池田恒興

竹井ゴールド

文字の大きさ
上 下
20 / 91
1561年、甲斐への使い

川中島の戦いの武田の惨敗はこうして隠蔽された

しおりを挟む
 【上杉軍の殿しんがり部隊1000人説、採用】

 【上杉軍の殿部隊大将、甘粕景持説、採用】

 【甘粕景持、1522年生まれ説、採用】

 【妻女山に向かって空振りした武田別動隊、昼過ぎにようやく到着説、採用】

 【飯富昌景、1529年生まれ説、採用】





 八幡原の霧は日が昇っても晴れる事はなく、まだ濃霧に包まれていた。

 ようやく室住隊は上杉軍のところまで移動していた。

 室住虎光は事故で武田信繁を殺してしまった為、今回のいくさではどうしても手柄が必要だったのだ。

 その為、無理に上杉軍を目指して突撃した訳だが、その速度に室住隊が付いていけず、殆ど単騎での突撃となっており、

「何で敵将が1人で?」

「知るか。その首、貰ったっ!」

 50人以上に囲まれ、

「敵将はどこだっ! 出て来いっ!」

 奮闘虚しく、

「ぐあああああ」

 無謀な突出の為に戦死したのだった。

 その直後に室住の本隊が到着して、

「なっ! 虎光様の首を取り返せっ! 首を取られるなど武門の恥だっ! 絶対に奪い返すぞっ!」

「おおっ!」

 追撃して、

「クソ、しつこい。首くらいくれてやるっ!」

 上杉の雑兵が首を諦めたので、必死に追い掛けていた成瀬正一が、

「ようやく取り返したぞっ!」

 主の首を取り返したのだった。





 上杉軍の方も霧の八幡原で必死に武田軍に突撃していた。

 理由は無論、上杉政虎の姿が見当たらないからだ。

 政虎の性格上、絶対に武田の本陣に突っ込んでる。

 その政虎の後を追おうと上杉軍の全軍を指揮する柿崎景家が、

「突っ込めっ! 関東管領様のところまで向かうんじゃぁぁぁぁっ!」

 必死に突撃していると、霧で視界の悪い武田軍の中から上杉政虎が一騎で戻ってきて、

「越後に帰るぞっ!」

 擦れ違い様に景家に告げて、そのまま越後に向かって走り去っていった。

「ちょーー勝手過ぎますぞっ! 関東管領様っ! 全軍撤退だっ! 合図をしろっ!」

 これが第4次川中島の戦いの終戦の合図となったのだった。





 ◇





 一方、武田軍の別動隊の方はと言えば、





 妻女山を急襲したのが夜明け前。

 だが啄木鳥戦法という名の挟撃の第一段階の八幡原方面へ上杉軍を追い出す作戦は失敗に終わった。

 妻女山の上杉の陣がもぬけの殻だったからだ。

 問題はそこからである。

 妻女山を到着した武田軍の別動隊に上杉軍が本隊が待ち構えてる八幡原に向かったなどと分かる訳がなく、

「本国へ帰国したのか?」

「いや陣替えだろう」

「だが、陣が残ってるぞ?」

「また戻ってきて使うつもりか?」

 等々の憶測だけが残り、別動隊大将の春日虎綱が、

「斥候を周囲に放つ。斥候が戻ってくるまで部隊は休息だ」

 山頂から各方面に斥候を放ち、別動隊はその間、休息を取る事となった。

「チェッ、敵将の首が欲しかったのに」

 別動隊に参加して恒興と手柄勝負をしてる喜兵衛はそう呟いたが、どうする事も出来ずに休息となった。





 陽が昇ると濃霧が発生しており妻女山の眼下の視界は最悪だ。

 上杉軍の手がかりもない。

 そこに、まさかの事態だ。

 八幡原からの鬨の声と法螺貝が聞こえてきたのだから。

 それで上杉軍の居場所が分かり、

「嘘だろ」

「やられたっ!」

「本隊の救援に向かうぞ、急げっ!」

 慌てて下山となったが、上杉軍も殿しんがりの備えをしていた。

 千曲川の対岸に布陣だ。

 それだけでも厄介なのに濃霧が手伝って、川を渡ろうとしたところを不意打ちで襲われた。

 上杉軍の殿部隊は僅か1000人。

 殿部隊を指揮するのは上杉政虎の影響で毘沙門天を信仰する甘粕景持だ。

「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ。さすがはうちの殿とのには毘沙門天の加護が付いてる。弓隊構え、矢を射尽くすまで射続けろ」

