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利根川強歩、その4、不発に終わる水神神宮防衛戦

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 夜11時になった。

 ビジネスホテルの1階ロビーに一年以組の生徒全員が集まった訳だが、生徒達は担任教師の春菜に注目しながらも、邪魔にならないように壁際で正座させられてる体操着姿の青夜と三宝兎をチラチラと見ていた。

 不機嫌な顔の春菜が、

「利根川強歩の夜の部は水神神宮の防衛戦よ。最近、タトゥーを得た馬鹿どもが水神神宮で悪さをしてて、その防衛戦に一年以組のクラスのみんなも参加して水神神宮を助力する予定だったんだけど、ここで残念なお知らせがみんなにはあるわ。その夜の部に田中と関が不参加になったの。理由は聞かないでね。私のストレスになるから」

「どうしてオレまで? 悪いのはギン様だけでオレは悪くないのに」

「田中が関に青龍破を出すようにけしかけたからでしょうがぁぁぁぁぁっ! アンタはそこで一晩中、反省してなさいぃぃぃぃぃっ!」

「・・・体罰反対」

 ボソッと青夜が呟くと、春菜が更にブチギレて、

「はあぁぁぁぁぁっ? これのどこが体罰よぉぉぉぉぉっ? 東条院に支払わせてもいいのよぉぉぉぉぉっ、新スタジアムの建造費全額をぉぉぉぉぉっ!」

「だから、オレじゃなくてギン様が・・・・・・イチチチチ」

 ほっぺたをつねられた青夜が黙る中、

「もう黙りましょうね、田中ぁぁっ?」

 ブチギレた笑顔で春菜はそう忠告してから、青夜のホッペから指を離して他の生徒に向き直り、

「よって、他の8人でやって貰うわ」

「ええっと、オレ達、若様の護衛がメインの任務で学校行事は二の次なんですが?」

「東条院の宗家代理の許可も出てるからそうしなさい。田中の護衛は関がやるから」

 確認すると本当に宗家代理・・・・の藤名から許可が降りており(新スタジアムの建造費の交換条件なのだから)8人は春菜に連れられて利根川強歩の夜の部をする為に出ていったのだった。





 水神神宮。

 茨城県が誇る由緒正しい神宮だ。

 歴史の設定等々はK神宮と酷似してるが創作小説の創作神宮なのでK神宮とは一切関係がない。

 その水神神宮は当然、白虎寺の友好異能組織だった(全国の『一宮いちのみや』は総て皇居の管轄なので、白虎寺の傘下に加えられなかったのだ)。

 別に家来じゃないのだから本当は白虎寺は何もしなくてもいい訳だが、茨城県の一宮が落ちたとなれば、それこそ『茨城県の水神市をちゃんと統治出来ていない』との格好の宣伝となるだけに白虎寺は配下でもない水神神宮も守らなければならなかった。





 さて。

 各地の一宮は総てが広大な敷地を持つ。

 茨城県の水神神宮も同様で、水神神宮を守るべく、一年以組の8人は引率教師の春菜と一緒に巡回していた。

 一年以組の生徒は全員が東条院陣営だ。

 野々宮稲穂は起請文を提出して東条院に忠誠を誓っている。

 坂田良子は一緒には住んではいないが田中家の家系図的には青夜の同年の義理の妹になる。

 榊弁真、高城貴文、宇治川拳、中村四摩、浅野陽香、清水山きよみずやま江利香の6人は東条院所属で青夜の護衛だ。

 リーダーは弁真が務めてるが『東条院の陪臣幹部の榊一族よりも、京都に関係のある名字を持つ宇治川と清水山の方が東条院では格は上のはずよね? この榊だけが特別なのかしら? それともトボけてる? 宇治川なんて天狗忍軍に倒させてたし。異能力を見せたくなかった? 東条院陪臣の宇治川一族なら『水使い』で有名だけど? 意味が分からないわ? まさかの『落ちこぼれ』?』と春菜はちゃんと査定していた。

「先生、別に怪しい人は居ませんけど?」

 霊獣のポッピーで周囲を偵察する稲穂が問うと、春菜がしみじみと、

「でしょうね」

「どういう意味ですか?」

 良子が春菜を見ると、

「サッカースタジアムをボロボロにした田中と関の所為よ。あんな事が出来る敵と関わりたくはないでしょ、みんなも? つまり、もう情報が出回ってしまって『君子危うきに近寄らず』ってなってるって事よ」

「ええっと、それじゃあ、この水神神宮を巡回する夜の部は?」

 弁真の質問に春菜が嫌そうに、

「当初の予定と違って、無駄足の可能性が90パーセント以上になったわ。それでも、もしかしたらバビロンが来るかも知れないから巡回はしなければならないんだけどね」

「ええぇ~」

「私じゃなくて、アイツラに言ってよね・・・あっ、田中の奴、正座しないで関に膝枕されてイチャイチャとっ! 全然、反省してないじゃないのっ!」

 『眼』を飛ばして貸し切ってるビジネスホテルの1階ロビーの様子を確認した春菜が呆れ果てた。

「ってか、田中って、昔から『ああ』だったの? 青龍大学の付属の内申書は『劣等生にありがちな自信のない子供』だったけど、白虎寺が独自に持つ田中の評価は『麒麟児にして東条院最大の問題児。絶対に怒らせるな』で、二つの評価に開きがあり過ぎるんだけど?」

