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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>
第十二話:奴隷商人は奴隷館へ行く
しおりを挟む「ぬぁああああっ! ど、どういうことだぁあああ!」
ライラが、朝っぱらから大声を出すものだから目が醒める。ベッド脇に立って頭を抱えるライラ。
「うるさいな、朝っぱらからどうした?」
「だ、旦那さま。わ、わたし昨夜の記憶がないんですが、ま、まさか初夜を覚えていないとは……!」
昨夜は失神したライラを寝かしつけ、俺もそのまま同じベッドで寝た。当然なにもしていない。
「昨日のライラは激しかったぞ。俺もクタクタになった。もう少し眠らせてくれ」
「……私としたことが……昨夜、たしか奴隷がお相手をして、私はそれを見ていて。記憶がないだとぉ!」
ブツブツと独り言を呟いているライラに背を向けて寝る。
「だ、旦那さま。もう一度私を抱いてくださいませっ!」
「眠らせてくれ。今日の奉仕はパオリーアだろ。お前は昨日だから、おしまい」
――――コンコンコン
パオリーアが入ってくる。
「先生、どうしたんですか? 大きな声を出して。何があったのかとビックリしました」
「リーア、先生を部屋まで連れて帰ってやってくれ。俺は、もう少し眠る……」
「出発の一刻前に起こしに来ますねっ!」
◆
久しぶりに奴隷商店へ行くと、店先に客が列をなしているのが見えた。
そんなに、客が殺到するほど奴隷の需要が高まっているのか?
客が多いため、裏口から入るとジュンテが手揉みして迎えてくれた。
「ニート様、お待ちしていました。表はすごい人だったでしょう?」
「ああ、いったいどういうことだ?」
ジュンテが言うには、最近奴隷の競売があり高値がついて話題になったという。さらに、もともと高価な奴隷がうちの店は倍以上のためか、見にくるだけの男たちが増えたのだそうだ。
つまり、冷やかし客、買うつもりのない客が列をなしているという。
娯楽が少ないこの世界だから、可愛い女の子がニコリとして手を振ってくれるだけで満足なのだろうか?
「見るだけでは仕事にならず、ほとほと困ってるんです。追い返そうとしていますが、買う気はあるという者もいて……」
弱り果てなように頭をかくジュンテは、何か知恵をくれという目で俺を見てくる。
「そうか……。それなら、入場料を取れ」
「はい? 奴隷を見るだけでも金を取るのですか?」
ジュンテが、不思議そうな顔をしている。見るだけで金を取ることに慣れていないのか、この世界では入場料や見学料の概念がないのか。
「そうだ。見物料として少しでも金を取れば、ただの冷やかしも少なくなるだろう。その金の半分は奴隷たちに分配やるといい」
さすがですね、とジュンテが言うので、もう一つ案を出してやる。
「それと、奴隷の前に金を入れる箱でも置いておけ。金を入れてくれたら、握手くらいはしてやると喜ぶだろう。奴隷もそれで日銭が稼げるのならそれくらいの愛想はするだろうからな」
「さっそく、取り掛かります!」
ジュンテは、いそいそと奥に引っ込むと木箱を奴隷たちの部屋の前に置いて行く。
「これはなんだい?」
見物している男が、ジュンテが置いた木箱を覗き込んで言った。
「お客さん。この娘がお気に入りですか? でしたら、ここに銅貨を入れて応援してやってくださいな」
銅貨を? と怪訝な顔をした男が、スボンから銅貨を一枚取り出すと木箱へと投げた。
今まで、部屋の奥で座っていたエルフが客のところまで来ると、ありがとうございますとにこりと微笑み、手を差し出す。
「あっ、はい……応援しています。がんばってください。俺、買うほど金は持っていませんが、毎日来ます」
「ありがとう……いつも来てくれてありがとう」
両手で握手するエルフに、骨抜きにされた男は鼻の下を伸ばしてふらふらと後ろに下がった。
その後、次から次へと見物客が銅貨を入れては、エルフと握手をしている。それが店内にいた六人の奴隷たち全員のところで起こった。
その日から毎日金貨二枚ほど稼ぐようになったのは後のお話。
「ニート様、さすがですね。奴隷を見世物にして金を取るという発想、私たちには思いつきませんよ」
ジュンテが、嬉しそうにしている。俺は、肩をポンポンと叩くと、奴隷たちに危険がないように刃物などの武器を店に持ち込ませるなと伝えた。
元いた世界でも、握手会でファンが推しのアイドルを傷つけたことがあったっけ。そんなことが起きないとも限らない。この世界は、元いた世界ほど倫理観が醸成されているようでもないからな。
俺はふと、パオリーアの姿を探すと男たちに囲まれて困っているパオリーアを見つけた。
「リーア、どうした。何かあったのか?」
「だ、旦那様……この人たちが、私も売り物かと聞いてきて……」
無節操な男たちが、パオリーアを見つけると群がっていた。こいつら、美人ならなんでもいいんじゃないか?
