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帝国誕生

トルオン、爵位の打診を拒否する

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 エトリア王国がまた戦争を始めた。

 今度は救援要請に応えた援軍だ。

 援軍場所は旧ネイチェ王国領の東隣国で、同時に旧ナスナ能王国領の北隣国でもあるファイアス魔法王国だった。

 ファイアス魔法王国は魔術師を多数輩出する国家だ。

 このファイアス魔法王国はネイチェ王国と同盟関係にあったが、エトリア王国が侵攻した時には自国領にて悪の道に走ったファイアス魔法王国出身の魔術師ドスカルスキーというゴーレム使いの侵攻を内側から受けてる最中で、同盟国への派兵どころではなかった。

 まあ、その事情を知っていてエトリア王国もネイチェ王国に進軍していたのだが。

 そのファイアス魔法王国はその悪の道に走ったゴーレム使いに敗北するという顛末となり、エトリア王国が登用した旧ネイチェ王国の将軍経由でファイアス魔法王国の高官から援軍要請が来たのだった。

 これまで隣接国でもなかったのだ。

 ファイアス魔法王国とは縁もゆかりもない。

 だが、王族が逃げずに全員戦死、または捕縛された事で、援軍派遣という名の国土切り取りの為に進軍したのだった。

 空白地は拾うに限る。

 勝算もかなりある国土切り取り戦争だった。





 ◇





 王都アースレナからネレシオ砦に公爵のドーベルがやってきたのはファイアス魔法王国に援軍を派遣した5日後だった。

 『援軍派遣』は言葉遊びで、実質は開戦だ。それも3連戦。

 後方も物資の輸送等々で忙しいのに、それでも公爵が田舎に出向いたのには当然、理由がある。

「ドラゴン3頭の売却ありがとうございました、トルオン殿」

「いえいえ、後5頭ありますから。それもおいおい」

「さすがはトルオン殿」

 と2人して儲け話をした後、ドーベルが世間話でもするように、

「時に、トルオン殿。今、このネレシオ砦にドラゴニュート族は何人居ましたっけ?」

「ええっと、500人だと思いますけど?」

 トルオンとしては頑張ってよどみなく嘘をついた方だ。

「本気でそんな戯言が通るとでも?」

 だが事前に情報をキャッチしていたドーベルはジト眼で追及した。

 実はもうネレシオ砦にはドラゴニュートが2300人も住んでいた。

 実際に数えてはいないが、文官筆頭のミタザクがそう伝えたのだからそうなのだろう。

 2300人とはエトリア王国が認めた500人の4倍強、いや5倍に迫る人数だ。

 無論、情勢が不安な都市国家ヒーナから更に流れてきた訳だが、エトリア王国側からしてみれば見過ごせない人数だった。ドラゴニュート族が強い種族な以上は。

「2300人はさすがに見過ごせませんよ、トルオン殿」

「いやいや、勝手に集まってきちゃって。ほら、人間や獣人やダークエルフやケンタウロスや蛮族だって集まって街になり始めてますし」

 既にネレシオ砦では拡張工事も終わっており、更なる2画目の拡張工事に入っている。

 ネレシオ砦の現人口は5000人前後。

 都市国家ヒーナからのドラゴニュートの移動に釣られてか、戦況が最悪な旧テーレ連合領の隣の都市国家ボーレの住民の一部もバーラ平原越えのルートで避難してきている。

 情勢によってはもっと人口が増えるだろう。

 バーラ平原の部族も幾つかネレシオ砦に顔を出している。都市国家ボーレと交易をしていた部族が情勢悪化の物価高で食糧が手に入らず、エトリア王国側に流れて来ているのだ。

 ネレシオ砦の周囲の田畑も既に広大に整備されてるし(トルオンが開墾した)、用水路も既に完成している。

 ヨルデの森はトルオンが無双するまでもなく、強いドラゴニュートやネレシオ砦を拠点にしてる冒険者達が狩猟してる。

 治安上の問題は何もない。

 今ではネレシオ砦の周辺までトルオンが私財で土の街道にレンガを敷き、森側の城壁傍の地面もレンガを敷き詰めて補強してるくらいだ。

 田舎とは思えぬ近代都市へと変化していた。

「のようですね。到着の際に拡張されたネレシオ砦を見た限り」

 ドーベルはトルオンをネレシオ砦に追いやるよう姉に進言した事を完全に後悔していた。

 僅か200日でこの発展なら、その内、このネレシオ砦は都市国家に成長する。

「トルオン殿、エトリア王国の爵位を受けて下さい」

「嫌ですよ、面倒臭い」

「トルオン殿が爵位を受けとってくれないと、いざという時、守れません」

「じゃあ、代わりに妻が爵位を受けるのは?」

「都市国家ヒーナの元王族のドラゴニュートの姉妹がですか?」

 それだと話が違ってくる。

 都市国家ヒーナも傘下に組み込めるのだから。

 そうドーベルは考えたが、トルオンが、

「いえ、ダークエルフの妻の方ですけど」

「長寿種は寿命の関係で一度、爵位を与えると・・・いや、ありかな? ダークエルフを引き入れられるから? いえ、ですが、やはりトルオン殿が」

「あの、ドーベル殿、忘れてません? オレが王太后陛下に嫌われてるの? 爵位の承認なんて下りませんよ」

「それはこっちで何とかしますから」

「じゃあ、何とかしてからにしましょう、この話は」

 とトルオンは逃げ切ったのだった。





 ◇





 公爵にして王家の影の長官でもあるドーベルの懸案事項の1つが、姉である王太后ビレリアである。

 夫である前王カミオンを亡くして早1年。

 38歳になった王太后ビレリアは弟のドーベルがどんなに否定的に見ても色香が増していた。

 元々美人な姉だったが、今頃『花開いた』と表現するべきか。

 前王の喪を装い、どんなに地味なドレスを纏っても艶っぽく見える。

 もう『王太后陛下には愛人がいる』とアースレナ宮殿内ではもっぱらの噂だ。

 事実、男は居るのだろう。

 王太子妃教育で冷たい表情をするようになった姉が、ここまで変わったのだから。

 王家の影を総動員して、アースレナ宮殿の寝室から時折、隠し通路の中に姿を消すところまではどうにか掴んでいるが、そこから先が分からない。

 相手も不明だ。

 姉の男関係も頭痛の種だが、それよりも今問題なのが、ネレシオ砦のめざましい発展だ。

 早めに対策を講じなければ取り返しが付かなくなる。

 そんな訳で王太后と面談して『トルオンに爵位を与えようと思うのですが』と相談したが、

「却下ね。あの色男が私に何をしたのか忘れたの、ドーベル?」

「ですが、姉上。トルオンの暗殺は不可能に近く、もう取り込むしか」

「暗殺も取り込みも必要ないわ。都市国家ヒーナのドラゴニュートを丸々、そのネレシオ砦に引き抜けばいいのだから」

「その後に独立されたら?」

「しないわよ。報告では執務は全部、部下に丸投げなんでしょ?」

「ですが、ドラゴンを倒せるほど強いので、周囲が担ぐかもしれませんよ」

「あのね。そんな事よりもゴーレム兵が跋扈するファイアス魔法王国の侵攻が遅れてるわよ。そのトルオンに、ドラゴン素材が更に欲しいとねだりなさい。それとファイアス魔法王国の魔術師の諜略ちょうりゃくをもっと続けて・・・」

 その後、ファイアス魔法王国戦の軍事作戦に話が流れてトルオンの爵位の承諾は取れなかった。
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