 その命令で攻撃を開始した。

 濃霧の為に不意討ちだ。

 それも千曲川の渡河の最中という悪条件で。

 矢の届く距離に大軍が居た為に、上杉軍の殿部隊が放った矢は面白いように命中し、武田軍別動隊の被害は3000人を数える甚大なものとなった。

 信玄の危機に駆け付ける為に先頭に居た春日虎綱が顔に矢傷を受け、

「ぐお、源四郎、後の指揮は頼んだ。八幡原に一刻も早く到着してくれ」

 指揮を委ねられたのは飯富源四郎だった。

「こういう面倒臭いのはおまえの仕事だろうが。ああ、もう」

 文句を言いながらも指揮を取ったが、千曲川を挟んでの戦いだったのでどうしても手こずる。

 武田軍別動隊の1万2000人は本当に1000人の上杉軍殿隊に長々と足止めされた。

 何せ、上杉軍殿部隊を突破出来なかったのだから。

 武田軍別動隊が千曲川を渡河出来たのは上杉軍の本隊から撤退の法螺貝が聞こえてきて、

「何だ、もうか? オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ、畏まりました、殿」

 殿部隊が兵を引き始めたからだ。

 上杉軍の殿部隊が濃霧の中に隠れて撤退する中、武田軍別働隊はようやく千曲川を渡って、八幡原へと向かった。





 昼になって、ようやく八幡原の霧が晴れてきた訳だが、武田軍の本隊に合流した別動隊は当然、

「駆け付けるのが遅いわっ! もう長尾の軍勢は消えた後だぞっ! 何をしておったっ!」

 信玄の叱責を受ける破目になった。

 信玄も、当主失格だな、と思いながらも、怒りが収まらず、

「海津城に戻るぞっ!」

 そう吐き捨てて撤退したのだった。

 怒ってる信玄には怖くて聞けないので、武田の一門衆で義信の近習でもある穴山信君に喜兵衛が、

「よう、一門殿。本隊の被害はどのくらいなんだ?」

「信繁様、山本殿、室住殿が討ち死にだよ」

「あちゃっ! そりゃあ御館様も怒るか」

「それも嘘かホントか、信繁様と山本殿を討ったのは室住殿だって噂まである」

「寝返り? いや、それはさすがにないか。待てよ。まさか霧の中をいつもみたいに突撃したのか?」

「最悪だよ、もう」

 それが信君の弁だった。





 一方のいくさの手柄勝負をしていた武藤喜兵衛は池田恒興を見張っていた原大隅守を発見して、

「客人はどこだ?」

「御館様から馬を貰って早々に尾張に帰ったよ」

「向こうの手柄は?」

「何も」

 と答えた大隅守の眼が泳ぎ、

「本当は?」

「それが御館様の裁定なので」

「そこを頼むよ。ほら、武藤家に貸しが作れると思って」

 そう喜兵衛がお願いすると、大隅守は少し考えてから、

「長尾の大将が本陣までやってきて御館様に斬り掛かった」

「はあ? それはさすがに・・・いや、御館様のあの手の傷って」

 信玄の手の負傷を思い出した喜兵衛が黙る中、大隅守が、

「その御館様の窮地を助けて後日褒美を貰うのが原大隅守だ」

 他人事のように言い、何が遭ったのか理解した喜兵衛が、

「尾張の客人が助けたのか? 近習は何をやっていたんだ?」

「私が助けたと言ったでしょう、では」

「待った。手柄はそれだけだよな?」

 そう咄嗟に尋ねた喜兵衛を大隅守が嫌そうに見返して、

「まだあるのか? 教えてくれ」

 他の武功も総て大隅守から聞き出した喜兵衛は、

「今回は完敗だ、池田恒興。だが次は必ず」

 勝負に負けながらも次の事を見据えて呟いたのだった。





 川中島の戦いでのこれだけの惨敗を世間に吹聴すれば武田の権威が失墜し、服従してる領内の豪族族も離反する。

 その為、武田方は兵数も含めた大規模な情報操作によって第4次川中島の戦いは武田方が勝利したと宣伝した。

 そして、当然のように勝った方の上杉も勝利を高々と宣伝している。

 両方が勝ったと言い張る第4次川中島の戦いは、痛み分け、だったというのが他の大名達の結論となった。





 本格的に歴史の改竄が行われたのは、三方ヶ原でコテンパに武田軍に負けたが最終的に天下人になった徳川家康である。

 家康を負かした武田軍が弱いと凄く都合の悪いのだ。

