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近隣への引っ越しの御挨拶、主人と使用人、青夜を狙う13人

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 まだ豪邸に引っ越した日の当日だ。

 というか、引っ越した当日だからこそやらなければならない事がある。

 それは近隣への引っ越しの挨拶だ。





 まあ、引っ越しして近隣に引っ越しの挨拶に行くかは人それぞれだ。





 田中家でも、





 引っ越しの挨拶賛成派が愛、葉月。

 引っ越しの挨拶なんて『いいんじゃない』派がアンジェリカ、シャンリー。





 このように分かれていた。

 青夜は正直どっちでも良かったが物珍しかったので挨拶回りについて行く事にした。





 大豪邸が並ぶ一角だったので最初に向かった田中家の右隣も豪邸だった。

 表札は『若林』。

 ありふれた名前だ。別に異能界の名家でも何でもない。

 藤名月弥からの調査報告ではドイツ車の輸入ディーラーで成功したらしい。

 そして、さすがは豪邸が並ぶ一角だ。

 住人ではなく使用人が応対した。

 次に挨拶に出向いた家は正面3軒の右側の豪邸で表札は『上月こうづき』。

 仕事はチェーン展開する牛丼屋の常務で2代続く富豪の家柄。

 次の次に挨拶に出向いた家は正面3軒の田中邸の真正面の豪邸で表札は『秋谷』。

 こちらは4代連続で官僚を輩出した家柄だった。

 この3軒は使用人が応対したが、何ら問題はない。

 異能力を持たないただの金持ちなのだから。





 だが、正面3軒の左側の豪邸の住人は違った。

 表札はローマ字で『TAKAHASI』。つまりは高橋だ。

 普通の名字だ。

 だが異能力者だった。屋敷の前に立っただけで分かる。

 月弥からの調査報告では内閣調査室異能力部門『紅蓮』の幹部、高橋若丸の住居だった。

 政府系異能力部門はどこも強大な四柱家、並びに格上の皇居系の異能力部門を嫌っている。

 敵対とまでは言わないまでも険悪、または冷え切った関係だった。

 青夜はその両方な訳で、出向けば日曜日だった事もあり、家主の高橋若丸が直々に応対した。

 43歳。181センチ、休日でも黒髪をオールバックにセットし、インテリ眼鏡でスーツにネクタイ姿だった。

 異能力は『月航海士ムーンスーツ』。

 内閣調査室の異能力部門で幹部を務めるくらいだ。若丸の『月航海士ムーンスーツ』は国内屈指の実力で、異能界でも有名だった。

 因みに『月航海士ムーンスーツ』は『サイキック』や『エスパー』や『星座』や『太陽系の星』とは概念が違う。ぶっちゃければアメコミのスーツヒーローが一番近かった。

「向かいの屋敷に新たに引っ越してきた田中と申します」

 愛が挨拶をする中、

「これは鴨川の姫自ら御挨拶していただけるとは」

「今はもう田中ですので」

「それにそちらの東条院の副宗家殿も御一緒とは」

「今は田中ですので」

 青夜が愛を真似て目礼で挨拶し、愛が『これはつまらない物ですが』と粗品を渡す中、若丸が青夜を見て、

「ウチの家族には娘が居ますが、絶対に手を出さないで下さいね」

「ええ、そちらが喧嘩を売って来なければ手を出す事はありませんよ」

「そういう意味ではなく『口説くなよ』と言ってるのですが」

「青夜はモテるからあるかもね」

 葉月が茶化す中、

「ないんじゃないですか。オレ、許嫁の件でゴタ付いてますから」

「白紙になったのでは?」

「なのに婚約白紙の直後に『出世させまくる』? 意味が分からないでしょ?」

「・・・確かに」

 少し考えて若丸が答える中、愛が、

「では、我々はこれで」

「ええ」

 と当たり障りのない会話で高橋の豪邸の門前から離れていったのだった。





 次に挨拶する家は高橋の豪邸の前で、田中邸の左隣の豪邸だ。

 表札は『渋谷しぶたに』。

 月弥の調査報告では『29』という1990年代にヒットしたバンドのヴォーカル『テル』という芸能人ミュージシャンで、妻もアイドルの『松平ヒカル』。娘もアイドルグループ『アフロディーテ・バブルス』のメンバーという芸能一家だった。

 応対したのは住人ではなく、かと言って使用人と呼ぶにはスーツ姿でちゃんとしてた女性だったが。





 さて。

 両隣と前3軒の家に挨拶をして回ったのだから、これで引っ越しの近隣の挨拶回りは終わりだと思うだろう?





