実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド

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綾波邸の花見、天草峠ルイ

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 4月上旬。

 桜は花札だと3月だが、実際には(例年は)4月に咲くものだ。

 この日、青夜、愛、葉月の3人は花見に来ていた。

 3人が花見に来たのは朝食時に愛が『お花見に行きたいけど東京はどこも人が多過ぎるのよねぇ~』と愚痴ったのがきっかけだ。

「知り合いの家の敷地の桜なら貸し切りだから頼んでみようか?」

「いいの?」

「なら、私も行きたい」

 こうして花見が急遽決定して、青夜が連絡を取って花見へと出かけた訳だが。





 青夜が言う『知り合い』とは東条院の分家、綾波邸だった。

 格式のある日本屋敷で日本庭園には見事な桜が咲いていた。

「うわ。東京大空襲を経験した都内で樹齢300年以上の桜は珍しいわね。運良く焼け残ったの?」

 桜に五月蠅うるさいのか愛が問う中、

「群馬県からの移植でございますじゃ」

 案内した綾波のおばばこと綾波サキが答えた。

 サキは97歳。白髪で上品だが総入れ歯のお婆ちゃんだ。先々代の綾波家の当主夫人で、実家の苗字はいぬいだが、もう綾波の人間だ。青夜の訪問とあって紋付で出迎えていた。

 綾波家は東条院分家の1つで、定期的に東条院宗家の血が入ってる。

 例の『当主生誕の儀』では高齢を理由に夕食前に帰宅して難を逃れていた。

 因みにサキの異能は乾家のお家芸の『霊獣の犬』。半透明の老犬の霊獣のゴローがサキの足元で行儀良く控えていた。

「どうぞ、若様。席を用意しましたので」

「ありがと、サキさん。ゴローも。後、東条院は廃嫡になってるから若様は止めてね」

「若様は若様でございますじゃ」

 サキに案内されると、庭園には野点用の赤布が張られた大きな床几台しょうぎだいが用意されていた。

 遠くからは雅楽の生演奏が邪魔にならない程度に聞こえてくるおまけ付きだ。

「お邪魔しまぁ~す」

 靴を脱いで床几台に上がり、その後、花見が始まった。

 愛も青夜も風流人で、庭に咲き誇る樹齢300年の桜を純粋にでてる。

 無言なのが葉月には些か窮屈だったが、青夜が途中で行儀悪く葉月の膝枕で寝転び出したので、青夜の髪を指でいとしそうに撫でながら葉月も花見を楽しんだ。

 とはいえ、今、大変な東条院の分家に足を運んだのだ。

 桜を見て楽しんだだけで、そのまま帰れる訳がなく、しばらくしてお茶を運んできたサキが、

「若様は東条院をどうされますのじゃ?」

 質問した。

 葉月の膝枕の上から風に揺れる桜を眺める青夜が、

「なるようにしかならないさ」

「鵜殿の動きが妙だと聞いておりますじゃ」

「鵜殿は外戚が百合一族だからねぇ~。ってか、若当主の飛雅ひがさんは外務省で今はヨーロッパ勤めじゃなかったっけ?」

「お陰で難を逃れ、分家の分際で東条院の宗家就任に野心を剥き出しですじゃ。何とかして下され」

「鵜殿なんかよりも藤名の古狸でしょ? どうしてる?」

 葉月の膝枕の上から桜を眺め続ける青夜が尋ねると、サキが、

「道後で湯治中ですじゃ」

「大阪より西は吉備一族の縄張りだけど妙な事吹き込まれてない?」

「それは大丈夫ですじゃ」

「悪い女に引っ掛かっては?」

「確認はしていませんがありそうですじゃ」

「頭痛の種だな」

 などと真面目な話をしたかと思えば、

「両手に花ですな、若様」

 なんてサキが言い出して、愛は困った顔をし、葉月は嬉しそうな顔をした。

 青夜もちゃんと訂正し、

「違う違う。葉月だけだよ。って、まだ手を出してないけど。こっちの綺麗なお姉さんは義母だから」

「人のモノは余計に良く見えますじゃ。若様もお気を付け下さいますように」

「はいはい」

 などと世間話をする破目になった。

 1時間20分ほどで東条院分家の綾波邸の庭での花見は終わったのだった。





 ◇





 4月上旬。

 別の日に、いつものように朝食を食べに3階のキッチンダイニングに向かい、青夜は『うわぁ~』と思った。

 葉月の顔にバッチリと死相が出ていたからだ。

 それも昨日まで何ともなかったのに『今日死ぬ』くらいの死相が突然に。

 気付いてるのは青夜と愛だけだった。

 弥生は不在(仕事っぽい)だし、アンジェリカは母親のエリザベートとの京都旅行で居ない。

 一狼は娘の窮地に気付きもしない。まあ、気付ける程の実力者なら東条院でも出世してるはずなので仕方がないが。

 シャンリーは気付いていないのかポーカーフェイスを保ってるのか微妙だ。

 朝食中に愛がさすがに見兼ねて、

