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327話 脱走 29
しおりを挟む「っ...西村さん。南原さんのこと、よろしくお願いします。」
「坂北くん...。」
俺はこれから、またあの部屋に戻らなくてはならない。酷いお仕置きもされる。
もちろん怖くて堪らないけど、俺を心配してくれているらしい南原さんのことを考えずにはいられなかった。
ちゃんと寝て、ごはん食べて。
俺を、待ってて。
直接は言えないし、伝えて貰うこともできないけれど、南原さんが体調を崩さないように計らってくれたら、嬉しい。
恐怖に歪んだ、下手くそな笑顔だったかもしれないけど、俺はそんな思いを込めて西村さんに微笑んでみせた。
「この状況でも自分より他人のことを考えるとは、随分と余裕ですね、透さん。」
「っ...ひ...痛っ...!」
桂本さんに捕らえられた手首がギリギリと締め付けられ、痛みに顔をしかめる。
やっぱり、桂本さんから逃げるなんて無理だった...。
無茶な作戦なのは承知の上だったけど、可能性は充分あったのに。
それでも、敵わなかった。
悔しい。悔しいっ...! 情けないっ!
俺は無力だ...。
掴まれている手首の痛みに、思い知らされる。
でも、だからこそ、できることは精一杯...。
* * * * * * * * * *
『...待って下さい。最後に一つだけ、お願いがあります。』
『うん? なーに? 』
『こんなこと考えたくないんですけど...もしこの作戦が失敗して、俺がここから出られなかったら、南原さんには俺に会ったことを言わないで下さい。何もなかったことにして、忘れてくれていいです。』
『え!? 』
『南原さんが犯罪者になるかもって言ったのは西村さんじゃないですか。無理に俺を助けようとしなくていい...。俺なら大丈夫です。失敗しても、きっとまた逃げるチャンスは...ある。南原さんには俺が帰るまで、無事に待っていて欲しい。だから、お願いします。』
『...坂北くんは、それでいいの? 』
『はい。』
* * * * * * * * * *
さっき、念のため、部屋を出る前に西村さんにお願いしたこと。
言っておいてよかった。
もちろん、本気でここから逃げるつもりだったけど、桂本さんがそう簡単に逃がしてくれないことも分かっていた。だから俺は、保険をかけたのだ。
南原さんが、これ以上辛い思いをしないために。
「...りょーかい。ごめんね、坂北くん。」
「いえ、こちらこそ...。」
西村さんは、俺の頼みを承諾すると、申し訳なさそうに謝ってきた。
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