 だが、これで終わりではない。





 引っ越しの近隣の挨拶回りでは家の裏隣にも挨拶をする必要があるらしかった。

 そんな訳で路地を大きく迂回して裏隣にも引っ越しの挨拶に愛、葉月、青夜は出向いていた。

 田中邸は敷地が広いので裏隣で隣接してるのは2軒だ。

 1軒目の表札は何の因果か『田中』だった。

 田中の氏なんてどこにでもある訳で、表札を見て愛達は『あらあら』『凄い偶然ね』と苦笑し、青夜は内心で『確か親父殿の葬儀で同名の大学生が間違われて呪詛を掛けられたんだっけ。誤爆で死ぬかもな』と思ってると、愛がインターホンを鳴らし、出てきた住人の50代のマダムがこちらの名前が同名だと知って苦笑し、

「これからよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いしますね」

 ほがらかに同じ名字の田中家との引っ越しの挨拶を終えたのだった。





 2軒目の裏隣の豪邸の前に来た。

 表札は『鬼塚』。

 名字に鬼が付いてる。

 世間一般では『珍しい』または『カッコイイ』で終わる名字だが、異能界ではちょっと警戒が必要だ。鬼系の異能力が覚醒してる可能性があるのだから。

 裏隣の報告書までは眼を通していなかったので青夜も少し気合を入れた。

 応対したのは22歳、身長164センチ、染めた長い金髪にピンク色のメッシュを入れ、細眉の綺麗な顔立ちで、ヤンキー映画に出てくる美人過ぎるヤンキーお姉さんタイプだった。

 そして異能力もあった。

 誰がどう見ても『鬼の気』を放ってる。

「裏の屋敷に今度引っ越してきた田中と申します、以後よろしくお願いします」

 愛も気付いてたが、素知らぬ顔で挨拶し、

「それはご丁寧に、鬼塚です」

 綺麗なお姉さんも礼儀正しく挨拶をして、愛が粗品を渡したが、何故かずっとそのお姉さんは青夜を見ていた。

「どこか変ですか?」

「いえ、強そうだなって」

「そうですか? 普通ですよ」

「恋人は居るの?」

「白紙になった許嫁が1人、恋人候補の家族が数人」

「あらら、モテモテね。なら立候補は止めようかしら」

「そうして下さい。面倒ですので」

 青夜はそんな事を陽気に答えながら挨拶を終えたのだった。





 挨拶回りを無事終えた青夜は飄々としたポーカーフェイスながら、内心では、

(フッフッフッ・・・ここまでコケにされたのは『落ちこぼれ』を演じてた時でもなかなかないな。オレが気付かないとでも思っているのか? 今夜、敷地に入った瞬間に不法侵入で速攻で血祭りにあぁ~げよっと)