「葉月さんは今日何をする予定なの?」

「うん? 祓い屋の方の雑魚幽霊の除霊だけど?」

「私もついて行ってあげるわ。青夜君も見たいわよね?」

 愛が水を向けるが、一狼の方が、

「いやいや、青夜はダメだぞ。祓い屋の仕事は。させてるなんてバレたら東条院の一党内で何を言われるか」

 そう止めて、愛は内心で愛する夫の勘の悪さに苦笑した。

「じゃあ、私だけで」

 それで話は纏まった。





 葉月と愛が向かったのは都内の地下に張り巡らされた治水対策の貯水槽の中だった。

 貯水槽といっても東京の治水事業なのでサイズは馬鹿デカイ。

 川の氾濫を防ぐ為に建造されたコンクリートの広々空間に悪霊が住み付いたらしく、除霊依頼が来ていた。

 悪霊の除霊だけで500万円。

 超美味しい祓い屋稼業だが、それは実力があったればこそだ。

「ママ、私の依頼だからピンチになるまで邪魔しないでね」

「ええ、頑張ってね、葉月さん」

 こうしてコンクリートの地下空間に移動した訳だが、待ってたのは悪霊ではなく暗殺系の異能力者だった。

「ターゲットの田中葉月だけではなく田中愛もか。入れ食いだな」

 そう笑ったのは丸サングラスに牧師服の天草峠ルイだった。

 ルイは35歳。ルイという名前だがれっきとした日本人だ。

 身長は182センチ。黒髪で秀麗な顔に胡散臭いサングラス。そして首から掛けた十字架はキリストの磔姿の彫刻付き。

 異能はキリスト系の『異端審問』。

 凄腕の暗殺者で有名人だった訳だが。

「ほげはあぁぁぁっ!」

 次の瞬間にはいつの間にか間合いを詰めた愛の蹴りを喰らってルイが吹き飛んでいた。

 55メートル先のコンクリートの壁に叩き付けられてる。

「グアアアア・・・って、今のは青龍拳? なら、まさか、東条院青夜?」

 過去の経験から正確に相手の情報を導き出し、ルイが血反吐を吐きながら自分を蹴った愛を見ると、愛の変化が解けて青夜になった。

「えっ? 青夜がママに化けてたの?」

 葉月が驚く中、青夜は不機嫌そうにルイに、

「オレが中1の12月に『次、オレの前に顔を出したら殺す』って言ったら、おまえは『分かった』って言ったよな?」

 と凄み、過去に青夜と対戦して『勝てない』事を理解してるルイが降伏する形で、

「いやいやいや、少し落ち着きましょうよ。そもそも、どうして、ここに? まさか、彼女さん?」

「ん? オレが東条院から田中の家に養子に出された事を知らないのか?」

「えっ? 田中って・・・マジで?」

 ルイが状況を把握し『なら、完全にハメられてるじゃねえか、オレ? 端金はしたがねで東条院青夜と敵対なんてあり得ないぞ。あの野郎ぉぉぉ』と内心で激情に駆られる中、青夜が、

「暗殺依頼を続行するんだよな、プロなんだから?」

「いやいやいや、依頼料と釣り合わない仕事からは被害が出る前に撤退するのもプロですから」

「ふ~ん、で?」

「依頼を持ってきた仲介屋のビキニクマをちゃんと処分します」

「その上の依頼人は?」

「いやいやいや、アンタの関係者の暗殺依頼をした奴ですよ? おそらくは辿れないかと」

「ふ~ん、確かにね・・・まあ、それで手を打つか。じゃあな」

 青夜が背を向け、ルイが礼儀正しく教会で礼拝するように、

「はい、許していただきありがとうございます」

「許したのは知らなかったからさ。知ってたらどうなるか分かってるよな、なあ・・?」

 青夜が振り返ってルイを凄む。

 凄まれたルイは『2年前よりも迫力が増してやがる。これのどこが『落ちこぼれ』だ。節穴連中め。2年前に噂を鵜呑みにした己の迂闊さが今更ながら悔やまれる』とゴクリッと血が混じった生唾を飲み込んだのだった。

 こうして除霊依頼は未達成で終了した。





 貯水槽から地上に上がった葉月が、

「どうして青夜がママに化けてたの?」

「葉月に死相が出てたからね。もう消えたけど」

「つまり、青夜が居なきゃ、さっきのアイツに殺されてたって事?」

「相手が天草峠ルイじゃ仕様しようがないよ」

「えっ? あれがキリスト教系の激ヤバ異能力者? 嘘、マジで青夜が居なきゃ死んでた?」

 そう理解した葉月は青夜に愛情を込めて抱き付き、

「ありがとね」

 チュッとキスしたのだった。

 キスした後もハグしたまま離れないのが葉月だ。

 キスされた青夜が照れながら、

「葉月、気軽にキスし過ぎじゃない?」

「でも、ちゃんと青夜が初めての相手だからね」

「そうなの?」

「だって私、幼稚舎から聖ガラシャ東京女子育ちだもん。女子大には進学しなかったけど。それに、ほら、ウチはパパがママをとっかえひっかえだから。自分で言うのも何だけど、お固く育っちゃったし」

 そう笑った葉月はウットリと青夜の顔を眺めたのだった。
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