上 下
7 / 97
<第一巻:冷酷無慈悲の奴隷商人>

第四話:奴隷商人の息子は臭い奴隷が嫌い①

しおりを挟む
 

 俺は片山仁人にいと。二十三歳で階段から落ちて死んでしまった不幸な男です。
 でも、幸か不幸か色っぽい声をした女神様に、異世界の肉体をいただいて残りの余生をいただくことができました。
 しかも、偶然にも名前がニートという男性。しかも、金髪イケメンでスラっと長身なのです。
 これは、ありがたいと思ったのですが、なんとこのニートという男は奴隷商の一人息子で鬼畜だったのです。
 この世界の父親も、屋敷に住む召使いの人たちも、みんな俺のことを恐れる目で見てきます。
 話しかけようと思っても、地面に伏して顔を上げず、嵐が過ぎ去るのを待つのみという感じで微動だにしません。
 それでも、執事のアルノルトさんは、俺に対して率直に意見してくれ、何もわからない俺に色々と教えてくれます。
 まだまだ、この世界のルールはわからないので腰を低くして、やっていこうと思います。

 俺は、部屋の机の上にあった紙に、暇つぶしに日記のようなものを書き連ねた。
 この世界の文字も読めるが、日記なので日本語で書いておいた。こっちの人が読めるのかどうかわからないけど、読まれたくないもんね。

 狐耳の少女が気になったので、部屋に連れて来てもらえるよう執事にお願いしていたけど、そろそろ来る頃かと俺は立ち上がった。
 ドアの前で耳を澄まし、廊下の様子を探る。
 まだこの館の勝手がわからないので、自分で探索するのは怖い。まだ自分の家だという感覚がないのだから仕方がないが。

 廊下に足音が聞こえて来た。アルノルトの声が聞こえてくる。なんの話をしているのだろう。

「アーヴィアよ。今朝からニート様は私に対して丁寧な口調で話されている。ということは、これは圧力なのだ。丁寧な言葉で威圧して来ていることは、アーヴィアも今朝の様子でわかっていると思う」
「はい……たしかに、丁寧な口調をされていました」

 え? もしかして、敬語で話したのを威圧的に感じてるわけ? ニートってやつは普段どんな口調で執事や奴隷に話していたんだろう。
 俺が、丁寧に話すことによって奴隷や召使いの人たちが恐れてしまうことにショックを受けた。そういえば、アルノルトさんに話しかけた時ギョッとされたのは、そういうことか。
 これからはこの肉体で余生を過ごさないといけないのだから、鬼畜でクズな息子を演じていかないといけないってことなのかもしれない。
 丁寧口調はやめて、命令口調の方がもしかしたら安心するのなら、そうしよう。

 二人の会話を聞くため、ドアに耳をつけた。

「しっかりお務めしてくるのだよ。無事を祈る」

 アルノルトさんの声と同時に、ノックの音。うわっ、耳がっ!!
 もろにドアのノック音が耳に直撃し、驚いた俺は尻餅をついてしまった。

「どうぞ」

 なんとか、声を絞り出したけど変な声になってしまった。思わず笑いが出てしまう。

 狐耳の少女が、ドアを開けて入って来た。やはり下を向いたままだ。髪は茶色で長いが、洗っていないのかベトベトしているようで汚い。さらに、足もずっと裸足だったのだろう。黒ずみ、ところどころ瘡蓋かさぶたができている。掻きむしったのか、虫刺されのような後もあった。
 頭の先から、つま先までつい舐めるように見てしまったが、彼女はそのことには気付いていないようで、じっと立っている。

「どうぞ。中に入って」
「は、はい……」

 ビクッと肩が震えたと思うと、部屋に入るとドアを閉め、そして土下座の姿勢をとった。あれ?この世界のルールか何かですか?
 そうだ、丁寧口調ではなく命令口調の方がいいのだった。

「正座しなくてもいいから、立て!」

 俺は、命令口調で言ってみたが、そんなのガラじゃないし、女の子に命令口調なんてしたことなかったので胸の鼓動が激しくなった。
 心臓バクバク状態だけど、女の子がスッと立ち上がったので安心した。

「名前は? 名前はあるんだろ?」
「あっ、はい…… アーヴィアです」

 狐耳が、ペタンと頭に垂れているのを見ると、かなり元気がないってことかな。狐って犬みたいに尻尾を振ったりするのだろうか。
 俺は、しばらく少女を見ていたが何もしゃべらなくなったので、さらに話しかけてみることにした。

「えっと、突然呼び出してすまん。驚いただろう」

 俺、ちゃんと命令口調で話せてる?っていうか、女の子にこんな口調で話して嫌われたりしないだろうか。
 もともと嫌われているんだから、そこは気にしなくてもいいんだろうけど、できることなら仲良くやりたいしなあ。

「だ、大丈夫です……精一杯ご奉仕……します……」
「ああ、励め!」

 うわ、励めってなんだそれ、時代劇かよ。
 もっと気の利いたこと言えば良かったと猛省していたところ、狐少女はスルスルと身につけていた服を脱ぎ始めた。

「な、なにを…… なんで脱ぐの?」
「す、すみませんでした……ぬ、脱がしてくださるの……ですか。でも、手が汚れてしまいます……」
「いや、脱がしたりしない」

 その言葉を聞くと、少女の体からストンと服が床に落ちた。
 うーむ、痩せこけていてどうみても栄養が足りてないな。胸もペタンコだし、腹だけは幼児体型みたいにぽっこり出てるし。
 それに、ひどく浅黒いんだけど、色黒ってわけじゃなくて垢だな、これは。

「ず、ずいぶん汚いな。風呂には入っていないのか?」
「あ、はい……もうしわけございません。汚い体をお見せして……ふ、風呂はこのお屋敷に来てから一度も……」

 恥ずかしくなったのか、手で胸と股の部分を隠しているが、あまりにも貧相な姿に俺の下半身も無反応だ。
 それよりも、風呂に入ってないとは、奴隷って風呂に入らないものなのだろうか?

「え? この屋敷に来て一度も風呂に入ってないの? それは奴隷だから? それとも獣人だから?」

 俺は、驚いて思わず普段の口調で話しかけると、少女は慌てて土下座する。

「も、すみません、すみません……決してお風呂に入れてもらっていないと文句を言っているわけではありません。すみません、すみません」
「かまわん。怒ってなどいない。興味があったから聞いただけだ。お前たちは、風呂に入らないのか、それとも風呂に入れないのか」

 少女は、床に頭をこすりつけている。全裸の少女を土下座させるなんて、俺にはできない。
 立ち上がらせようと、腕を掴んで引っ張り上げようとした。

「ひぃっ! 申し訳ございません。申し訳ございません……」

 おいおい、元の俺ってどんだけ恐れられているんだよ。この調子では全く会話が成立しない。土下座と謝罪は禁止ってことにしたらいいのかな。

「立て。今後、土下座禁止だ。いいか、何があっても俺に土下座するな」
「はい、土下座禁止……わかりました……土下座……」

 意外とすんなりと受け入れてくれたので、安心した。腕を持って、少女を立ち上がらせる。

「アーヴィア以外の奴隷も、風呂には入ってないのか?」
「はい、奴隷の家には風呂はありませんし、水浴びも以前はあったと聞いたことがありますが私がここに来てからは一度もなくて」

 ずっと気になっていた獣みたいな匂いは、獣人族だからってわけではなく、風呂に入っていなかったからってことか。
 俺は、奴隷たちがどのような環境で過ごしているのか、気になった。

「アーヴィア。お前たちの家に案内してくれないか」
「えっ、それは……ご主人様に来ていただくような、そんなところでは……」
「なぜだ?」

 思わず強い口調で、言ってしまった。すると、またしても土下座!
 さっき土下座禁止って言いましたよね? もう、身についた習慣みたいなものなのかもしれない。

「アルノルトさんを呼んで来てください。それと、服は着てください」
「も、申し訳ございません。お許しを、お許しを……」

 しまった。丁寧な口調で話しかけると、怖がらせてしまうんだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

息子と継母

ブラックチェリー
大衆娯楽
18歳の息子と32歳の淑やかな義理の母。夫は単身赴任で海外へ。昭和レトロな雰囲気。両片思いで気持ち悶々。

今更愛を告げられましても契約結婚は終わりでしょう?

SKYTRICK
BL
冷酷無慈悲な戦争狂α×虐げられてきたΩ令息 ユリアン・マルトリッツ(18)は男爵の父に命じられ、国で最も恐れられる冷酷無慈悲な軍人、ロドリック・エデル公爵(27)と結婚することになる。若く偉大な軍人のロドリック公爵にこれまで貴族たちが結婚を申し入れなかったのは、彼に関する噂にあった。ロドリックの顔は醜悪で性癖も異常、逆らえばすぐに殺されてしまう…。 そんなロドリックが結婚を申し入れたのがユリアン・マルトリッツだった。 しかしユリアンもまた、魔性の遊び人として名高い。 それは弟のアルノーの影響で、よなよな男達を誑かす弟の汚名を着せられた兄のユリアンは、父の命令により着の身着のままで公爵邸にやってくる。 そこでロドリックに突きつけられたのは、《契約結婚》の条件だった。 一、契約期間は二年。 二、互いの生活には干渉しない——…… 『俺たちの間に愛は必要ない』 ロドリックの冷たい言葉にも、ユリアンは歓喜せざるを得なかった。 なぜなら結婚の条件は、ユリアンの夢を叶えるものだったからだ。 ☆感想、ブクマなどとても励みになります!

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿 心刃
恋愛
僕の幼馴染で姉的な存在である西田香奈は、眉目秀麗・品行方正・成績優秀と三拍子揃った女の子だ。彼女は、この辺りじゃ有名な女子校に通っている。僕とは何の接点もないように思える香奈姉ちゃんが、ある日、急に僕に急接近してきた。 僕の名は、周防楓。 女子校とは反対側にある男子校に通う、ごく普通の男子だ。

【完結】聖女として召喚されましたが、無力なようなのでそろそろお暇したいと思います

藍生蕗
恋愛
聖女として異世界へ召喚された柚子。 けれどその役割を果たせないままに、三年の月日が経った。そして痺れを切らした神殿は、もう一人、新たな聖女を召喚したのだった。 柚子とは違う異世界から来たセレナは聖女としての価値を示し、また美しく皆から慕われる存在となっていく。 ここから出たい。 召喚された神殿で過ごすうちに柚子はそう思うようになった。 全てを諦めたままこのまま過ごすのは辛い。 一時、希望を見出した暮らしから離れるのは寂しかったが、それ以上に存在を忘れられる度、疎まれる度、身を削られるような気になって辛かった。 そこにあった密かに抱えていた恋心。 手放せるうちに去るべきだ。 そう考える柚子に差し伸べてくれた者たちの手を掴み、柚子は神殿から一歩踏み出すのだけど…… 中編くらいの長さです。 ※ 暴力的な表現がありますので、苦手な方はご注意下さい。 他のサイトでも公開しています

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

処理中です...