて。
名前にはその名が持つ不思議な力がある。
そして人は自分の名前を勝手には付けられない。
親が名前を付けるからだ。
頭の悪い親にキラキラネームなんぞを名付けられた日にはその子供は他人よりも要らぬ苦難を背負い込む訳だが・・・
偉人の名前を付けられた子供も色々と大変だった。
中でも異能力の事を何も知らぬ一般人の親が『信長』なんぞを息子に名付けた日には。
そんな訳で今年の2人目の『信長の亡霊』の憑依者は山田信長という一般人だった。
同時刻である夜8時頃。
またしても場所は天王寺砦跡だったが、2人目の憑依者の出現は警備をしていた皇居阿軍の明らかな失策だった。
まだ鎮魂祭の当日だというのに『過去視』をして『信長の亡霊』が憑いた吉備鎖郎の追跡調査を始め、その調査にあろう事か天王寺砦跡警備の部隊の人員を割いたのだから。
その為に天王寺砦跡の警備が手薄となり、アホな信長信奉者のチーム5人が安物の邪気玉7つを、天王寺砦跡の周囲に展開する結界の外側で割る事に成功する。
慌てて残る警備の皇軍がその5人を取り押さえたところに・・・・・・・
一般人の山田信長という19歳。身長168センチ。茶髪でモブ顔の大学生がバイト帰りにスクーターで通り掛かった訳だ。
『信長』という名前なのだ。
それだけでチェックの対象だ。
実は山田信長は毎年3回はチェックされてる。というか、もう皇居阿軍に知らぬ間に目印の術を身体に付けられてて、いつでもどこに居るか分かる体制が取られており、異能力と何の関係もない生活をしていたので、毎年定期的にチェックされるだけで済んでいたのだが、
偶然か、それとも必然か。
結界が揺らいだところに、信長という名前の山田信長がスクーターで通り掛かり、そして、
「何だ? イテテテテテテ・・・頭が・・・」
苦しみ出した。
運転中だったので何もない住宅路でスクーターを転倒させる始末だ。
その後、アスファルトの上を転がって動かなかったが・・・
10秒後に立ち上がった山田信長は眼の色を銀色に輝かせて、グーパーする自分の両手を見ながら、
「ん? 何だ、この身体は? 異能力がまるで『ない』ではないか。どうしてこんな身体に引き寄せられたんだ? ーー? 引き寄せられただけあり、妙に身体が馴染むが・・・」
山田信長の身体に憑依した信長の亡霊が遅蒔きに駆け付けた陰陽師風の阿軍2人を睨み、
「あれくらいなら簡単に引き裂けそうだ」
そう笑うと山田信長は軍服を纏った阿軍の陰陽師に襲い掛かり、倒した後に装備品を奪って去っていったのだった。
◇
例年なら2人で打ち止めでもいいくらいだが、夜は始まったばかりだ。
よって真剣に警備したが、青夜は高1だ。
さすがに20時間以上起きてたら眠くなってきたが、それでも眠気を我慢して真面目に警備した。
そして時計の針が22時54分を指した頃。
本能寺跡で渦巻く千体の怨霊群の勢いが下火となり、自然と数が減り始めた。
それで信長鎮魂祭は終わりが近付いた事を皆が知り、『あと少しだ』と気力を奮い立たせた。
更に怨霊の勢いが衰え、数が減り続け、
青夜の腕時計の針が23時49分を指した時だった。
本能寺跡の結界内で蠢いていた200体近くの怨念が一瞬で弾けたように居なくなったのだ。
「おっ、居なくなった・・・『11分残し』だけど、もう終わったのか? いや、それは結界の強い本能寺跡だけで他はまだ残ってるかも」
と呟き、
(ん? 『日本神話ヤマタノオロチ・伍ノ首』が出現した年なのに鎮魂祭が例年通りに終わる? 何だろ、何かが違うっぽいけど)
そう青夜は何かを見落としてる感覚に襲われて警戒したのだった。
だが、3人目の降臨はなく、今年の『第六天魔王』の降臨は2人で済んだのだった。
12
お気に入りに追加
2,166
あなたにおすすめの小説
14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク
普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。
だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。
洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。
------
この子のおかげで作家デビューできました
ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~
WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
1~8巻好評発売中です!
※2022年7月12日に本編は完結しました。
◇ ◇ ◇
ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。
ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。
晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。
しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。
胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。
そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──
ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?
前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる