上 下
20 / 97
<第一巻:冷酷無慈悲の奴隷商人>

第十四話:奴隷商の息子は激怒する

しおりを挟む

 俺は奴隷商人の息子として生きていくと腹を決めていた。だから奴隷に同情すべきではないし、ましてや人身売買が悪いという日本でのモラルや常識を持ち出すべきではないと理解していた。
 だが、目の前に俺に助けを求める女がいる。気がついたら、奴隷の股間を覗き込んでいる小汚い男を蹴り飛ばし、怒鳴りつけていた。

「この野郎、そこで何をしている!」

 大げさに吹っ飛んで転がっていく下男。驚きのあまり唇をワナワナと震わせて店主を見た。その目は恐怖で見開かれている。
 俺は、店主のほうへ振り返ると点検とは何をするのだと聞いた。
――――この時、相当頭に血が上っていたのだろう。正直、後で思い出そうとしてもよく思い出せなかった。

 点検は、奴隷の肛門や膣の中の具合、体に欠損や傷がないかなどを調べるようだ。特に性奴隷にされるエルフの奴隷は、病気を持っていないか分泌物に匂いがないかなどを点検するという。

「それが必要な行為なのは理解するが、何のために鎖で縛り付けてるんだ? 逃げようとしたのか?」
「奴隷が暴れるもんで……」

そりゃ、お股で小汚いおっさんが股間を覗き込んだら俺でも悲鳴をあげるわ!

「必要な行為なら、もう少しちゃんと説明してやれよ。体に異常がないか、アソコの病気がないか確認するから、ってそれくらいは説明できるだろ?」
「はい……」

うなだれた下男は、土下座してごめんなさいごめんなさいと謝る。俺に謝らなくてもいいんだけど……

「とりあえず、離してやれ!」

奴隷の娘は、鎖から解き放たれると、その場でへたり込んだ。
鎖から外された奴隷に、嫌な思いをさせて悪かったと謝った。

「怖かったんだな。だが、必要なことらしいから、落ち着いたらもう一度見てもらえ」
「あの人は、いやです……あ、あの……ニート様になら……」
「俺? えっ? いいの? あっ、いや……お、俺でいいのか?」
「はい……ニート様になら鎖に繋がれてもかまいません」

どうせあれだろ? 過去の俺がこの子を鎖で縛って嬲っていて、それで慣れてるからとか言うんだろ?

「うん……まぁ、それはいいけど。俺は医者ではないからよくわからないんだけどな」

奴隷の娘は、俺とパオリーアを交互に見てから言った。

「パオ姉さんなら、治療に詳しいからわかると思います」

 えっ……そうなの? 俺は、パオリーアを見ると、うなずいてくる。

「パオリーアは、医療とかってわかるのか?」
「はい、母が産婆でしたし、子供の頃から教えてもらっていたので……」

 パオリーアにそんな特技があったのか。

「おい、ジュンテ。パオリーアに見てもらうことでいいか?」
「は、はい。それは全く問題ありません」

 女同士なら、少しは安心するだろう。俺ではお股の点検が平常心でできるとは思えない。
 良かった、良かった。

 若干、残念な気持ちのまま、俺は奴隷とパオリーアだけを残し、この部屋を出た。

 店主には、今後奴隷を受け入れる時の点検は女性にしてもらうようにと伝えた。
 ちょっと嫌な顔をされたが、こいつ、もしかして手をつけてるんじゃないだろうな。

「それと、檻には入れなくていい。奴隷環スレイブリングを付けておけばいいだけだろ?」
「はい……そうですが。奴隷の店は檻に入れるのが普通でございます」
「ダメだ。檻に入れて売ると、売られた先でも檻に入れられるじゃないか」

 そう、俺は売られた奴隷たちのその後が心配だった。

「な、なぜそのような……奴隷に気を使うようなことを……」
「女だからだ。この者たちは大切な商品だ。商品を丁寧に扱うのは当然だと思わないか?」

 わかったのかわからないのか、理解できずに目を白黒させている店主と下男に、俺の命令は絶対だと強く言い渡した。
 振り返ると入り口で、檻から出された奴隷の少女たちが、俺たちのやりとりを見ている。