 よって徳川家康が天下を取った後に第4次川中島の戦いの情報の改竄が本格的に行われたのだった。





 徳川幕府が情報の改竄を行った頃には、一騎打ちを演じた上杉謙信から武田信玄を助けた足軽は原虎吉で収まっており、誰も真相を知らなかった。





 登場人物、1561年度

 春日虎綱(34)・・・武田家の家臣。武田二十四将の一人。別名、高坂昌信。通称、源五郎。第4次川中島の戦いで自慢の顔を負傷する。

 能力値、風林火山陰A、信玄との阿吽の呼吸SS、自慢の顔に傷B、信玄への忠誠SS、信玄からの信頼SS、武田家臣団での待遇A

 甘粕景持(39)・・・上杉家の家老。上杉四天王の一人。越後三条城主。弓の景持。政虎の影響で毘沙門天を信仰する。関東管領職を襲名した政虎に傾倒する。

 能力値、弓の景持A、毘沙門天信仰オン・ベイシラマンダヤ・ソワカS、正義は上杉にありS、政虎への絶対忠誠SS、政虎からの信頼C、上杉家臣団での待遇S

 飯富源四郎(32)・・・武田家の家臣。武田二十四将の一人。武田の赤備えを率いる。第4次川中島の戦いには間に合わず。鬼小島とのくだりは創作。

 能力値、赤備えの飯富S、一騎駆けの源四郎S、風火雷B、信玄への忠誠S、信玄からの信頼A、武田家臣団での待遇A

 穴山信君(20)・・・武田の一門衆。穴山氏7代当主。武田二十四将の一人。母が武田信玄の姉。正室が武田信玄の次女、見性院。嫡子、義信の近習。八方美人の信君。

 能力値、武田一門衆SS、八方美人の信君A、反骨の相A、信玄への忠誠C、信玄からの信頼D、武田家臣団での待遇S
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

日本国を支配しようとした者の末路

kudamonokozou
歴史・時代
平治の乱で捕まった源頼朝は不思議なことに命を助けられ、伊豆の流人として34歳まで悠々自適に暮らす。 その後、数百騎で挙兵して初戦を大敗した頼朝だが、上総広常の2万人の大軍を得て関東に勢力を得る。 その後は、反平家の御家人たちが続々と頼朝の下に集まり、源範頼と源義経の働きにより平家は滅亡する。 自らは戦わず日本の支配者となった頼朝は、奥州の金を手中に納めようとする。 頼朝は奥州に戦を仕掛け、黄金の都市と呼ばれた平泉を奥州藤原氏もろとも滅ぼしてしまう。

【完結】Atlantis World Online-定年から始めるVRMMO-

双葉 鳴|◉〻◉)
SF
Atlantis World Online。 そこは古代文明の後にできたファンタジー世界。 プレイヤーは古代文明の末裔を名乗るNPCと交友を測り、歴史に隠された謎を解き明かす使命を持っていた。 しかし多くのプレイヤーは目先のモンスター討伐に明け暮れ、謎は置き去りにされていた。 主人公、笹井裕次郎は定年を迎えたばかりのお爺ちゃん。 孫に誘われて参加したそのゲームで幼少時に嗜んだコミックの主人公を投影し、アキカゼ・ハヤテとして活動する。 その常識にとらわれない発想力、謎の行動力を遺憾なく発揮し、多くの先行プレイヤーが見落とした謎をバンバンと発掘していった。 多くのプレイヤー達に賞賛され、やがて有名プレイヤーとしてその知名度を上げていくことになる。 「|◉〻◉)有名は有名でも地雷という意味では?」 「君にだけは言われたくなかった」 ヘンテコで奇抜なプレイヤー、NPC多数! 圧倒的〝ほのぼの〟で送るMMO活劇、ここに開幕。 ===========目録====================== 1章:お爺ちゃんとVR   【1〜57話】 2章:お爺ちゃんとクラン  【58〜108話】 3章:お爺ちゃんと古代の導き【109〜238話】 4章:お爺ちゃんと生配信  【239話〜355話】 5章:お爺ちゃんと聖魔大戦 【356話〜497話】 ==================================== 2020.03.21_掲載 2020.05.24_100話達成 2020.09.29_200話達成 2021.02.19_300話達成 2021.11.05_400話達成 2022.06.25_完結!

だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜【六章完結】

花房いちご
ファンタジー
人間の魔法が弱まった時代。強力な魔法は、魔法植物の力を染めた魔道具がなければ使えない。しかも、染めることが出来る者も限られていた。 魔法使い【ティリア】はその一人。美しい黒髪と新緑色の目を持つ彼女は、【花染め屋(はなそめや)】と名乗る。 森に隠れ住む彼女は、訪れる客や想い人と交流する。 これは【花染め屋(はなそめや)】ティリアと、彼女の元を訪れる客たちが織り成す物語。 以下、はじまりの章と第一章のあらすじ はじまりの章 「お客様、どうかここまでたどり着いてください」 主人公であるティリアは、冒険者ジェドとの会話を思い出していた。それは十年前、ティリアがフリジア王国に来たばかりの頃のことで、ティリアが花染め屋となったきっかけだ。ティリアは懐かしさに浸りつつ、夕焼け色の魔法の花で花染めの仕事をし、新しい客を待つのだった。 第一章 春を告げる黄金 「冬は去った。雪影女王、ラリアを返してもらうぞ」 イジスは、フリジア王国の宮廷魔法使いだ。幼馴染の商人ラリアが魔物に襲われ、命の危機に陥ってしまう。彼女を救うためには【最上級治癒】をかけなければいけないが、そのためには【染魔】したての魔道具が必要だった。 イジスはジェドや古道具屋などの助けを得つつ、奔走し、冒険する。たどり着いたのは【静寂の森】の【花染め屋】だった。 あらすじ終わり 一章ごとに話が完結します。現在五章まで完成しています。ざまぁ要素が特に強いのは二章です。 小説になろう様でも【花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜】というタイトルで投稿しています 掲載済みの話も加筆修正することがあります

浅葱色浪漫

彼方
歴史・時代
時は幕末 一軒の小さな道場に一人の跡取りがいた 名は真田遼 とある晩 道場破りに合い 子どもは姿を消した それから月日は流れる 子どもは新選組の扉を叩いた

7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
不遇な生い立ちの王が百年戦争に勝利するまでの貴種流離譚。 フランス王国史上最悪の国王夫妻——狂王シャルル六世と淫乱王妃イザボー・ド・バヴィエールの10番目の子は、兄王子の連続死で14歳で王太子になるが、母と愛人のクーデターで命からがらパリを脱出。母が扇動する誹謗中傷に耐え、19歳で名ばかりの王に即位したシャルル七世は、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。 父母の呪縛、イングランドの脅威、ジャンヌ・ダルクとの対面と火刑、王国奪還と終戦、復権裁判。 没落王太子はいかにして「恩人を見捨てた非情な王」または「勝利王、よく尽された王」と呼ばれるようになったか。 ※表紙画像はPicrew「IIKANJI MAKER(https://picrew.me/ja/image_maker/2308695)」で作成したイラストを加工し、イメージとして使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859769740766 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n8607hg/

【完結】婚約者は浮気中?噂を聞いた令嬢は自分も「恋は盲目」を経験したいと言ってみた

春風由実
恋愛
婚約者が恋をしているという噂が流れていた。 どうやら本当に婚約者はとある男爵令嬢と懇意にしているみたい。 普段は賢い彼なのに、どうして噂となるような振舞いをして、そのうえ噂を放置しているのかしら? それは「恋は盲目」だから。 恋を学んだ令嬢は、自分もいつか経験したいと言ってみた。 ※短いです。完結まで作成済み。

魔斬

夢酔藤山
歴史・時代
深淵なる江戸の闇には、怨霊や妖魔の類が巣食い、昼と対なす穢土があった。 その魔を斬り払う闇の稼業、魔斬。 坊主や神主の手に負えぬ退魔を金銭で請け負う江戸の元締は関東長吏頭・浅草弾左衛門。忌むべき身分を統べる弾左衛門が最後に頼るのが、武家で唯一の魔斬人・山田浅右衛門である。昼は罪人の首を斬り、夜は怨霊を斬る因果の男。 幕末。 深い闇の奥に、今日もあやかしを斬る男がいる。 2023年オール讀物中間発表止まりの作品。その先の連作を含めて、いよいよ御開帳。

旅行先で目を覚ましたら武田勝頼になっていた私。どうやら自分が当主らしい。そこまでわかって不安に覚える事が1つ。それは今私が居るのは天正何年?

俣彦
ファンタジー
旅行先で目を覚ましたら武田勝頼になった私。 武田家の当主として歴史を覆すべく、父信玄時代の同僚と共に生き残りを図る物語。

処理中です...