 との春菜の質問に対して、

「さあ、オレの口からは何とも」

「私も」

 東条院の護衛や稲穂は誰も口を割らなかった。

 良子だけが、

「姉の話では10歳の時にはもう強かったらしいですよ。中国系の異能マフィアが日本に攻勢を仕掛けた時、姉を助けてますし」

「ああ、6年前の・・・他には?」

「ギンの話じゃあ七瀬忍軍を潰した現場にも居たって」

「・・・そうなの? 他には?」

 その後も、青夜の話題が続いたのだった。





 ◇





 一方、ビジネスホテルの1階ロビーでは、

「こら、ふざけるなよ、青夜。早く私の太股から頭を退けろ」

 真面目に正座する三宝兎の太股に寝転んだ青夜が頭を置いていた。

「いいじゃん。ギン様の所為でオレまで正座させられてるんだから」

「青夜が悪いんだろ? あの場所でやろうって言った」

「まあね。だからお詫びと仲直りの膝枕」

「これのどこがお詫びなんだよ」

 そう文句を言いながらも三宝兎が押し退けずに青夜の髪を撫でると、青夜が、

「オレ、これから出掛けるけど、ギン様はどうする?」

「出掛けるって、さすがに抜け出したら春菜ちゃん、ブチキレると思うぞ。田舎のスタジアムを少し・・壊しただけであのキレ方だったんだからさ(三宝兎個人の感想です)」

「抜け出したのがバレなきゃいいんだよ」

「バレなきゃって、どうやって? バレるだろ」

「異能力を使えば余裕だって。例えば、紙人形の身代わりを残しておけば」

「私、出来ないぞ。そんな事」

「オレ、陰陽道も少しかじってるから出来るよ。ギン様の分も」

 青夜の誘惑に、

「マジで? バレないの?」

「多分ね」

「どのくらい抜け出すんだ?」

「強い鬼を片っ端から狩るだけだから30分くらいかな?」

「なら私も行く」

「じゃあ、ギン様のも作るな」

 こうして青夜が紙人形で青夜と三宝兎の身代わりを作り出して、2人はさっさと1階ロビーから抜け出したのだった。





 ◇





 水神神宮を巡回している一年以組の方では稲穂が、

「あっ、先生。来ましたよ、10人くらい・・・でも、この恰好は・・・・・・」

「どうしたの?」

「先生の護衛みたいです、白虎密教の服装ですから」

「・・・いいえ。それよ、本命の1つは。釣れたみたいね、水神市の裏切り者どもが」

 ニヤリと笑った春菜を見て、清水山江利香が、

「ええぇ? 白虎寺のゴタゴタに東条院の兵隊を使う気なんですか?」

 と嫌そうに呟いた。

 江利香は身長164センチ、茶髪ロングでヘアバンドをした鼻筋が通り、円らな瞳の可憐な女子だった。

「まあ、そう言わないの。この中で一番攻撃力が高いのは野々宮だけど・・・」

「『十二支の霊獣』の私的利用を宮内庁に禁止されてますから違いますよ」

 春菜の視線を受けて、さらりと稲穂が答え、

「なら次に強いのは普通に考えれば坂田よね?」

「あの2人と比べたら格段に落ちますが」

 『金太郎』の異能力の良子が答えた。

「どのくらい?」

「向こうが3割の力でも2人に触る事も出来ません」

「なら全然じゃないの。いいわ、私がやるから。みんなは敵にさらわれないように自分の身を守りなさいね」

 と言うと同時に水神神宮の砂利の地面を蹴ったと思ったら瞬動で単騎で春菜は駆けていった。

 残された一年以組の生徒達が、

「さすがは真達羅通の名字だな」

「その中でも上位そうだけど」

 口々に喋ってると、背後から、

「皆様、御苦労様です」

 と声を掛けられて全員が、気配がなかったので『うおっ』と思いつつ振り返った。

 そこに居たのは水神神宮の宮司ぐうじ姿の22、3歳の男だった。

 身長は182センチ。茶髪で容姿も優れてるが、気配を完全に消し、砂利の地面を鳴らさずに近付いた事からも分かるように実力者か高位のアイテム持ちだ。格式ばった式典用の宮司の衣装も似合っている。

 青龍大学の高等部の生徒達がこの時間に境内に居る事を知ってる事から異能力者サイドである事も瞬時に分かった。

 そして胡散臭い事も。

 気配を完全に消して背後から近付く奴なんて怪し過ぎる。

 とは言えゴブリンのタトゥーが放つ『邪の気配』を感じず決定打に欠けた。

「いえいえ」

 代表して弁真が答えた。

「皆さんで全員ですか?」

「いえ、引率の先生と生徒2人は別行動です」

「因みに田中青夜という方はどなたですかな?」

 と尋ねた瞬間だった。

 上空から地上に凄い速度で人が降ってきて、その直撃を受け、

「あぎゅればしゃああああああ」

 と変な悲鳴を上げて宮司の男は一年以組の8人が見てる前で潰れてしまった。

 地面に倒れた宮司は身体が背側にどう見ても曲がってはいけない角度までボキボキボキッと曲がっていたが。

 その宮司の逆折れした背中を踏んでいたのは三宝兎をお姫様だっこした青夜だった。

「こいつだけだよな、ここでは?」

「うん」

「じゃあ次だ。どこだ、ギン様?」

「あっちとあっちとあっちだな」

 青夜にお姫様だっこされて満更でもない三宝兎が大人しく指差し、

「じゃあな。おまえ達は何も見ていない。こいつは全員で何とか倒したって事で。ああ、衣裳を剥いでタトゥーも確認しておけよ。こいつのタトゥーは普通じゃないはずだから」

 そう言うと青夜は三宝兎を抱いて大跳躍をして移動していった。

「何をされてるんだ、若様は? 護衛も連れずに」

「『何も見てない』でしょ?」

 弁真の言葉を陽香が訂正し、その後、衣裳を剥ぐとゴブリンのタトゥーが背中にあったが、そのゴブリンのタトゥーは他と違い、眼がギョロリッと動いて『うお』『何だ、これ』と全員で驚く破目になったのだった。
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