ジュンテが慌てて、駆け寄ると男たちにパオリーアは売り物じゃないと説明して解散させた。
一難去って、また一難ってやつだな。
ジュンテは、奴隷たちの部屋の前に線を引き、これ以上は入るなと立て札を立てた。
「お客様。すみませんが、女たちの休憩の時間です。一度外に出ていただくようにお願いします」
俺が何も言わなくても、ジュンテは奴隷たちが疲れを見せはじめたところで休憩を入れた。さすが、観察力の高いジュンテだ。この男に任せておけば問題ないだろう。外に客を追い出すと、女奴隷たちが俺の元へとやって来た。
「旦那様! おひさしぶりです。私たち、出荷されるときは本当に不安でしたが、ここに来てなんだか楽しくなっています。奴隷なのに、こんなに良くしていただいてありがとうございます」
奴隷たちが、膝を曲げて頭を下げる。
「礼はいい。疲れただろう、ゆっくりと休め。木箱の金は半分は店に、半分はお前たちのものだ。好きなものをジュンテに買って来てもらうといい」
わー、と黄色い歓声が上がる。悲壮感の全くない奴隷たちだ。俺のせいだろうけど、これでいいのだろうか。すでに奴隷じゃなくなっている気がする。
「ニート様。それでは、我々は奥で打ち合わせといきましょう」
ジュンテに促されて奥のテーブルにつく。パオリーアは顔なじみの奴隷たちとおしゃべりに夢中になっているので、放っておいた。
「どうだ、売り上げの方は」
俺が、店の状況を尋ねると、こちらをご覧くださいとノートを一冊差し出すジュンテ。
奴隷一人の単価が高い。利益率も高いようだ。少々、食事代や衣装代にコストはかかっているが、儲けも大きかった。
「どこか、不審な点があるのか?」
「はい。このお客様なのですが、定期的に奴隷を買ってくださっています。ちょっと気になりまして」
ジュンテが指差した客は、五十代の王都に住む貴族の男性のようだ。ちょくちょく、エルフを買っているのがわかる。
「お得意さんではないか。何が気になるのだ?」
「はい、実はエルフだけを買ってくださっていて、値段をどんなに高く設定していても、何も言わずに買われるのです。エルフばかりそんなに集めて一体何をさせているのだろうかと心配になりまして」
エルフだけを定期的に買っている……か。諜報屋に探らせるように指示をする。
もう一店舗のほうにも立ち寄ると、そちらは男客が殺到していることもなく平和なものだった。入場料を取るようにと指示し、あとはジュンテたちに任せると言い残すと俺はパオリーアを連れて街へ繰り出したのだった。
「パオリーア、何か食べたいものがあるか?」
「うーん……何も思いつきません。旦那さまと一緒なら何を食べてもうれしいです」
可愛いことを言って、パオリーアは俺の腕にしがみつくように胸を押し付けてくる。
久しぶりに、甘々なデートでもするかな。
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