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第四章

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 タユラの優秀な猟犬はきちんと獲物を捕らえて帰ってきた。仕留めろ、とは命令していないので殺していない。話を聞きたいので殺すなとは命令したが。
 でないと死体を引きずって来られる羽目になる。
 大魔女と共に作った化け物の肉塊。
 積み上げられたその山は魔女の死体とは別に分けられていた。
 肉塊はぐちゃぐちゃだ。ブルースカイの矢で貫かれ、タユラによって切り落とされ、血の海が広がっている。肉塊の山を踏みつけるタユラには不思議と返り血一つ飛んでいなかった。扇状的な青のドレスを纏うブルースカイも同様だ。
 獲物を引きずってきた獣はべ、っと適当に地面に放り出す。ちょうどタユラが見下ろせる位置だった。
「あ?お前、なんか見た事あるな」
 カリウス・ナッハと名乗った胡散臭い笑顔の男だ。狐じみた細目の顔立ちに高級ではないものの、適度に清潔さを保つ身綺麗さ。
 今は地面に転がされて汚れてしまっているようだが、それでも元が綺麗なのはよくわかる仕立てだった。
「知り合いかえ?」
「知り合いっつーか、外周部で会った事があるだけだ」
「な、なんだ、お兄さんも招待されてたんですかい?た、助けてくださいよぅ」
「お前が持っているの呪具だろ」
「な、何の事やら?」
「これは親切心というやつじゃがの。嘘ついとるの、妾にはわかるぞ。素直に言うのじやったらマシな対応をしてやっても良い。魔女の優しさは受け取っておくのが礼儀じゃぞー?」
 男の背後から冷たい声が降ってくる。青色の箒を手にしたブルースカイが声と同じ、冷え切った視線を向けていた。
「わ、わかりましたよ!俺は頼まれただけなんですけど!」
 言って男が取り出したのは小さな袋だった。手縫いっぽい袋だ。紺の布に金や銀、白、青、紅色といった色鮮やかな花々が美しく刺繍されている。
 タユラの義眼がキュルル、と独特の音を立てた。
「クラフトアイテムか。また面倒な機能を付けてるな」
「面倒なんかじゃありませんよ!こりゃあ俺の傑作でさぁ!この中に物を入れるとありゃ不思議!なんだって小さくなる。取り出したら元に戻るし、許容量はありますが、それだって結構な量なんですよ?」
「お前の自慢はどうでも良いよ。その中に呪具を入れて、堂々と魔女集会に参加したわけか。頃合いを見て中の物を出して騒ぎを起こす」
「そ、そうっすよ。そう頼まれたんで。中に物を入れて、時間になったら取り出してくれって。それで終わりだって」
「誰にじゃ?」
「お、俺の店に出資してくれた恩人ですよ!魔女だけど、人間が好きだって。そんな人に頼まれたらなんだって聞くだろ…。こんなやべぇもんだって知らなかったんですよ」
 しょぼん、と肩を落として落ち込むカリウス。獣に視線をやるとつまらなそうに口から火花を散らせていた。嘘は言っていないらしい。何かしらの欺瞞があるなら獣はもっと楽しそうに嗤う。
「……僕に声をかけたのも魔女絡み?」
「箒を吊るしてるから、魔女に寛容な人なのかなぁ、って。俺の店は魔女に寛容な人が来て欲しかったんです。義眼が気になったのも事実ですけど、それ以上に魔女に対して差別を持っていない人が良かった」
 善意での絡みだったらしい。クラフトアイテムを扱っているといえど、魔女達に対して商売をするにはそれなりにコネやら時間やらが必要となってくる。それをする前に自分の店には魔女に対して優しい店を出したかったのだ、と。
 本人も見た目の割に誠実な人間のようだし、出資した魔女とやらに絆されただけなのだろう。欲望の街、ディザイアにいるにしては珍しい人種だった。
「人間」
 ブルースカイが声をかけた。カリウスは怯えたように肩を跳ねさせる。
「な、なんです?」
「その魔女とやら、どのような見た目だったか覚えているかの?」
「金がお好きなようで、黒のレースと金色が目立つ魔女でしたよ。目も金色で、全体的に煌びやかな方っつー感じでしたよ。金持ちでしたし」
 肉塊の山から降りると青の大魔女にひそひそ。
「心当たりは?」
「嫌な事に一人おる。金好きの魔女で、黄金の目玉などそうそうおらぬわ」
「ソイツなのかなぁ、魔導書盗人の犯人」
「さぁの。妾も魔女の人間関係すべてを把握しておるわけではないのじゃ。魔女のコミュニティ全部を把握してニヤニヤしとる叡智の大魔女であるまいしの」
「役に立たねぇな。その金の魔女、此処に来てると思う?」
「妾の思っている通りならおるだろうよ。そういう性格のやつじゃ」
「ふぅん、エデンとは面識あったか知ってるか?」
「大魔女だからあったとは思うぞ。関係性まではわからんが」
「行くかぁ……ブルースカイ、後始末よろしく。ソレも。行くぞ、ヨヨテル」
『了解した、我が主人』
 どうせついて来られた所で役立たずなのでタユラは一方的に言い捨てると獣に跨るとそのまま返事も聞かずに飛び出した。
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