「わ、わかりました。仰せのままに!」

 土間に土下座した店主と下男を見て、奴隷たちも一様に床にひれ伏す。よく見るとパオリーアも頭を土間につけて頭を下げていた。
 アルノルトも、膝を地に付け礼の姿勢をとっている。

「はい、ニート様。今後は態度を改めてまいります。ご教示ありがとうございます」

 店主には、檻は撤去してその代わり奴隷たちがいかに高級に、美しく見えるかを工夫するように伝えた。
 七日後にもう一度来ると言うと、承知してくれた。

 パオリーアは奴隷たちと何やら肩を寄せ合って話をしていたので、俺とアルノルト、店主の三人は店の奥のテーブルに着き、店の客層や、売られた後の奴隷がどうなっているのかを聞いた。
 想像した通り、売られた先では酷い扱いを受けている奴隷もいるようだったが、それも噂話程度で店としては掴んでいないらしい。
 俺は、顧客の調査も必要だと店主に話した。

「奴隷を売った後まで、お気になさるのはなぜですか?」

 店主ジュンテは、理解できないだろう。だが、俺は屋敷で奴隷たちにある程度の自由を与えていた。今まではどうか知らないが、人扱いされず絶望したまま生きていくのは、かわいそうだと思ってしまうのだ。平和ボケが長かったからなのか、俺自身が今までそういう絶望を味わっていなかったからなのか、それとも相手が女の子だからなのか、正直わからない。しかし、可哀想だと思って何が悪いのだと、俺は思う。

 絶望から立ち直った少女たちを、また絶望の中に落とすのは、俺が、良いことをしたと悦に浸るための自己満足だけでは、奴隷も客も迷惑するだけだ。
 俺が関わってしまった以上、その後も責任を持たなければならないという思いは、奴隷たちに部屋を与えた時から考えていた。

「これからは、売る客がどう奴隷を扱っていたかも調べてから売ってくれ。それと、売った奴隷の状態がどうなのか知る方法があるか考えて欲しい」
「そういうことでしたら、知り合いの諜報屋に任せておけば大丈夫でしょう」

 諜報屋か……探偵みたいな感じか。
 アルノルトと店主から、今まではどうしていたのか聞き、だいたいの様子は把握できた。正直、管理らしいことは何もしていなかったようだ。よくこれで奴隷商の認可が下りたものだ。親父の交渉力が高かったということか……
 盗賊たちが売りに来た奴隷を、檻に入れて並べ、買いにきた客に売る。ただ、右から左へ奴隷たちをやりとりするだけの仕事。
 つまらん仕事だ。親父がやってきたことを否定するつもりはないが、俺はそれが仕事だと胸を張って言えない。

「俺には奴隷商人は向いていないんだろうな……」

 俺は独り言ちた。おそらく誰も聞いていないだろう。

「あまり長居しても迷惑だろう。アルノルト、パオリーア、そろそろ行くか」
「「はい」」

 ダバオの街にはもう一店舗出しているので、そちらにも行きたかったが、そちらは店主同士が兄弟とのことだったので同じようにすると約束してくれた。
 親父には勝手なことをしてすまなかったと、後で謝っておこう。

「さあ、気分を変えて街をぶらついて買い物しよう。小さなパンツ!小さなパンツ!」
「はい?」

 しまった! 心の声が漏れ出てた!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

アイテムボックスだけで異世界生活

shinko
ファンタジー
いきなり異世界で目覚めた主人公、起きるとなぜか記憶が無い。 あるのはアイテムボックスだけ……。 なぜ、俺はここにいるのか。そして俺は誰なのか。 説明してくれる神も、女神もできてやしない。 よくあるファンタジーの世界の中で、 生きていくため、努力していく。 そしてついに気がつく主人公。 アイテムボックスってすごいんじゃね? お気楽に読めるハッピーファンタジーです。 よろしくお願いします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【第二部開始】追放されたので千年後に転生しました~その幼女、元転移転生魔術師の再来~

