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305話 脱走 7
しおりを挟む「大丈夫? すごい震えてるよ? 」
ユキが、心配そうに優しく背中をさすってくれる。久しぶりに感じる人の温かさに、余計に涙がポロポロ零れた。
少しの沈黙の後、西村さんは意を決したように口を開く。
「...あー、でもカードゲームは途中で飽きちゃって、途中から怪談とか話してたんですよ。雰囲気出すために暗くしてました~。でもそろそろ寝ます。」
怪談なんて、あからさまな後付け。
それでも、なんとかこの場を切り抜けようとして誤魔化してくれる西村さんに、胸がいっぱいになった。
これに対して桂本さんは一体どう返すのか。もし、部屋に押し入って来られたら、即アウトだ。
怯えながら桂本さんの出方を窺っていると。
「...そうですか。では私はこれで。お邪魔いたしました。ゆっくりお休み下さい、西村様。」
そう穏やかな声が聞こえたと思ったら、パタンとドアが閉まる音がして、シーンと部屋が静まりかえる。
え、うそ、帰ってくれた...?
こんなにあっさり引き下がってくれるなんて、なんだか拍子抜けだ。
そりゃあ、なんとか追い返して欲しいと祈るような気持ちでいたけれど、嘘なのは明白だったし、てっきりもう駄目かと思った。
ぽかーんと固まっていると、西村さんがこちらへやって来た。
「とりあえず追い返してあげたけど、あれは多分バレてるな。確証がない以上、無闇に客に失礼働くわけにはいかないから仕方なく帰ってくれたみたい。」
ああ、そういうことか。
じゃあきっと、桂本さんは俺を捕まえることを諦めてはないだろう。
旅館に出入りするためには、営業時間に受け付けを通らなければならない。桂本さんは、今のところ俺は客室に隠れたまま身動きができない状況だから、とりあえず放置しても大丈夫だと思っているのだろう。
坂北屋は高級旅館。最高のおもてなしを保証している。
万が一西村さんの言っていた嘘が本当だった場合、証拠もないのに無理矢理客室に入って強制捜査したとなれば、坂北屋の信用が落ちる。
桂本さんはいつだって、お客様優先だ。
「あの...ありがとうございます...。匿ってくれて...。」
掠れた声でお礼を言うと、「どういたしまして~」なんて微笑みながら、しゃがんで目線を合わせてくれる西村さん。
「さて、聞きたいこといっぱいあるんだけど、話してくれる? 坂北くん。」
もちろん、助けてもらう為にはちゃんと事情を話さなければならない。それが礼儀というものだろう。俺は、西村さんの目を見て、こくりと頷いた。
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