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第一章

第五十五話 新、ヒーロー形態

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 一八は立ったまま、前に左手を伸ばして指先を千鶴が握っている。こうしてギリギリ離れた状態で四人話しができると思っていたからである。

『腕の動きを阻害させないなら、ここが一番だと思いますけど。あなた、どうでしょう?』
『そうだな。一八君の利き腕はどっちかな? 見たところ右だと思うのだがね』
「はい。右です」
『それならオレが右。吽形が左でいいと思う。そしたらいいかな?』
『えぇ。軽く引きずるくらいの長さで』
『わかった』

 肩甲骨あたりが少し光を帯びたと思ったら、千鶴の目にもはっきりと見えるフォルムがそこにあった。

「タコさん? その吸盤、タコさんのだよね?」
「え? そうなの? 僕には見えないけど」
『それなら『鏡の術』を使おう』
「あ、お願いします」
「術ですって、わくわくどきどき」
「お姉ちゃん、本当に好きなんだね」

 前に見たように、大気中の水分をどうにかこうにかして、鏡のようなものを作り出してくれた。

『これでどうかな?』
「あ、見えました。これはなんというか……」
『一八さんその、駄目でしたか?』
「めっちゃかっこいい、です。背中から阿形さんと吽形さんの手が生えていて、こう、殴られたら痛いじゃすまないだろうな、っていう感じ? お姉ちゃん」

 おそらく肩甲骨あたりから腕が生えるように、『風』という漢字の右側にも似た形で存在するからか、太い部分で三十センチ、腕の先に行くにしたがって補足なっている。全体に大きなものは拳くらい、小さなものは親指の爪くらいの大きさがある、多数の吸盤が確認できる。

「そうね。とにかく、可愛らしいわ」
『可愛らしいと言われたのは、初めてなのでちょっと困りますね』
『お、おう』
「でもさ、画面のヒーローよりもなんか」
「えぇとても」
「「強そう」」
『一八さん、千鶴さん、その、ありがとうございます』
『お、おう』

 素直にありがとうを言える吽形と、あまりの嬉しさに語彙力を忘れる阿形だった。

 阿形は『鏡の術』を解除する。

「それで、阿形さん、吽形さん」
『おう』
『何ですか?』
「この状態で何ができるんですか?」
「わくわくしてきましたねー」
『そうですね』
『この状態からだな』
『その画面にいるヒーローと同じような』
『いや、同じではないな。ここではぶら下がることができないから』
『そうですね』
『こう』
『一八さんを持ち上げて』
『歩くこともできるな』

 十センチほど身体が持ち上がる。そのとき触手の先が、手の形になっていた。そのままぐるぐると、その場をターンする二人。

「おぉおおおお」
「これはこれは」
「「すごいね」」

 一八も千鶴もうるさくならない程度に拍手をしている。

『いえいえ』
『ありがとうございます』
「あとはあとは?」
「どんなこともできるのかな?」
『そうですね。この一番大きな吸盤の上にある吸盤は口なので、ここからごはんを食べられます』
「おー」
「それはすごい」
「のかな? お姉ちゃん」
「うん。だってよく見るとさ、歯がちゃんとあって、舌もあるんだよ」
「あ、そういえば吽形さんが言ってたっけ? 舌もあって味を感じられるって」
「そうなのね。だからエビマヨとかエビチリも」
『はい。美味しくいただくことができるわけです』
『オレは薄味のがいいな……』
「それでそれで」
「他には何ができるのかな? かなかな?」

 素の状態の千鶴がこんなにオタクっぽい言動をするとは、一八も思わなかっただろう。凜とした清楚な余所行きの彼女の顔も好きだが、こんな面も持っている彼女のこと、好きだなと思っていたりするのだった。ただ、異性として惹かれるというより、姉として大好きというレベルではあったが。

『室内ではみせられませんが、外でしたら他にも色々なことができるかと思います』
『例えばこの吸盤で、平らなビルの壁に吸い付いて、そのビデオのヒーローみたいに懸垂したりだな』
『えぇ、そうですね』
「なるほどなるほど、凄いねやーくん」
「うん。かなーりすごいと思うよ」

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