がっきー
ファンタジー
 転移魔法、転生魔法を使える魔術師デウディーン。  彼は自ら異世界転移で喚んだ親友、田中たかしから絶交宣言を受け、追放されてしまう。  夢に出た女神から力を授かり、人々から崇拝される存在になると言われて。  デウディーンは傷心だった。  傷心のあまり、命を落としてしまう程に……。  が、自らに転生魔法をかけ、千年後に転生を果たしたのだった。  それから千年後、幼女のマリーとなったデウディーンは、小さな村でスローライフを送る決意した。  手始めに、異世界【日本】から道具を喚び、秘密基地を作り、転移道具に囲まれて悠々自適な生活を送ろうとする――  ある日、ひょんな事から衝撃の事実を知ってしまう。  それは、生前の自分が評価されている事だ。  いや、されすぎる余り皆から崇拝されており、巨大な教団ができているという……。  デウディーンは焦っていた。スローライフを守るため、また自分と大きく食い違った偶像崇拝をやめてもらうため、教団に対して文句を言う必要があると……。  これは、転移と転生を駆使してスローライフを死守する、元転移転生魔術師の物語である。  一方の田中たかしは、皆から忘れられていた。 *R指定は保険です。

スキル【特許権】で高位魔法や便利魔法を独占! ~俺の考案した魔法を使いたいなら、特許使用料をステータスポイントでお支払いください~

木塚麻弥
ファンタジー
とある高校のクラス全員が異世界の神によって召喚された。 クラスメイト達が神から【剣技(極)】や【高速魔力回復】といった固有スキルを受け取る中、九条 祐真に与えられたスキルは【特許権】。スキルを与えた神ですら内容をよく理解していないモノだった。 「やっぱり、ユーマは連れていけない」 「俺たちが魔王を倒してくるのを待ってて」 「このお城なら安全だって神様も言ってる」 オタクな祐真は、異世界での無双に憧れていたのだが……。 彼はただひとり、召喚された古城に取り残されてしまう。 それを少し不憫に思った神は、祐真に追加のスキルを与えた。 【ガイドライン】という、今はほとんど使われないスキル。 しかし【特許権】と【ガイドライン】の組み合わせにより、祐真はこの世界で無双するための力を得た。 「静寂破りて雷鳴響く、開闢より幾星霜、其の天楼に雷を蓄積せし巍然たる大精霊よ。我の敵を塵芥のひとつも残さず殲滅せよ、雷哮──って言うのが、最上級雷魔法の詠唱だよ」 中二病を拗らせていた祐真には、この世界で有効な魔法の詠唱を考案する知識があった。 「……すまん、詠唱のメモをもらって良い?」 「はいコレ、どーぞ。それから初めにも言ったけど、この詠唱で魔法を発動させて魔物を倒すとレベルアップの時にステータスポイントを5%もらうからね」 「たった5%だろ? 全然いいよ。ありがとな、ユーマ!」 たった5%。されど5%。 祐真は自ら魔物を倒さずとも、勝手に強くなるためのステータスポイントが手に入り続ける。 彼がこの異世界で無双するようになるまで、さほど時間はかからない。

無能な悪役王子に転生した俺、推しの為に暗躍していたら主人公がキレているようです。どうやら主人公も転生者らしい~

そらら
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞の投票お待ちしております!】 大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役王子に転生した俺。 王族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な第一王子。 中盤で主人公に暗殺されるざまぁ対象。 俺はそんな破滅的な運命を変える為に、魔法を極めて強くなる。 そんで推しの為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが? 「お前なんかにヒロインと王位は渡さないぞ!?」 「俺は別に王位はいらないぞ? 推しの為に暗躍中だ」 「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」 「申し訳ないが、もう俺は主人公より強いぞ?」 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング50位入り。1300スター、3500フォロワーを達成!

処理中です...