 かなり怒っていた。





 ◇





 まだ引っ越しした当日だ。

 お昼は縁起を担いで『引っ越し蕎麦』だったが、夕食はちゃんとした料理が並んだ。

 葉月と使用人の大原芽理子の合作だ。

 問題は食卓で、田中家の面々がテーブルの席に付く訳だが、ここで特権階級出身と庶民出身で温度差が出た。

 つまりはダイニングルームの壁際に立って控える使用人3人を見て、

「3人は一緒に食べないの?」

 というのが庶民代表の葉月の疑問で、莫大な資産は持ってるが庶民の田中家育ちのシャンリーも、

「そうね。こっちが食事をしてるのに壁際で控えられると少し気になるわね」

 という反応だった。

 対してアンジェリカはブラッディームーン一族なので普通に、

「あら、私は気にならないけど」

「私も」

 京都の鴨川家育ちの愛も平然と夕食を食べた。

 東条院宗家出身の青夜も当然、気にならない派で、

「ええっと、気になるんなら3人は別室に行かせようか?」

 そうズレた気遣いをして、葉月に、

「3人も一緒に食卓を囲むっていうのは?」

 提案されたが、青夜がさらりと、

「ないね。食事に毒が盛られてオレ達が動けなくなったら応急処置は3人がする事になるし」

「いやいや、私が料理をしてるのに誰が毒なんて盛るのよ?」

 葉月が呆れる中、

「八百屋の配送係。まあ、食材はBB財団の奢りだから大丈夫だろうけど」

「ええ、それは私が保証するわ。日本に来てから毒殺はまだないし」

「なら、問題ないじゃない」

 葉月が口を尖らせ、青夜が、

「でも、水道管に毒を混入されるかもしれないし」

「あるの?」

「悲しいかな無いね。分かるから。そういうの」

 青夜が苦笑して、

「なら、3人も一緒に食事をしても・・・」

「葉月さん、主人と使用人にはちゃんと明確な線引きがあるのよ。青夜君の傍に居たいのなら慣れなさいね」

 見兼ねた愛がピシャリッと言って、この話はここでおしまいとなったのだった。





 ◇





 夕食後は入浴な訳だが、この田中邸には浴室が3つある。





 1階のキッチンとダイニングルームと青夜の部屋が傍にあるサウナと水風呂付きの浴室。

 1階の反対側にある浴室。

 2階の浴室。





 1階のサウナ付きの浴室は、夜は葉月、アンジェリカ、それに青夜。

 1階の反対側の浴室は使用人。

 2階の浴室は愛とシャンリー。





 このように使い分ける事となった。





 青夜の入浴だが、

「お背中は私が流しますね」

 と使用人の鶴宮幸子が言ったので青夜は笑顔で、

「絶対に嫌だね、他の人にして」

 そう拒否したのだった。

「どうしてですか?」

「法子さんの側近なんか嫌に決まってるでしょ」

「ですから、あれは当主様に監視するようにお指図があっただけで。東条院に忠誠を誓ってますから、ちゃんと」

「でもねぇ~」

「私が青夜の背中を流すから、してくれなくてもいいわよ」

「そうね」

 葉月とアンジェリカが言う中、青夜の方が、

「いやいや、2人とも。今日は1人ずつお風呂に入って鶴宮さんに身体を磨いて貰ってね」

「いいわよ、私は」

 一般庶民の葉月が断り、アンジェリカも、

「・・・どうしてなの、青夜?」

 と問うと、青夜が、

「東条院式の身体の磨き方を覚えて貰わないと」

「もしかして私の洗い方、ダメだった?」

 葉月の質問に、新米の家族として気を使って我慢していた青夜が、

「・・・少しね」 

 苦笑しながら答えて、この日は葉月から順番に1人ずつお風呂に入る事になったのだった。





 同時刻、田中邸の裏隣の鬼塚邸には住人以外の人物が13人も集まっていた。

 正確には青夜達が引っ越してくる3日前からだ。

 異能力者の自宅なら『結界』や『障壁』が張られていても不自然ではなく、鬼塚邸も結界が張られており鬼塚邸の内部の様子は外部からだと分からなくなっている訳だが、鬼塚の豪邸の中には本当に住民以外に13人も居た。

 全員が若い。

 当然だ。4月まで青龍大学の高等部に通学していた学生達なのだから。

 だが、親が入学式の後に勝手に警察に被害届を出したり、ちょっと始業式の日に車両を手配して通学の邪魔をしたり、風紀委として注意しようとしたりしただけなのに、結果は大惨事。

 破産による一家離散や親からの勘当で、青龍大学の高等部を中退して、異能力組織の下働きとして13人全員が勤労に励んでいた。

 そんな13人が鬼塚邸に集まっているのは『とある情報』を入手したからだが。

 声を上げたらバレるかもしれないので、念話で、

『本当に引っ越してきたわ、私の家にっ!』

 そうブチキレてるのは新田中邸の前の住人の多比丘見留紅だった。

 見留紅は誕生日がまだで17歳。黒髪ロングの綺麗な先輩タイプだった。異能力は別に飲食系ではない。『赤鬼』だった。それも無名ながらかなり強く、青龍大学の高等部では『十二傑、序列九位』を誇っていた。

 それが今では異能力の探偵事務所でアルバイトの日々だ。

『あいつだけは絶対に許さんぞ。アイツの所為でオレは家から勘当されたんだからなっ!』

 そう念話でブチキレてるのは竜崎輪廻だ。

 高等部3年で、4月に人生で最低の誕生日を迎えたので18歳。焦茶髪のインテリ眼鏡だった。竜崎グループの御曹司で、青龍大学の高等部では『十二傑、序列二位』だった。順風満帆な人生だったのに、調子に乗ってる青夜をちょいと始業式で遅刻させてやろうとしたら、200億円の見舞金を請求されて、ブチキレた家長の祖父に問答無用で家を勘当されて、今では警視庁異能部隊の孫請けの警備会社の雇われの警備員という身分だった。

 他も同様に落ちぶれていて、全員が青夜にブチキレており、今夜、田中邸を襲撃して青夜の殺害を計画していた。

 現在の時刻は夜9時40分。

 まだ夜襲には早い。

 そんな訳で更に4時間と20分、13人は鬼塚邸で息を殺して田中邸の住人達が眠るのを待ったのだった。





 因みに日本人だからか、自分達が『13人』なのが『不吉だ』とは誰も思わなかった。
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